男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「兄のアンジュはスクールを最後まで参加できないことを悔やんでおりました。わたしは、兄から話を聞き、とてもうらやましく思っておりました。ずっとアデール国におり、世界を知らなかったのは兄もわたしも同じです。婚約は、このような状況です。わたしは、いわば自由の身になりました。そこで途中で終えなければいけなくなった兄の意志を継ぎ、わたしが参加を続けようと思うのです」
どんな恨み節がでてくるかと神妙な面持ちで聞いていたジルコンは、ぶはっと口に含んだテーブルワインを噴き出した。
フォルス王は、目も口も唖然と開いた。ロゼリアをたっぷり凝視し、やがてじんわりと笑みが浮かび、頬の傷が大きくゆがんでいく。
「何をいわれますか!ロゼリア姫。明日アンが帰国するというのなら、ご一緒に戻られる方がアンも安心されるのではないですか!?アンも可愛い妹君を一人残すことなんてできないでしょう。それに婚約無期限延期を申し上げたわたしとこれ以上顔をつき合わせるのは、お互いにばつが悪いものでしょうから」
「ばつが悪いのはジルコンさまの方ではございませんか?わたしは全く平気です」
ロゼリアはいい、ジルコンをまっすぐみた。
ジルコンはわずかにひるむ。
とうとうフォルス王は豪快に笑う。
そこには先ほどまでの怒りはない。
「なるほど。これはいい!面白い娘だな、ロゼリア姫。あなたが望むだけ王城に滞在するといい!参加したいのなら夏スクールにも参加したらいいぞ!ジルコンが反対することはできないからな。なにせ、第10位ぐらいまでの王族であれば、男女関わらず参加を求めているジルコン自身が、参加したいとやる気をみせる者を自分がばつが悪いからという理由だけで参加させないというのは、本旨から外れているからな!あはははっ」
「ですが……」
ジルコンは頭を抱えた。
「ロゼリア姫には、我が息子がお侘びもできないぐらいのひどい仕打ちをいたしました。このお詫びは改めてきちんとさせていただきましょう。それとは別に、滞在中は快適に過ごしていただけるようにお部屋を手配いたしましょう。夏スクールに参加している女性たちの管理はわたくしが責任を持つことになっておりますのよ。ジルコンは男で、至らないところや踏み込めないところがあるでしょうから」
アメリア王妃は優しくロゼリアに微笑んだのだった。
そして案内されたのが、寮の三階の寝室と居住空間の二部屋ある大きな部屋である。
ベッドはふかふかで快適である。
アデールの王子の時の部屋と比べるとゆうに三倍はある。ベランダはテーブルとイスが数脚おかれていても十分広かった。
隣はジュリアだという。
ロゼリアがこの部屋に持ち込んだ荷物は、部屋と釣り合っていないほど少ない。
姫として必要なものは全く足りていない。
わずかばかりの王子として過ごした時の服のなかに、ジルコンの黒金のジャケットが忍ばせてある。
ジルコンからもらったまん丸の真珠は、アンジュに思い出とともに渡すべきだったが、渡せていない。
渡せなかったというのが正直なところである。
「わたしはロゼリア。田舎の姫。エールに着いて三日目。アンジュから話しは聞いて内情を知っているような気にはなっているけれど、本当のところはよく分かっていない……」
呪文のように何度もつぶやき、自分に言い聞かせる。
アデールの王子と同一人物だと悟られてはいけない。
アデールの姫として姫らしくあればいい。アンジュの姫になる必要はない。
あるがままに、こころの赴くままに。
これからの長い人生、自分は自分らしく生きていく。
そして、再び初恋のジルコンと出会い直すのだ。
アデールの王子がジルコンと思い出を積み重ねたように、ロゼリアとも思い出を積み重ねる。ジルコンからあなたが好きだ、と言わせて、再び婚約をし直すつもりである。
案外その勝負、簡単なのではないかと思わないでもない。
なぜなら、ロゼリアは、ジルコンが好きになった相手その人なのだから。
