男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
ベラは頭にのせたゆらゆらとゆれる本の端を目線で追い、身体を揺らしながらバランスをとっている。
レオは露骨に嫌そうな顔をした。
「俺はしないよ」
「なにも、これを一緒にしようとはいってないわよ」
非常に仲が良い二人である。
「そういうものは隠れてすべきものなのではなくって?ちいさな子供の頃に卒業すべきことですわ」
背筋を伸ばして長机の端に座っているロゼリアに、上から声が落とされた。
落さないように顔を向けようとしてあきらめた。
ロゼリアはそのかわりゆっくりと立ち上がる。
立ち上がるだけでも、身体の芯に応える感じがある。
「まあ、イリスさんはこれを小さな子供の頃にしておられたのですね。わたしは田舎育ちですのでそのような教育を受けてきておりません。それ故に優雅さに欠けるので普段から努力をしないと、イリスさんの足元にも及びませんので、お見苦しいかとは思いますが」
ロゼリアは笑顔を添えた。ぐらりと大きくゆらぎ、本がイリスの方へ傾き、するりと滑り落ちた。
あわててイリスは避け、本は音を立てて床に落ちた。もちろんわざとである。
憤慨しながらも、イリスは馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「気をつけてよね。この程度でバランスを崩して落とすなんて、わたしの子供の頃でも落とさなかったわ!おかわいそうに」
イリスは本を拾い上げもせずジュリアたちのところへ行った。イリスは足音ひとつしない。
自分はうるさいといわれても、他人の足さばきなどロゼリアは注目したことがなかったことに気が付いた。
「こどもの頃にしたのってたったの一日かそこらですよ、きっと」
ベラが眉間にたて皺を寄せる。
ロゼリアはひっくり返らないように気をつけながら本を拾い上げると再び頭に乗せて座り直した。
男子たちはばらばらと立ち上がり、机の上を片付けはじめていた。
次の授業は女子とは別の教室である。
以前はあまり気にもしていなかったが、男女別々のクラスが半分以上ある。
「ロゼリアさま、面白いことをされていますね!」
女子たちのグループから一直線に近づいてくる女子がいる。
ふわふわの髪を耳の下で二つにまとめたB国の姫、ロレットである。
「朝から乗せておられますよね。首がつかれませんか?」
「薄いから大丈夫だと思うよ。これは今日だけでなくって当分の間こうすることになったの。だけど、動作がすべて緩慢になって辛い。腰痛を抱えている老人のようだわ」
ロゼリアがゆっくりとロレットの方を首をめぐらせて言うと、ロレットはころころと笑った。
ひとしきり他愛もない話をすると、ロレットはおもむろに手にもっていたものを突き出すようにしてロゼリアに渡した。
「これ、ロゼリアさまにどうかなと思って。良かったら使ってください」
はにかんだ笑みを浮かべると、ロレットはまたジュリアたちの席へ戻っていく。
ロゼリアの手には手触りの良い綿のハンカチが押し付けられていた。
「なんだろう?ハンカチ?」
広げてみると黄色いバラと赤でAとRの飾り文字の刺繍である。
美しい見事な出来栄えであった。
「アデールのAとロゼリアさまのRですね」
「わたし用に?いつ作ったんだろう」
ロレットとは昨日初めてあっただけである。
誰かに作ってもらうのならば、手の早い人で二週間ぐらいはみて欲しいといわれそうだし、自分で作るにしても図案を起し、このような手の込んだ刺繍をするならば一か月はかかりそうである。
「わたしも持ってますよ。ロレットはこういうプレゼントみんなに渡してるんですよ」
ベラは鞄の中から同じく国名とBの飾り文字に、ガーベラの花の刺繍のハンカチを取り出し広げて見せる。それも丁寧な仕事ぶりであった。
