男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

84、舞台 ④

 一度の休憩の後、舞台は五年を駆け抜けていく。

 シエラの最大の秘密、エシル国最後の国王の血族の末、生き残りのシーラ姫であることを知るのは、なんでも屋だったころの少人数のみ。
 バスクがシエラを仲間に入れた直後、侵略王ラウスが黒髪の朱の姫を探し回り、それが彼らが助けた行き倒れのお嬢さまのシエラということはすぐに合点がいった。

 姫はついに見つからず、どこかでのたれ死んだか人さらいにさらわれたか、死亡したものとして扱われたのだった。
 シエラは父も母も兄弟姉も、自分の家族の全てが非業の死を遂げたことを知る。
 彼女は夜、誰もいない粗末なベッドで彼らの無念を思いむせび泣く。
 そして、母の最期の言葉を思い出した。

 ラウス王の血族に復讐を!

 どんなに苦しいときでも歯を食いしばり耐えられた。
 いずれこの手で王宮に居座るラウス王に報復することがシエラの心の支えとなったのである。


 荒れた大地から多くの飢えた者たちが、傾けた器から水が流れるように豊かなエシルの土地へなだれ込んでいた。
 国の内部の重要な組織も役職もほとんどすべてがラウス国人に奪われた。
 人々や店に課せられる税率も、元エシル国人とラウス国人では異なった。
 今や、元エシル国人たちが侵略者たちを豊かに贅沢に生きさせるための奴隷の如き生活を送っていた。
 そんな不満を抱える者たちをバスクは抱えこむ。

「あんたは俺を助けた。苦しんでいる人を見捨てて置けない人なんだ」
 シエラは男言葉でいう。
「それはそうだが、国中が苦しんでいるのに、俺はどこまで助けなければならないというのか?」
「バスクがもう抱えられないと思えるところまででいいんじゃないか?」
「俺にわずらわせないために、いろいろ画策しているんだろう?」
「多くの食料がごちゃごちゃにいれられると腐らせたりする。整理整頓は基本中の基本だ。それは人だって同じだろ?」
 それは倉庫管理をしていた母の教え。
 シエラは口での勝負では誰にも負けない。
 バスクは笑ってその通りだ、とシエラを認める。

 バスクの規律があるかなきかの寄せ集めだった地下組織は、居場所を失った元エシル国人の真面目で正義感に溢れた男たちを飲み込むことで、急激に組織だちシエラの手をくわえなくても整えられていく。
 膨れた地下組織にぼやきながらも、バスクの懐はどこまでも広く深く温かい。

 表むきは平穏なラウス国の下町で、18歳になったシエラは誰もが認めるバスクの右腕となっていた。
 バスクと共にお気に入りの女の娼館に出入りする。
 男で通せたのは16歳まで。もはやその身体から匂いたつような女を隠しきれない。
 シエラは頭脳明晰、教養に溢れ、辛辣な口調も魅力な、男装の麗人であった。

 バスクが巨大に膨れた組織の本部を王宮の城下町に移す時、シエラも行く。
 美しかった街並みは、バスク王の外見そのままに飽食と怠惰と欲望にまみれた暗黒街の如きになっていた。
 バスクの女はちいさな娼館を買取った。
 そこがバスクの地下組織の拠点となる。
 かつて夜ごと娘たちの夜会が開かれていたように、ラウス王の王宮では王の飽くなき欲望をみたす趣向を凝らした夜会が開かれていた。湯水のごとく黄金をまき散らし、直視に耐えられない淫靡なことが行われているという噂であった。
 あらたな時代を望むうねりがあちらこちらで起こっていた。
 あらがうことのできない強烈なうねりはバスクという形に集約していく。

 そしてバスクの女の娼館が王宮に呼ばれることになる。
 美しい舞手がいると評判だったのだ。
 女たちの艶やかな衣装の下に、バスクたちが潜んでいた。
 厨房や掃除を行う下働きの中には元エシル国人でありながらずっと働いている者もいた。それらの協力もとりつけた。
 護衛もバスクの味方だった。
 後は、ぐらつく扉を蹴るだけで、片がつく。

 シーラは胸にまいた晒を解く。
 代わりに胸の大きく開いた体の透ける紗の踊り子の衣裳をまとう。
 10人の娼婦の踊り子に紛れた11人目となる。
 そしてその腿の内側には鋭い刃を忍ばせる。
「シエラ、女にようやくもどったかと思えば娼婦の恰好か?娼館で何をやっているかと思えば踊りを教えてもらっていたのか。なにも、お前がやることはない。すべて俺にまかしておけ」
 バスクはシエラの細い腕をつかんだ。
 シエラは目にはもはや抑えきれない憎悪が宿る。

「ラウス王の血族に復讐を!それが俺を今まで生かしたんだ」

 シエラはバスクを振り切った。シエラは踊り子の中へ。
 バスクは楽団の中である。彼らの持つ楽器の中にも武器が仕込まれていた。

 そしてシエラたちはラウス王がだらしなく王座にすわり酒と女を侍らせる宴会場の真ん中に進み出た。


< 142 / 242 >

この作品をシェア

pagetop