ずっと続いていた雨音に、再びロゼリアは意識を向けた。
手足が冷えて固まっている。
ロゼリアをみるジルコンの目のように、冷たい。
ゆっくり動かした。気や血が巡り暖かくなるのを待った。
そろそろ起きる時間だった。
ロゼリアとしてのスクール初日が始まろうとしていた。
どんな恨み節がでてくるかと神妙な面持ちで聞いていたジルコンは、ぶはっと口に含んだテーブルワインを噴き出した。
フォルス王は、目も口も唖然と開いた。ロゼリアをたっぷり凝視し、やがてじんわりと笑みが浮かび、頬の傷が大きくゆがんでいく。
「何をいわれますか!ロゼリア姫。明日アンが帰国するというのなら、ご一緒に戻られる方がアンも安心されるのではないですか!?アンも可愛い妹君を一人残すことなんてできないでしょう。それに婚約無期限延期を申し上げたわたしとこれ以上顔をつき合わせるのは、お互いにばつが悪いものでしょうから」
「ばつが悪いのはジルコンさまの方ではございませんか?わたしは全く平気です」
ロゼリアはいい、ジルコンをまっすぐみた。
ジルコンはわずかにひるむ。
とうとうフォルス王は豪快に笑う。
そこには先ほどまでの怒りはない。
「なるほど。これはいい!面白い娘だな、ロゼリア姫。あなたが望むだけ王城に滞在するといい!参加したいのなら夏スクールにも参加したらいいぞ!ジルコンが反対することはできないからな。なにせ、第10位ぐらいまでの王族であれば、男女関わらず参加を求めているジルコン自身が、参加したいとやる気をみせる者を自分がばつが悪いからという理由だけで参加させないというのは、本旨から外れているからな!あはははっ」
「ですが……」
ジルコンは頭を抱えた。
「ロゼリア姫には、我が息子がお侘びもできないぐらいのひどい仕打ちをいたしました。このお詫びは改めてきちんとさせていただきましょう。それとは別に、滞在中は快適に過ごしていただけるようにお部屋を手配いたしましょう。夏スクールに参加している女性たちの管理はわたくしが責任を持つことになっておりますのよ。ジルコンは男で、至らないところや踏み込めないところがあるでしょうから」
アメリア王妃は優しくロゼリアに微笑んだのだった。
そして案内されたのが、寮の三階の寝室と居住空間の二部屋ある大きな部屋である。
ベッドはふかふかで快適である。
アデールの王子の時の部屋と比べるとゆうに三倍はある。ベランダはテーブルとイスが数脚おかれていても十分広かった。
隣はジュリアだという。
ロゼリアがこの部屋に持ち込んだ荷物は、部屋と釣り合っていないほど少ない。
姫として必要なものは全く足りていない。
わずかばかりの王子として過ごした時の服のなかに、ジルコンの黒金のジャケットが忍ばせてある。
ジルコンからもらったまん丸の真珠は、アンジュに思い出とともに渡すべきだったが、渡せていない。
渡せなかったというのが正直なところである。
「わたしはロゼリア。田舎の姫。エールに着いて三日目。アンジュから話しは聞いて内情を知っているような気にはなっているけれど、本当のところはよく分かっていない……」
呪文のように何度もつぶやき、自分に言い聞かせる。
アデールの王子と同一人物だと悟られてはいけない。
アデールの姫として姫らしくあればいい。アンジュの姫になる必要はない。
あるがままに、こころの赴くままに。
これからの長い人生、自分は自分らしく生きていく。
そして、再び初恋のジルコンと出会い直すのだ。
アデールの王子がジルコンと思い出を積み重ねたように、ロゼリアとも思い出を積み重ねる。ジルコンからあなたが好きだ、と言わせて、再び婚約をし直すつもりである。
案外その勝負、簡単なのではないかと思わないでもない。
なぜなら、ロゼリアは、ジルコンが好きになった相手その人なのだから。
ずっと続いていた雨音に、再びロゼリアは意識を向けた。
手足が冷えて固まっている。
ロゼリアをみるジルコンの目のように、冷たい。
ゆっくり動かした。気や血が巡り暖かくなるのを待った。
そろそろ起きる時間だった。
ロゼリアとしてのスクール初日が始まろうとしていた。