男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
88、ロゼリアの決断 (第八話 完)
「エールの王子さま人気は恐ろしいな!」
ディーンはロゼリアの腰に腕をまわし、ロゼリアが人混みに流されないように己の身体で確保する。
ディーンはもう一方の手でアンジュの服を掴む。
傍から見れば、王子を手厚く、姫をぞんざいに扱っているように見えるかもしれないが、ディーンはロゼリアを守ることが第一になる。
ディーンがロゼリアに甘くなってしまうのは昔からである。
セプターも地味な外套をマントのようにひらめかせながら、三人の背後を守っていた。
劇場を飛び出して少し走り、路地に入ってようやくディーンは解放したところである。
ディーン以外の全員、息を切らしている。
ディーンは体についたほこりをはらう。ロゼリアの乱れた髪をなでつけようとしてやめた。
「ディーンが、まさかあの劇をみていたとは思わなかったわ!」
「劇場内でトラブルがあれば外にいれば対応できないだろ。立ち見の席だったが、セプターが泣いて泣いて困った」
「ディーンも鼻をすすっていたじゃないですか!」
セプターが負けじと言い返している。
ディーンは豪快に笑った。
「でもあの劇の内容、男装の姫とか暗示的ですね。一体だれの原作でしょう。もしかして我が国の内情を知っているものが持ち込んだ話なのかもしれない……?」
セプターが考え込んでいる。
「立ち見の席って……」
「ああ。ロズたちの後ろにいた」
ディーンは男装のロゼリアを見る。
ロゼリアの大きな目にみるみる涙が盛り上がっていく。
「おい、ロズ、大丈夫か?」
「ちょっとあって」
「ちょっとあったって何がだ。どこか怪我をしたのか?痛いのか」
ディーンは焦ってロゼリアの身体を確認しようとする。
「怪我じゃない」
「じゃあ、どうした」
「ディーンに再会できてうれしいから」
「嘘いうな。本当のところをいえ」
ロゼリアの涙もその震える肩も鎮まりそうになかった。
ディーンは怪我の確認をあきらめてロゼリアを抱きしめる。
困ってアンジュに助けを求めた。
「ロズは、エールの王子に男装のことを責められたのか?」
「ジルコン王子にむしろロズの男装がばれなかったから、ロゼリアである僕は婚約破棄されたのだと思う」
「なんてことだ」
ロゼリア姿のアンジュを上から下まで露骨にみた後、ディーンの顔が歪んだ。
「ずっと一緒にいて過ごしてエールの王子はロズが女だっていうことに気が付かなかったわけなのか?エールの男たちは、すべからく唐変木だな」
「ロゼリア姫のアンジュ王子はりりしいですからね。寝食を共にしてもなおばれていないというのはさすが、入れ替わり歴が長いお陰ですね。アンジュ王子のロゼリア姫も美しいですし」
セプターの発言はどこか外れている。それはロゼリアには何の慰めにもならない。
「王城には、戻りたくないよな。俺もまだ一緒にいたい。どこかで休むか?いいところ知っているか?俺が知っているところは騒がしくて乱雑なところばかりだ」
彼らは、パジャンの料理屋の最奥の、秘密の会合に使われることもあるという部屋を借りたのである。
※
ジルコンの決断は、婚約破棄。
愛のない結婚はできないから。
それは、アデールの王子であるロゼリアに好意を、そしてそれ以上の感情をもっているから。
ロゼリアは己の心に従うジルコンの決断を潔いと思う。
だがしかし、ロゼリアは思わずにはいられない。
ジルコンがもう一日でも決断を先延ばしにし、曖昧な状態においておいてくれたのなら、と。
アデールの王子でいるのは今日が最後だったのだ。
ジルコンが、今日一日、アデールの王子であるロゼリアへの気持ちをあいまいにしてくれていたら、ジルコンは、いずれ本当のロゼリアと結婚することができ、そしてその真相を閨の内で知ることになったのかもしれないのに。
ジルコンが男を好きになったと誤解し悩んだことも、アンにロゼリア姫を重ねてみていたことも、すべてが笑い話になっていたのだろうと思うのだ。
それが一番楽観的で、ロゼリアが心から望んでいたこと。
今日を限りにエールを去った後には、再び婚姻の盃をかわす席でジルコンと相まみえるということを。
「大丈夫、ロズ、何とか婚約延長に望みをつないで、ジルコンと向き合えばジルコンが好きなのはロズなんだろ?わかってもらえるから」
この最奥の雪洞のような個室にはアンジュとロゼリアの二人きりである。
アンジュは婚約破棄ではなくて延期に持ち込もうと考えているようだった。
