男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「そうか。エールでは男は昔から短髪だ。長髪だと戦時に背後から髪を掴まれれば命取りになる。それよりなにより、短髪だと軽くていいし、髪が乾かすのも早くていい。だから男の長い髪は、平和な証拠だともいえる」
ジルコンはチラリとロゼリアの三つ編みに目をむけた。
「ジルコンさまは、長い髪と短い髪とどちらがお好きですか?」
アンジュが聞いている。
なんだか余計な質問のようにロゼリアには思えた。
「それはどちらでもいいが、女の短い髪は潔くていいと思うし、長い髪は頭に指を入れて透かしがいがある。アンは長い髪の女性が好きなようだな」
ジルコンは正面を見ながら言う。
婚約者のサララのことを言っているとわかった。
そういえば、ロゼリアの髪もジルコンに透かされたような気がする。
こたえあぐねて、ロゼリアは聞こえないふりをしたのだった。
黒金を身につけないお忍び姿のジルコンとはいえ、その立ち居姿は人目を引く。
すれ違う者の中には目にとめてはっと振り返る者もいる。
さらに、両脇に従えたロゼリアの美男子ぶり、アンジュの美しさも普通ではない。
「もしかして、あれは……」
気が付いた者が友人に知らせようとする。
そういう時、同じく黒服ではない質素な身なりの黒騎士が肩を叩き、お忍びですから、と黙らせた。
ジルコン王子はお忍びであっても完全なお忍びではないのである。
遠巻きに護衛が付き、彼らを守っていた。
ロゼリアは人込みの中に、燃えるような赤い髪を見たような気がした。
消えた方向を辿るとその先に、大柄な男が立ち止まりじっとロゼリアを見つめていた。
師匠のディーンだった。
ディーンはロゼリアの視線を捕まえて、目元を緩ませた。
もしかしてと周囲を探れば、セプターもいる。
彼は相変わらず茶色の外套姿で、生真面目に背筋をピンと立てた姿は、いかにも騎士である。
アンジュもサララもディーンもセプターも近くにいる。
ロゼリアは、ディーンの姿をみて力が抜けるのを感じた。
ディーンは、遠目からでもロゼリアがアンジュの振りをしていることを見抜いていた。
彼はずっと頼れる師匠であった。信頼のおける父のような存在である。
ロゼリア、いつでも帰ってこい。辛いなら退却しろ。
前にがむしゃらに進むだけが生きる道ではないぞ。
そう言われているような気がしたのである。
劇場につくと、入り口はチケットを購入するのに長蛇の列である。
「わたしたちはどこから?」
アンジュは裏手の特別な入り口を探す。
「わたしたちはお忍びですから、チケットも並ばないといけないのですよ」
ジルコンがさも申し訳なさそうにアンジュに言っている。
ロゼリアは指で自分たちの前の人数を数えた。
50人はいる。数えている間に後ろにも人が並び始めている。
開始時間までそんなに時間がない。はたして間に合うのか。
ロゼリアはこの状況に違和感を感じて首を傾げた。
「確かこの劇場は、皇室と繋がりがあったはず。狩りの賞品に特別席が用意されたぐらいなのに、二階特別席のチケットをジルが手に入らないはずはないと思うんだけど……」
「今日はそれを使えないんだ。だからどうか、立ち見席にならないことを祈っていてくれ。せっかくのお忍びデートが、二時間の立ちっぱなしだったというのもオツだとは思うけど」
ロゼリアにジルコンは口を寄せてささやいた。
いたずら気な気配を感じる。
「もしかして楽しんでる?」
「アンと一緒だといつも楽しい。一度並んでみたかったし、立ち見や、下の狭い席に座ってみたかったんだ。なかなかそういう機会がないから」
「二時間立ち見……」
苛酷な状況を想像してロゼリアは唇を引き結ぶ。
ただ一緒に行動して楽して、気分転換に観劇をするだけと思っていた気軽な気持ちが吹っ飛んだ。ジルコンはそんなに甘いやつではなかった。
