男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「ジュリアさま。情報は正しく伝えないといけません。意図的に、錯誤がおこるように仕向けたと思われても仕方がありませんよ」
 ララはやんわりとたしなめた。
 ジュリアは泣かんばかりになっている。
 こんな状態のジュリアを夏スクールのメンバーは誰一人みたことがなかった。
 今やロゼリアとララ、イリスとジュリアは食堂中の注目を集めている。

「わたしのロゼリアさまとの食事の同席はお赦しください。それがみなさまより随分遅れてご参加されるロゼリアさまに必要なことでありましたので。それからひとこと申し上げさせていただきますが、イリスさま。使用人如きという主人に、だれもついていくものはおりませんよ」

 この勝負、完全にララの勝利である。
 食堂のスタッフから拍手が起こりそうな様子である。
 イリスは悔しさに顔をゆがめ、頭をさげて退いた。ジュリアたちは自分たちのテーブルに戻っている。

「申し訳ありませんが、わたしには他にも用事がございます。あとはどなたかとご一緒に行動されるとよいでしょう」
 そう一言断ると、昼食も同席することを約束し、ララはロゼリアよりも先に退席してしまった。
 ララがいなくなると、食堂の空気全体が軽くなったような気がした。
 女官一人、たいした存在感である。
 最後まで食事を済ませることにした。
 見よう見真似を装いお盆を片付ける。
 ロゼリアにするりと近づいた男がいる。

「はじめまして。わたしはウォラス。君の初日からすごいものをみせてもらった。アデールの姫だね。本当にそっくりだね」
 ウォラスの距離感のなさに体が跳ねそうになるが、彼が話しかけてきたのは予想通りというか。
 ロゼリアの緊張に気が付いたウォラスは慎重に距離をとった。

「腑におちないという顔をしているから解説してあげようと思うんだけど。君付きの女官のララは、女官次長でこの城の中の女官ではナンバーツーの実力者。アメリア王妃の年の離れた妹だよ。イリスは王族の姫じゃなくてエール国の有力貴族の娘。このスクールにはむりやり親がねじりこませてきた。目的は高貴な血族の旦那さま探し。イリスのターゲットはエールの王子さまだね。他もそういう娘たちは多いんじゃないかな。ジルコンは表だっては婚約者がいる身で、義兄になる予定のアデールの王子を大事に扱っていたので望みはなかったはずだった。だけど、今朝来たら、アデールの王子は帰ったというし、エールの王子と双子の姫は婚約無期限延期という名の婚約破棄ときている。これはイリスじゃなくてもはりきってしまうよね」
 ウォラスは面白がっている。
 だが以前の退屈に倦むような顔ではなく、生き生きしているような気がした。

「実質上の婚約破棄なのにどうして、どうしてそんな実力者のララがわたしの女官になるの?」
「それは、言葉の通り、途中参加で進捗が遅れているからなのか、無期限婚約延期?となったとしても王妃がまだあきらめてないからだろ。ジルコンはいつも結婚に後ろ向きだからね。それがアデールの姫ならいいかということで婚約したんだけど、結局はうだうだ言い出したってわけか」
「無期限延期は婚約破棄に違いないよ」
 ウォラスはじっとロゼリアを見つめた。
「君が元気になってくれて嬉しい。今度こそうまくいくことを応援させてもらう。男言葉に気を付けて。アデールの君」

 ウォラスは誰にも聞こえないようにささやき、ウインクしたのだった。


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