「もしくは今からでも本当のことを明かせば許してもらえるかも」
重ねてアンジュは言う。
ロゼリアは首をふった。
ディーンはロゼリアの腰に腕をまわし、ロゼリアが人混みに流されないように己の身体で確保する。
ディーンはもう一方の手でアンジュの服を掴む。
傍から見れば、王子を手厚く、姫をぞんざいに扱っているように見えるかもしれないが、ディーンはロゼリアを守ることが第一になる。
ディーンがロゼリアに甘くなってしまうのは昔からである。
セプターも地味な外套をマントのようにひらめかせながら、三人の背後を守っていた。
劇場を飛び出して少し走り、路地に入ってようやくディーンは解放したところである。
ディーン以外の全員、息を切らしている。
ディーンは体についたほこりをはらう。ロゼリアの乱れた髪をなでつけようとしてやめた。
「ディーンが、まさかあの劇をみていたとは思わなかったわ!」
「劇場内でトラブルがあれば外にいれば対応できないだろ。立ち見の席だったが、セプターが泣いて泣いて困った」
「ディーンも鼻をすすっていたじゃないですか!」
セプターが負けじと言い返している。
ディーンは豪快に笑った。
「でもあの劇の内容、男装の姫とか暗示的ですね。一体だれの原作でしょう。もしかして我が国の内情を知っているものが持ち込んだ話なのかもしれない……?」
セプターが考え込んでいる。
「立ち見の席って……」
「ああ。ロズたちの後ろにいた」
ディーンは男装のロゼリアを見る。
ロゼリアの大きな目にみるみる涙が盛り上がっていく。
「おい、ロズ、大丈夫か?」
「ちょっとあって」
「ちょっとあったって何がだ。どこか怪我をしたのか?痛いのか」
ディーンは焦ってロゼリアの身体を確認しようとする。
「怪我じゃない」
「じゃあ、どうした」
「ディーンに再会できてうれしいから」
「嘘いうな。本当のところをいえ」
ロゼリアの涙もその震える肩も鎮まりそうになかった。
ディーンは怪我の確認をあきらめてロゼリアを抱きしめる。
困ってアンジュに助けを求めた。
「ロズは、エールの王子に男装のことを責められたのか?」
「ジルコン王子にむしろロズの男装がばれなかったから、ロゼリアである僕は婚約破棄されたのだと思う」
「なんてことだ」
ロゼリア姿のアンジュを上から下まで露骨にみた後、ディーンの顔が歪んだ。
「ずっと一緒にいて過ごしてエールの王子はロズが女だっていうことに気が付かなかったわけなのか?エールの男たちは、すべからく唐変木だな」
「ロゼリア姫のアンジュ王子はりりしいですからね。寝食を共にしてもなおばれていないというのはさすが、入れ替わり歴が長いお陰ですね。アンジュ王子のロゼリア姫も美しいですし」
セプターの発言はどこか外れている。それはロゼリアには何の慰めにもならない。
「王城には、戻りたくないよな。俺もまだ一緒にいたい。どこかで休むか?いいところ知っているか?俺が知っているところは騒がしくて乱雑なところばかりだ」
彼らは、パジャンの料理屋の最奥の、秘密の会合に使われることもあるという部屋を借りたのである。
※
ジルコンの決断は、婚約破棄。
愛のない結婚はできないから。
それは、アデールの王子であるロゼリアに好意を、そしてそれ以上の感情をもっているから。
ロゼリアは己の心に従うジルコンの決断を潔いと思う。
だがしかし、ロゼリアは思わずにはいられない。
ジルコンがもう一日でも決断を先延ばしにし、曖昧な状態においておいてくれたのなら、と。
アデールの王子でいるのは今日が最後だったのだ。
ジルコンが、今日一日、アデールの王子であるロゼリアへの気持ちをあいまいにしてくれていたら、ジルコンは、いずれ本当のロゼリアと結婚することができ、そしてその真相を閨の内で知ることになったのかもしれないのに。
ジルコンが男を好きになったと誤解し悩んだことも、アンにロゼリア姫を重ねてみていたことも、すべてが笑い話になっていたのだろうと思うのだ。
それが一番楽観的で、ロゼリアが心から望んでいたこと。
今日を限りにエールを去った後には、再び婚姻の盃をかわす席でジルコンと相まみえるということを。
「大丈夫、ロズ、何とか婚約延長に望みをつないで、ジルコンと向き合えばジルコンが好きなのはロズなんだろ?わかってもらえるから」
この最奥の雪洞のような個室にはアンジュとロゼリアの二人きりである。
アンジュは婚約破棄ではなくて延期に持ち込もうと考えているようだった。
「もしくは今からでも本当のことを明かせば許してもらえるかも」
重ねてアンジュは言う。
ロゼリアは首をふった。