男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
意識の欠片にしがみついてロゼリアはつぶやいた。
「明日、わたしがアンジュになるのは最後よ。これで、わたしはロゼリアになる」
「僕はアンジュになる。ロゼリアのアンジュにはなれないけど、できるだけうまく引き継ぐように頑張るつもりだから」
瞼はもう完全にふさがっている。
かたわらで聞こえる規則正しい呼吸が、さらに深い眠りの淵へと誘う。
母の胎内でそうしていた時と同じように、ふたりは腕と腕を絡めて眠ったのであった。
サララは王宮の豪華な客室に一泊していた。
お忍びに見えるような格好に気を配るが、アデールの二人にはそれは案外簡単である。華美な衣装だと思っていたものは、エールではそれほど華美だとみなされないからだ。
ロゼリアの部屋にサララは来ていた。
女子ながら二階に踏み入れることも許可されている。
結局ロゼリアは昨日も部屋から出ずに過ごし、アデールの王子は籠城から八日目に入っていた。
アデールの王子を外へ連れ出すのが、アデールから来たジルコンの婚約者と、アンジュの婚約者の求められる役割である。
ロゼリアはしっかり胸に晒を巻き、カジュアルな男装である。
とはいえ、観劇の予定なのであまりくだけないように注意をする。
髪はいつものようにおくれ毛がでないようにきっちりと後ろでひとつの三つ編みにすることにした。
アンジュは、膝より少し長めのワンピースである。
髪はサララの手でふんわりとまとめ上げられていた。
髪を頭上に盛り上げることで、身長が高く見えているのだと思わせる作戦である。
「アンジュさま、いつもながらお美しいです。ですが、昨日も感じたのですけど、今日限りにロゼリア姫になるのをお止めください。本当は、今日から本当の自分へ戻られた方がいいとさえ思うのですが……」
サララは二人を見比べ戸惑いながらいう。
「どうして?アンジュは姫にしかみえないよ」
「ロゼリアは、こうしてみると王子にしかみえないよ」
同時にいう。タイミングがあうところは双子である。
ロゼリアとアンジュは互いをしげしげと検分する。
昨日久々に会った時に感じた差異は、一晩一緒に過ごして、角が研磨されたかのように丸くなり目立たなくなったように感じていたのだった。
「お二人はそっくりではあるのですが、わたしの目からみればやはり違います。男と女だからというより、お二人は、別の人なのです。二人並ばれると些細な違いが記憶されてしまいます。目の色だとか声の奥深さとか。念のために今日は二人は物理的な距離をとってください。見比べるのにしても、近くより遠くの方が、ごまかせますから」
サララは首を右に左に振ってみせた。何度もすれば首が痛くなりそうである。さらに細々とした注意事項をサララに念押しをされる。
扉がノックされる。
ジルコンだった。
寝るのが朝方だったので、既に約束の時間を回っている。
ロゼリアは扉に目をやり、口元を引き締めた。
アンジュと向かい合った。
「アンジュ、これで最後の最後だよ」
決意のこもった、無理して出している低めの男声。
「わかった」
声のトーンを普段のロゼリアのところまで引き上げる女声。
さらに、ふんわりと笑顔を作って見せた。
「やめてよ、そんな微笑。わたしにはできないから、後々苦労しそう」
「僕は、笑顔でごまかすつもりだから。この笑顔は譲れない」
なかなか扉を開けようとしない二人の背中をサララは押す。
「ロズさまアンジュさま、楽しんできてくださいませ」
サララはお留守番である。
ロゼリアは大きく深呼吸をした。
安全な繭で安穏と過ごすのも終わりだった。
今日がアデールの王子でいられる正真正銘の最後の日になる。
ロゼリアはジルコンの待つ世界へと、再び踏み出したのである。
「明日、わたしがアンジュになるのは最後よ。これで、わたしはロゼリアになる」
「僕はアンジュになる。ロゼリアのアンジュにはなれないけど、できるだけうまく引き継ぐように頑張るつもりだから」
瞼はもう完全にふさがっている。
かたわらで聞こえる規則正しい呼吸が、さらに深い眠りの淵へと誘う。
母の胎内でそうしていた時と同じように、ふたりは腕と腕を絡めて眠ったのであった。
サララは王宮の豪華な客室に一泊していた。
お忍びに見えるような格好に気を配るが、アデールの二人にはそれは案外簡単である。華美な衣装だと思っていたものは、エールではそれほど華美だとみなされないからだ。
ロゼリアの部屋にサララは来ていた。
女子ながら二階に踏み入れることも許可されている。
結局ロゼリアは昨日も部屋から出ずに過ごし、アデールの王子は籠城から八日目に入っていた。
アデールの王子を外へ連れ出すのが、アデールから来たジルコンの婚約者と、アンジュの婚約者の求められる役割である。
ロゼリアはしっかり胸に晒を巻き、カジュアルな男装である。
とはいえ、観劇の予定なのであまりくだけないように注意をする。
髪はいつものようにおくれ毛がでないようにきっちりと後ろでひとつの三つ編みにすることにした。
アンジュは、膝より少し長めのワンピースである。
髪はサララの手でふんわりとまとめ上げられていた。
髪を頭上に盛り上げることで、身長が高く見えているのだと思わせる作戦である。
「アンジュさま、いつもながらお美しいです。ですが、昨日も感じたのですけど、今日限りにロゼリア姫になるのをお止めください。本当は、今日から本当の自分へ戻られた方がいいとさえ思うのですが……」
サララは二人を見比べ戸惑いながらいう。
「どうして?アンジュは姫にしかみえないよ」
「ロゼリアは、こうしてみると王子にしかみえないよ」
同時にいう。タイミングがあうところは双子である。
ロゼリアとアンジュは互いをしげしげと検分する。
昨日久々に会った時に感じた差異は、一晩一緒に過ごして、角が研磨されたかのように丸くなり目立たなくなったように感じていたのだった。
「お二人はそっくりではあるのですが、わたしの目からみればやはり違います。男と女だからというより、お二人は、別の人なのです。二人並ばれると些細な違いが記憶されてしまいます。目の色だとか声の奥深さとか。念のために今日は二人は物理的な距離をとってください。見比べるのにしても、近くより遠くの方が、ごまかせますから」
サララは首を右に左に振ってみせた。何度もすれば首が痛くなりそうである。さらに細々とした注意事項をサララに念押しをされる。
扉がノックされる。
ジルコンだった。
寝るのが朝方だったので、既に約束の時間を回っている。
ロゼリアは扉に目をやり、口元を引き締めた。
アンジュと向かい合った。
「アンジュ、これで最後の最後だよ」
決意のこもった、無理して出している低めの男声。
「わかった」
声のトーンを普段のロゼリアのところまで引き上げる女声。
さらに、ふんわりと笑顔を作って見せた。
「やめてよ、そんな微笑。わたしにはできないから、後々苦労しそう」
「僕は、笑顔でごまかすつもりだから。この笑顔は譲れない」
なかなか扉を開けようとしない二人の背中をサララは押す。
「ロズさまアンジュさま、楽しんできてくださいませ」
サララはお留守番である。
ロゼリアは大きく深呼吸をした。
安全な繭で安穏と過ごすのも終わりだった。
今日がアデールの王子でいられる正真正銘の最後の日になる。
ロゼリアはジルコンの待つ世界へと、再び踏み出したのである。