男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
90、スクール初日 ①
雨音に紛れ、軽く扉が叩かれる音がする。
ロゼリアはベッドから体を起こし、髪をとかしていたところである。
早朝におとなう者は限られている。洗顔の湯でも持ってきてくれたのかと思い素足のまま、扉を開けた。
扉の向こうには、背の高い女官がいた。
地味なグレーのワンピースに真白のスカーフを首をくるりと巻き胸元に納めている。
その胸はペンダントでもすれば、滑り落ちるのではなくて乗るのではないかと思われるほど肉感的である。
眼も唇も大きい。髪はおくれ毛なく後ろで低めにくるりと丸めている。
三十路は超えている美人の女官であった。
寮に関わるスタッフたちは、文官のユリアン、警備責任者のスアレスなど20代前半で総じて若い。
ロゼリアがこの寮で見かける女官たちも10代20代の者たちばかりだと思っていたので、三十路の美人に驚いた。
「おはようございます。ありがとうございます……」
ロゼリアは女官が手に持っていた湯を湛えたタライ桶を受け取ろうとした。
男子の階は手渡しではなく、それらは扉外に毎日置かれていたのである。
「それには及びません。勝手ながら失礼いたします。朝のご準備を手伝いに参りました。わたくし女官のララと申します」
さらっと女官は自己紹介をしてロゼリアをよけて入り、テーブルの上にタライを置いた。
その水はパシャリとも跳ねない。大した体幹である。
「ありがとう。わたしはアデールから来たロゼリアです。今日からスクールに参加することになっていて……」
「存じ上げております」
ララはロゼリアを頭の先から素足のつま先まで見た。
ロゼリアはララに見られて忘れていた何かを思い出しそうになった。背中のあたりがむずむずする。
視線が足にしばらく留まったので、爪が伸びていたかなと居心地悪くなって足指を丸めてしまった。
「あ、じゃあ、ララさん。顔を洗って着替えるので出ていってもらえるとありがたいのですけれど」
「ですので、ロゼリアさまをお手伝いすると申し上げました。今日のお召し物はお決まりですか?それとララとお呼びください。わたしは女官ですので、敬称を付けて呼ばれると他に示しがつきませんので」
「はあ。服は、そのあたりを着ようかと思ってるんだけど」
初日の服はどうしようかと迷って結局、パンツスタイルにしようと思ったのだった。
「これは、不可ですね。お持ちになられた衣装を見せていただいてよろしいでしょうか」
「不可!?それはいいけど……」
「ロゼリアさまは、先に洗顔を済ませておいてください」
ララはそう言い、失礼します、とはいいながらもずかずかと寝室に入り、衣装棚を開けてロゼリアの手持ちの服を検分し始めた。
こうまでバッサリと却下されるとは思わなかった。
「まあ!なんてことでしょう……」
一方でララは、当惑するロゼリアを意に介さず、大きなため息をついている。
ロゼリアはこの早朝の闖入者を追い出すべきかどうかと考えつつ、いつものように顔を洗い、化粧水をつける。
「服はこれだけですか?」
「えっと、それだけです。今日の午後にでも街にでかけて作ってもらおうと思っているんだけど」
「仕立て屋は決まっておりますか?呼ぶこともできますが」
ロゼリアが考えていたのはシリルの店である。
「兄が懇意にしている店があるので、そこにしようかと」
「そうですか。では新たに授業用に5着以上ご用意ください。スカーフも5枚。素材や雰囲気が異なるものが良いです。衣装で言うと、ダンスレッスン用の華やかな衣装がございませんね。こちらも数着ご準備なさるのが良いかと」
「ダンス?いままでそんな授業はなかったとアンが言っていたけれど」
盛大なため息をララはついた。
「今までないからといって、これからも殿方とダンスをすることがないとは言えませんよ。その時に衣装がなければ、みすみすチャンスを見逃してしまうことにもなりかねません。男性の授業と女性の授業は内容が異なりますし、夏スクールに参加する目的も異なっていると思っておりましたが、違いましたか?」
「ち、チャンス?目的が違う?」
「それから靴もございませんね。上と下がちぐはぐだと、これだと、お国の品位を問われることになりますよ」
「国の品位!?」
ロゼリアは圧倒された。品位という言葉を聞いたのは久々だった。
「ララ、申し訳ないのだけれど、わたしは初めに用意していたパンツスタイルでいく。それは動きやすくて機能的ですし、品位を落とさないぐらい裾も長くて一見スカートのように広がっている。裾模様の手の込んだ刺繍は優雅で美しいでしょう?僕、いえ、わたしは、自分が着る服についてとやかくいわれるのは好きじゃないの」
