男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「アンは、もう二度とあなたの前に現れないと言っていた。兄のこころに傷を負わせたのはあなたではないの?」

 ロゼリアはそれを言えばジルコンを傷つけるかもしれないと思いつつも、刃を突きつける相手に刃を返さずにはいられない。
 案の定ジルコンは顔を苦し気にゆがめ、ロゼリアから目をそらした。

「ララや母が、あなたを婚約者として扱うつもりだとしても、それには俺の意向はないことはもうわかっているだろう。俺の気持ちは変わることはない」
「あなたは手に入らないものを追い続けるよりも、手に入る可能性があるものに目をむけるべきだと思うわ」
 ジルコンは矢で貫くようにロゼリアを見た。
 アンジュでいるときに向けられていた視線と全く違う。

「みんながあなたがアンとそっくりだというが、似ているのはその豊かな髪ぐらいだな。授業の席はとくに決められているわけではない。申し訳ないが、俺の横には座らないで欲しい」
 ジルコンは前の方の席へ大きく踏み出した。そこには彼の友人たちがいて、全員がこちらを向いてロゼリアに来たらいいよと歓迎してくれていた。
 ジルコンは足をとめた。地面に足ごと杭をうたれたかのように硬直しているロゼリアに、顔を向けた。その眼は下を向く。顔を向けたのもそぶりだけにすぎないそっけないものだ。

「それから、あなたの方から話しかけるのはやめてほしい。迷惑だから」

 ロゼリアにとどめを刺すことを忘れない。
 男から女に戻ろうと決意した時、人生で一番最悪の時だと思っていた。
 だが実際には、底にはさらに奥底へと続く冷たい闇が広がっていた。
 アンジュに見せるジルコンとロゼリアに見せるジルコンは、全く別人だった。

 本当は同一人物なのに性別を偽る自分と、アンジュとロゼリアにまるで別人のような顔を見せるジルコンと、どちらが罪深いのだろうか。
 ロゼリアは、あふれそうになる涙をぐっと飲み込んだのである。

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