男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

93、足りないもの

 ロゼリアは羽枕に顔を埋めた。
 ふかふかのベッドに甘く抱かれたまま朝がこなければいいのにと思う。

 結局、女官のララは、ロゼリアと三食食事を共にし、時折教室に訪れてロゼリアの授業の様子を確認し、授業の後にはロゼリアと共に街へシリルの店にいって服の注文に的確なアドバイスを送り、その後にはララが懇意にしているお勧めのサロンなどを紹介し、そこでも必要なものを手配する。
 ララはロゼリアの買い物は全てジルコンのツケにしている。
「婚約から婚約無期限延期というのは、ロゼリアさまに不都合な契約変更が行われたことであり、ジルコンさまは多額の賠償金を支払う義務が生じています。ロゼリアさまは気にされることはありません」
 とのことである。
 そんな怒涛のような一日を終えて今は、女子たちの大浴場で風呂を済ませ、もう寝るだけであった。

「ロゼリアさま、マッサージします」
 ララはベッドにダイブした形のロゼリアが寝るベッドに上がり、温めたオイルで足からマッサージを始めてくれる。柑橘系のフルーティな香りが鼻腔をくすぐる。
 肉厚の手が適度な圧をかけ、終日ヒールを耐え忍んだ足を慰撫する。
 とても気持ちがよかった。

「……初日を終えていかがでしたか」
「どうって知ってるでしょう?ジュリアとは朝のアレでぎくしゃくしているし、イリスは腹を立てているし、婚約無期限延期をどう判断したらいいかみんな微妙な態度で、仲良くするかどうかを決めかねているようで、ほとんどが様子見のようだし。気まずくて」
「それでも何人かはロゼリアさまとご歓談されておりましたね」
「ベラとレオ、エストは兄の友人だったから親しみをもってくれていたのかも。それからレベッカ。彼女はパジャン側だけど、さばさばしていてわたしの微妙な立場には関心がないようだし。それから、ロレットもかな」
「ロレットはB国のリシュアさまの後に入られた方ですね」
「ロレットはつい一週間前に入ってきたんだってね。それにしては女子だけでなくって男子も含めてみんなと仲が良くて、人懐っこくてかわいい感じの人だった。わたしにもころころと笑いかけてくれて……」

 ララは鼻で笑った。
「彼女には気をつけてください。みんなと仲がいいなんてことはあり得ませんから」
「それはどういう……?」
ロゼリアは頭を上げた。背中にオイルを塗り始めたララに押されて再び枕に顔を沈める。
「言葉通りです。ロレットは危ういのでお気をつけなさい」
「B国出身だから?リシュアの事件があったかもしれないけど。本人は無邪気そう」

 リシュアの事件とは、アンジュとして夏スクールに参加した初日に起こったジルコン暗殺未遂事件である。
 リシュアは前王の娘。ロゼットはその後に王位についた叔父の娘。
 リシュアとロゼットはいとこ同士の間柄のはずである。

「まあ、間接的には関係がありますが、その危うさではなくて、本人の内面の不安定さを申しているのです。何事も起こらなければそれでいいことですし、何か起こるかもしれません。貴重なロゼリアさまとの時間を他国の姫の精神分析で費やしたくありませんが」

 ララは背中、腕までくるとロゼリアにあおむけになるように言う。
 ロゼリアはシーツが体からずれないようにして仰向けになった。
 ベッドでララのオイルマッサージに身を任せるロゼリアは、下着の一枚だけである。

「もっと建設的な話をすべき?」
「もっと、ロゼリアさま自身の話をすべきです」

 ロゼリアは今日の事を振り返りたいとも思わない。
 できれば明日も永遠にこなければいいと思うぐらいなのだ。

「ララや、王妃さまやフォルス王が応援してくれていたとしても、ジルコンはそうじゃないから。話しかけるな、隣の席に座るなと言われてしまった。明日も同じような日が続くと思うと気がめいってしまう」
「まあ、そうでしょうね。ジルコンさまは婚約破棄と思っているわけですから」
 ロゼリアは、あははと元気なく笑う。
「イリスに衆目を前にして婚約破棄ではないと言い放った同一人物とは思えないんだけど。ララはわたしの相談に乗ってくれるの?」
「愚痴を聞くのも優れた女官の仕事だとは思いますわ。いわせてもらえば、女の幸せを男に依存させるのならば、幸せは永遠に遠のくだけですわ。ジルコンさまのことはしばらく横に置いておきましょう」
「ジルコンを無視しろっていうの?」
「せっかく学びと研鑽の場にいらっしゃるのです。まずはご自分を高めることに重きをおきましょうと申したいのです。それで伺いたいのですが、ロゼリアさまは、ご自分のことをどう思っておられますか?」

 膝を曲げられて内ももをマッサージされる。
 とても気持ちがいい。
 ララのマッサージは、ディーンのする圧のマッサージではなくて流れるマッサージである。
 くるくると螺旋を描き、時にひねられる。
 手の温かさに意識を向けると、深い瞑想に引き込まれるようだった。

「わたしは、女子たちよりも兄たちと過ごす方が長かったんだ。話し方も男子的だと思う。だから女子たちの会話は少し苦手。深窓の姫という噂があると思うんだけど、それは噂が先行していて、本当のわたしはそんな大人しい姫じゃないんだ。外向きの顔というか」
「アデールの姫は慎ましやかで思慮深く美しい、でしたね。それでいくつもの縁談がこられていたとか。今日は、田舎の国の情報操作は侮りがたしということを実感させられた衝撃の体験でしたわ!わたしからみてのロゼリアさまを申し上げてよろしいでしょうか」
「……聞きたくないような気がするんだけど」
 遠まわしに辞退するが、ララにはいわないという選択肢はない。
「ひとつ、優雅さに欠ける。ふたつ、後ろ盾がない。みっつ、自信を喪失している。そんなところでしょうか」


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