ジルコンはロゼリアをみてあははと笑う。
ロゼリアはからかわれていた。
むっとしながらも、くだけた姿を見せるジルコンと一緒にいられるのが嬉しいと思ったのだった。
ジルコンはチラリとロゼリアの三つ編みに目をむけた。
「ジルコンさまは、長い髪と短い髪とどちらがお好きですか?」
アンジュが聞いている。
なんだか余計な質問のようにロゼリアには思えた。
「それはどちらでもいいが、女の短い髪は潔くていいと思うし、長い髪は頭に指を入れて透かしがいがある。アンは長い髪の女性が好きなようだな」
ジルコンは正面を見ながら言う。
婚約者のサララのことを言っているとわかった。
そういえば、ロゼリアの髪もジルコンに透かされたような気がする。
こたえあぐねて、ロゼリアは聞こえないふりをしたのだった。
黒金を身につけないお忍び姿のジルコンとはいえ、その立ち居姿は人目を引く。
すれ違う者の中には目にとめてはっと振り返る者もいる。
さらに、両脇に従えたロゼリアの美男子ぶり、アンジュの美しさも普通ではない。
「もしかして、あれは……」
気が付いた者が友人に知らせようとする。
そういう時、同じく黒服ではない質素な身なりの黒騎士が肩を叩き、お忍びですから、と黙らせた。
ジルコン王子はお忍びであっても完全なお忍びではないのである。
遠巻きに護衛が付き、彼らを守っていた。
ロゼリアは人込みの中に、燃えるような赤い髪を見たような気がした。
消えた方向を辿るとその先に、大柄な男が立ち止まりじっとロゼリアを見つめていた。
師匠のディーンだった。
ディーンはロゼリアの視線を捕まえて、目元を緩ませた。
もしかしてと周囲を探れば、セプターもいる。
彼は相変わらず茶色の外套姿で、生真面目に背筋をピンと立てた姿は、いかにも騎士である。
アンジュもサララもディーンもセプターも近くにいる。
ロゼリアは、ディーンの姿をみて力が抜けるのを感じた。
ディーンは、遠目からでもロゼリアがアンジュの振りをしていることを見抜いていた。
彼はずっと頼れる師匠であった。信頼のおける父のような存在である。
ロゼリア、いつでも帰ってこい。辛いなら退却しろ。
前にがむしゃらに進むだけが生きる道ではないぞ。
そう言われているような気がしたのである。
劇場につくと、入り口はチケットを購入するのに長蛇の列である。
「わたしたちはどこから?」
アンジュは裏手の特別な入り口を探す。
「わたしたちはお忍びですから、チケットも並ばないといけないのですよ」
ジルコンがさも申し訳なさそうにアンジュに言っている。
ロゼリアは指で自分たちの前の人数を数えた。
50人はいる。数えている間に後ろにも人が並び始めている。
開始時間までそんなに時間がない。はたして間に合うのか。
ロゼリアはこの状況に違和感を感じて首を傾げた。
「確かこの劇場は、皇室と繋がりがあったはず。狩りの賞品に特別席が用意されたぐらいなのに、二階特別席のチケットをジルが手に入らないはずはないと思うんだけど……」
「今日はそれを使えないんだ。だからどうか、立ち見席にならないことを祈っていてくれ。せっかくのお忍びデートが、二時間の立ちっぱなしだったというのもオツだとは思うけど」
ロゼリアにジルコンは口を寄せてささやいた。
いたずら気な気配を感じる。
「もしかして楽しんでる?」
「アンと一緒だといつも楽しい。一度並んでみたかったし、立ち見や、下の狭い席に座ってみたかったんだ。なかなかそういう機会がないから」
「二時間立ち見……」
苛酷な状況を想像してロゼリアは唇を引き結ぶ。
ただ一緒に行動して楽して、気分転換に観劇をするだけと思っていた気軽な気持ちが吹っ飛んだ。ジルコンはそんなに甘いやつではなかった。
ジルコンはロゼリアをみてあははと笑う。
ロゼリアはからかわれていた。
むっとしながらも、くだけた姿を見せるジルコンと一緒にいられるのが嬉しいと思ったのだった。