男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「あんたはなんでも屋をしているのでしょう?バスクの元に置いてちょうだい。下働きでもなんでもするわ!」
「はあ?行き倒れ女!バスクの組は男しか入れないんだぞ、誰がお前なんか……」
 男の子がシーラに押さえつけられたまま悔し紛れに叫んでいる。
 その通り、とバスクが肩をすくめた。
「残念ながら、ジャンの言う通り女はうちの組には入れないことになっている。風紀を乱すんでね」
 シーラはバスクに飛び掛かった。
 突然のことにバスクは後ろに飛びのいたが、シーラの手にはバスクが腰に挿していた短剣が抜き身で握られている。
「女が駄目なら、女を捨てるわ!だからお願い!あなたの元で働かせて!」

 シーラは結びもしなかった黒髪をつかんだ。
 短剣を差し入れ、耳の下で一息に切り落とした。
 長い黒髪の束を体の横に突き出した。

「なんてことするんだ。長い髪は女の命なんだろう……」
「女の女々しさのかたまりみたいな髪はいらない!」
 仰天していたバスクは、肩までの散切り頭になったシーラを改めてみた。

「本気なのか」
「本気です」
「俺の仲間たちは荒々しいぞ」
「わたくしも負けないぐらい荒々しくなります」
「バスク、もしかして、髪を切ったぐらいで、行き倒れお嬢さまにほだされているんじゃ……」
 とうとうバスクは笑い出した。
「ジャン、お前の弟分ができたぞ!前からほしいほしいと言っていただろ!よかったな」
「本気っすか……」
「ああ、シエラ、あなたの髪、もらっていいかしら。きれいだし、加工して鬘にしてもらうわ」
 女がシーラの固く握りしめた手から先にナイフをとり、それから髪をやさしく受け取った。
 シーラは、朱の姫でなく男のシエラとして生きる道を見つけたのだった。



 ロゼリアは肩を寄せるジルコンに、自分も体を寄せた。
「……このシーンなんだ。今はやりの肩までの髪型。もしかしてアヤの肩までの髪もシーラの影響?」
「アヤの場合は黒騎士の修行をしていたころから肩までの髪だ。わたしの髪型を真似しないでとぼやいている。つまりアヤが先、劇が後だよ。女の決意の表れなんだろうな。初演の時に、実際にサーシャは自分の髪を切り落として見せたんだ」
「本当に切ったってすごい」
「サーシャはあの若い女優ですか?13歳なのに演技力がすばらしいですね」
アンジュが声を潜めて割り込んだ。
「13だって?サーシャは20歳だよ。13歳に見えるとしたらそれは、彼女の演技が冴えているということだ」

 ジルコンはトントンとひじ掛けを指でたたいた。

「さあ、この次はあの夜のラウス王の蛮行を知り、家族を失ったことを知ったシーラは、バスクの元で男同然にたくましく生きる。5年もたつ頃には男装の麗人としてバスクの片腕になるんだ。シーラは国を奪われ家族を殺された恨みを忘れていない。ラウスの政治は、強引で乱暴だった。かつてエシル国だった巨大なラウス国は、内部から腐敗していく……」
「青の王子、ジュリウスはどうなったの」
 ロゼリアはぶるりと震えた。



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