じっと、大きな目でララはロゼリアを見る。
ロゼリアはベッドから体を起こし、髪をとかしていたところである。
早朝におとなう者は限られている。洗顔の湯でも持ってきてくれたのかと思い素足のまま、扉を開けた。
扉の向こうには、背の高い女官がいた。
地味なグレーのワンピースに真白のスカーフを首をくるりと巻き胸元に納めている。
その胸はペンダントでもすれば、滑り落ちるのではなくて乗るのではないかと思われるほど肉感的である。
眼も唇も大きい。髪はおくれ毛なく後ろで低めにくるりと丸めている。
三十路は超えている美人の女官であった。
寮に関わるスタッフたちは、文官のユリアン、警備責任者のスアレスなど20代前半で総じて若い。
ロゼリアがこの寮で見かける女官たちも10代20代の者たちばかりだと思っていたので、三十路の美人に驚いた。
「おはようございます。ありがとうございます……」
ロゼリアは女官が手に持っていた湯を湛えたタライ桶を受け取ろうとした。
男子の階は手渡しではなく、それらは扉外に毎日置かれていたのである。
「それには及びません。勝手ながら失礼いたします。朝のご準備を手伝いに参りました。わたくし女官のララと申します」
さらっと女官は自己紹介をしてロゼリアをよけて入り、テーブルの上にタライを置いた。
その水はパシャリとも跳ねない。大した体幹である。
「ありがとう。わたしはアデールから来たロゼリアです。今日からスクールに参加することになっていて……」
「存じ上げております」
ララはロゼリアを頭の先から素足のつま先まで見た。
ロゼリアはララに見られて忘れていた何かを思い出しそうになった。背中のあたりがむずむずする。
視線が足にしばらく留まったので、爪が伸びていたかなと居心地悪くなって足指を丸めてしまった。
「あ、じゃあ、ララさん。顔を洗って着替えるので出ていってもらえるとありがたいのですけれど」
「ですので、ロゼリアさまをお手伝いすると申し上げました。今日のお召し物はお決まりですか?それとララとお呼びください。わたしは女官ですので、敬称を付けて呼ばれると他に示しがつきませんので」
「はあ。服は、そのあたりを着ようかと思ってるんだけど」
初日の服はどうしようかと迷って結局、パンツスタイルにしようと思ったのだった。
「これは、不可ですね。お持ちになられた衣装を見せていただいてよろしいでしょうか」
「不可!?それはいいけど……」
「ロゼリアさまは、先に洗顔を済ませておいてください」
ララはそう言い、失礼します、とはいいながらもずかずかと寝室に入り、衣装棚を開けてロゼリアの手持ちの服を検分し始めた。
こうまでバッサリと却下されるとは思わなかった。
「まあ!なんてことでしょう……」
一方でララは、当惑するロゼリアを意に介さず、大きなため息をついている。
ロゼリアはこの早朝の闖入者を追い出すべきかどうかと考えつつ、いつものように顔を洗い、化粧水をつける。
「服はこれだけですか?」
「えっと、それだけです。今日の午後にでも街にでかけて作ってもらおうと思っているんだけど」
「仕立て屋は決まっておりますか?呼ぶこともできますが」
ロゼリアが考えていたのはシリルの店である。
「兄が懇意にしている店があるので、そこにしようかと」
「そうですか。では新たに授業用に5着以上ご用意ください。スカーフも5枚。素材や雰囲気が異なるものが良いです。衣装で言うと、ダンスレッスン用の華やかな衣装がございませんね。こちらも数着ご準備なさるのが良いかと」
「ダンス?いままでそんな授業はなかったとアンが言っていたけれど」
盛大なため息をララはついた。
「今までないからといって、これからも殿方とダンスをすることがないとは言えませんよ。その時に衣装がなければ、みすみすチャンスを見逃してしまうことにもなりかねません。男性の授業と女性の授業は内容が異なりますし、夏スクールに参加する目的も異なっていると思っておりましたが、違いましたか?」
「ち、チャンス?目的が違う?」
「それから靴もございませんね。上と下がちぐはぐだと、これだと、お国の品位を問われることになりますよ」
「国の品位!?」
ロゼリアは圧倒された。品位という言葉を聞いたのは久々だった。
「ララ、申し訳ないのだけれど、わたしは初めに用意していたパンツスタイルでいく。それは動きやすくて機能的ですし、品位を落とさないぐらい裾も長くて一見スカートのように広がっている。裾模様の手の込んだ刺繍は優雅で美しいでしょう?僕、いえ、わたしは、自分が着る服についてとやかくいわれるのは好きじゃないの」
じっと、大きな目でララはロゼリアを見る。