男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
 エシル王の妻たちは部屋から引きずりだされ、裸にむかれひきずられ兵士たちに犯され殺され、遺体でさえ辱められた。
 ラウス王の子供たちは見つかり次第、その場で殺された。
 二人の兄の新妻たちも、さらに苛酷な状況を経て腹の子供ともども殺された。
 目を血走らせたラウス王は、王宮に攻め入った精鋭の兵士たちに吠えた。

「子供は全部捕まえたか!?」
「4人です!男3人、女1人」
「女が一人たりぬ!」
「朱の姫が捕まりません!」
「なんだと?しらみつぶしに探せ!絶対に、エシル王の種は根絶やしにしろ!我らの未来に禍根を残すんじゃない!」

 王の後ろには蒼白な顔をして、阿鼻叫喚の地獄図に言葉を失う、青の王子ジュリウス。
 自分たちが生きるためには人の命を奪わなければならない現実。
 青の王子は愛らしい朱の姫の無事を祈らずにはいられない。
 同時に、やすらかな死も願う。
 父王の思惑も知らず、朱の姫を妻に迎えることができたらどれだけ幸せなことだろうと先ほどまで思っていた自分は愚か者だった。


 ラウス王の侵略が行われたその時、シーラ姫はたまたま母である王妃と王宮の外にいた。
 食料庫の管理が王妃である母の仕事で、外の倉庫へ母の仕事を手伝いについていったのだった。
 母は遠くの悲鳴に異変に気が付いた。
 王宮での騒ぎに倉庫から飛び出し、バルコニーで、あり得ない角度に突き出された血の滴る首を掲げるラウス王を見る。
 信じられない出来事を、母は全てそのまま飲み込んだ。
 叫んだり悲しんだりおろおろしたりする間はない。
 我先に逃げ出していく使用人の外套を掴むと、シーラの首の朱のショールをむしるように取り、ペラペラの外套を着せた。
 手入れの行き届いた長い髪は外套のフードの奥にたくし込んだ。
 その時には母の形相と、次第に近づく悲鳴と怒号と金属を叩きつけ合う音に、シーラは大変なことが起こっているとわかった。
 シーラは父王の首がラウス王の剣の先に突き刺さっていた光景をみていない。母が隠したからだ。

「ここから馬小屋へ行き、城から遠くへ逃げなさい!」
「これが反乱なら、隣国の、ラウス国に助けを求めに行く」
「ラウス国はなりません!花食い鳥の旗が打倒され、サソリの幟旗が掲げられているのですから!王宮に攻め入ったのはラウスの王なのです!」
「嘘、ラウスのおじさまが、そんなことをするはずないわ!」

 シーラは信じられなかった。
 隣国のラウス王はいつも笑顔で父王と談笑していたではないか。
 その息子ジュリウスも、いつもダンスを誘ってきたではないか。
 母はシーラの手を取って馬小屋へ走る。
 だれもいない馬小屋から、母は一番丈夫な馬を選び、シーラを乗せた。

「とにかくここでなく、ラウスでもないどこかへ逃げ、生き延びなさい!わたしができるのはここまでです!」
「お母さまも一緒に逃げましょう。わたくし一人では行けません!」
「何があっても生き延びるのです!いつか、表で笑い、裏で剣を突きつけるラウス王の血族に復讐を!」

 母の目に涙が浮かぶ。
 だが決意は揺るがない。
 容赦なく馬の尻をムチで叩いた。
 そして馬とは逆の方向へ母は走り出す。
 それもシーラが肩にまいていた鮮やかな朱色のスカーフを頭から掲げてたなびかせて。
 朱は目立つ目印に、すぐさまラウスの兵士に見つかった。

「いたぞ!朱の姫だ。何がなんでも捕まえろ!」
 シーラはどんどん遠ざかる朱色のスカーフが男たちに捕まり地面に倒れ込むのを見た。馬は止めようにもとまらない。
 真っ赤な夕闇がエシルの王宮を赤く染める。
 流れ出た血の色がわからなくなるぐらい。そして蛮行を黒く塗りつぶし闇が飲み込んでいったのだった。

 馬小屋の裏手はすぐ森に繋がっていた。
 何度も狩りで父王の馬に乗せてもらって知っているはずの道だった。
 こんな真暗な森は知らない。
 山道は獣道になり、はじける枝に肌は切り裂かれ、シーラは獣の声に怯える馬にとうとう振り落とされた。
 真暗な中に灯りが見えた。 
 エシル王の忠実なる東の貴族の邸宅のはずである。 
 東の貴族の顔は皆知っている。ふたつ下の娘は王宮に先日遊びに来た。
シーラの侍女にとの思惑があった。春になれば王宮に来る予定になっていた。
 東の貴族のおじさまなら助けてくれるはずだった。
 だけど泥に汚れ疲れ切ったシーラに待っていたのは残酷な事実。

 エシル王の死を知り、多くの貴族たちは寝返った。
 忠誠はラウスの王へ、一夜にして捧げられた。
 反するものは殺された。
 貴族たちもかれらの家族の命がかかっていた。
 最後の娘をかくまったことを知られれば、新王、ラウスに対しての反逆とも受け取られてしまう。

 ひっそりと家畜小屋へかくまうのが精いっぱいだった。
 雪が残る早朝に、東の貴族のおじさまはすぐ食べられるパンとチーズと肉を包んだものを姫だった娘に持たせた。
 シーラはこんなに重いものを身体にかけたことがない。
 ぱんぱんに張った小袋も首にかけた。中には宝石が詰まっている。
 せめてもの恩情だった。
 紐は長くて小袋のくせに重い。収まりが悪く、シーラはすぐに投げ出したくなった。

「わが娘のような、幼い朱の姫。我々ができるのはここまでなのです。日が昇る前に遠くへお逃げなさい。ラウス国の兵に捕まったら殺されます。昨夜、伝令がエシル国中に飛びました。みんな血眼であなたを探しています。あなたの知る貴族たちは皆当てになりません。遠くの街の中にまぎれなさい。あなたの無事を王と王妃の代わりに祈ります……」

 東の貴族は泣いていた。
 再びシーラは馬上の人となった。
 どこにも行く当てがない。
 昨夜は馬糞の匂いのする藁に囲まれ眠れなかった。
 シーラができることも母や兄たちや姉の無事を祈るだけ。
 行く先も知らず、闇雲に森の中を逃げるしかなかったのである。


「……このまま捕まって、朱の姫はラウス王に殺されてしまうの?」
ロゼリアはジルコンに囁いた。
「それはどうかな。まだ物語は始まったばかりだよ。シーラの試練はこれからだ」
 ジルコンは薄暗がりのなかで体をロゼリアに寄せる。
 ひとつのひじ掛けを二人で使っていることに、ロゼリアは気が付かない。
 劇場の大ぜいの観客と同様に、ロゼリアは舞台に釘付けになっていた。


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