男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「アン、ちょっとそれは言いすぎでは……」
 アンジュが笑顔でロゼリアを抑えようとした。

「まあ!」
 サーシャは今度はしっかりとロゼリアを見た。
 トップ女優はあくまで余裕だった。
 ロゼリアの対抗心など気にした様子もない。

「アンさま。あなたには愛する人がいらっしゃるのね、それも辛い恋。たった一つの恋。選べば茨の道になるかもしれないと思っている恋なのかしら?」

 ジルコンの顔色が変わる。
 あら?と、サーシャはロゼリアとジルコンの顔を見比べた。

「ようやくわかりましたわ。全然お呼びがかからないと思っていたら、夏スクールのアデールの王子さまなのですね。ジルコンさまに可愛らしいお友だちができているというお噂はきいておりましたのよ。そしてアンさまによく似た大変お美しいお嬢さまは双子のロゼリア姫でありますのね。ジルコンさまの、ご婚約者さま?」
 そういいながら、サーシャは少し首を傾ける。
 扉の向こう側からサーシャは呼ばれた。


「そろそろ最後のダンスが始まりますわ。衣装を着させてくださいね。ジルさま、また特別席のチケットやお食事でも、わたしでできることなら何でもさせてくださいね」
 去り際にジルコンの耳元でささやくように言った。
その手がジルコンの肩にかかり引き留めるように触れていた。

「あの女優さん、ジルと親しいね?」
ロゼリアは席に戻る時に聞かずにはいられない。
 ジルさまってなんなんだ、と言葉にならない非難がぐるぐるあたまの中で回っている。ジルのお気に入りはあちらこちらにいるのだな、とも思う。
 夏スクールでのお気に入りは自分だっただけなのだ。

 後半がもうじき始まる。
 次は出演者全員のダンスの予定である。

「ああ?昔つきあっていたからな。まだ駆けだしの女優だったときに。彼女を見出し最初のチャンスを与えたのは俺。だが、そのあとはサーシャが自分でつかみ取った。野心的な女だ。それが彼女の魅力でもある」

 一度も過去の女性関係を男友達との間でも話題にしたことのないジルコンだったのに、ジルコンは不用意に発言してしまった。
 かっとロゼリアの頭に血がのぼる。
 彼女の話題になると胸が痛む理由をようやく理解した。
それは嫉妬。
ジルコンが自分以外の女に向ける好意に対して。
間違いなくあの美しい女優とジルコンはキスよりも深い関係を結んでいる。サーシャは女の目からみてもとても魅力的なのだ。
思い悩んでいた、ジルコンが男好きではないかとの懸念は、そうでないことが判明する。
それは男であるからアンジュが好きだというわけでないので良かったというべきなのだが、無性に腹がたった。
その一方で、どこか冷静な自分もいる。
王族の結婚なんてそういうものではないか?形ばかりの妻の他にも、たくさんの愛する女を囲っているものなのだろう。権力や財力、家柄にひかれる女性も多い。
ロゼリアとアンジュの父は違っていたが。
 むしろそれは例外なのだ。

「そんな話、ロゼリアの前で話さないで欲しい。自分の婚約者をどう思ってる」
「どうって……」
ジルコンは、ロゼリアの刺々しい言葉に、何かを言おうとしたが口をつぐんだ。

休憩終了のベルがジリジリと鳴り響く。
最後の舞台のダンスが始まった。




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