「これをみんなに……?わたしのは、一晩で仕上げたってこと?」
「彼女は立場がアレだから、取り入ろうと必死なんですよ」
ベラは声を潜めた。
「そんなことする必要なんかないのに」
ジュリアたちの席の後ろの端がロレットの席である。
「先生おそいわね」
イリスが言っている。何の気なしに見ていると、それを聞いたロレットは立ち上がった。
「わたしが聞いてきますわ!もしかして教室の変更があったり、自習になっているかもしれませんから」
笑顔のロレットがロゼリアの前を速足で行く。
後ろでため息が聞こえた。
「また、彼女行かされてる。そこまで自分ばっかりすることないのに」
レベッカである。
ゆったりと体ごと後ろに向いた。
「いつもああいう感じなの?レベッカもハンカチもらったの?」
「ハンカチは男子にもあげているわよ。つかいっぱしりさせられているのに笑顔って、気持ち悪いわ」
草原の女、レベッカは辛辣にいうが、その顔はすまし顔で、頭頂に本を乗せている。
三人は、そりそろりと首を巡らして互いの様子をみた。
本が落ちるのも構わず笑い転げたのであった。
「田舎の女のすることは理解できんな」
バストは聞えよがしにいって教室を出た。
ジルコンはチラリとロゼリアたちに一瞥をくれる。
ジルコンはロゼリアの頭の本に目をとめたが何も言わなかった。
何か言ってくれればいいのにと思うが、非難めいた感情は胸から追いやった。
翌朝から、本の厚さが三倍になった。
それから一週間たつ頃には、ロゼリアは頭の上に分厚い本を乗せていることも忘れるぐらい、なめらかに動けるようになる。
ふくらはぎの強烈な筋肉痛や腰の痛みも数日たてば馴れていく。
ララは夜ごと、ロゼリアの身体をオイルでマッサージしてくれた。
8日目から、ララはロゼリアの頭の本を一冊、また一冊と増やしていったのである。
レオは露骨に嫌そうな顔をした。
「俺はしないよ」
「なにも、これを一緒にしようとはいってないわよ」
非常に仲が良い二人である。
「そういうものは隠れてすべきものなのではなくって?ちいさな子供の頃に卒業すべきことですわ」
背筋を伸ばして長机の端に座っているロゼリアに、上から声が落とされた。
落さないように顔を向けようとしてあきらめた。
ロゼリアはそのかわりゆっくりと立ち上がる。
立ち上がるだけでも、身体の芯に応える感じがある。
「まあ、イリスさんはこれを小さな子供の頃にしておられたのですね。わたしは田舎育ちですのでそのような教育を受けてきておりません。それ故に優雅さに欠けるので普段から努力をしないと、イリスさんの足元にも及びませんので、お見苦しいかとは思いますが」
ロゼリアは笑顔を添えた。ぐらりと大きくゆらぎ、本がイリスの方へ傾き、するりと滑り落ちた。
あわててイリスは避け、本は音を立てて床に落ちた。もちろんわざとである。
憤慨しながらも、イリスは馬鹿にしたような笑みを浮かべた。
「気をつけてよね。この程度でバランスを崩して落とすなんて、わたしの子供の頃でも落とさなかったわ!おかわいそうに」
イリスは本を拾い上げもせずジュリアたちのところへ行った。イリスは足音ひとつしない。
自分はうるさいといわれても、他人の足さばきなどロゼリアは注目したことがなかったことに気が付いた。
「こどもの頃にしたのってたったの一日かそこらですよ、きっと」
ベラが眉間にたて皺を寄せる。
ロゼリアはひっくり返らないように気をつけながら本を拾い上げると再び頭に乗せて座り直した。
男子たちはばらばらと立ち上がり、机の上を片付けはじめていた。
次の授業は女子とは別の教室である。
以前はあまり気にもしていなかったが、男女別々のクラスが半分以上ある。
「ロゼリアさま、面白いことをされていますね!」
女子たちのグループから一直線に近づいてくる女子がいる。
ふわふわの髪を耳の下で二つにまとめたB国の姫、ロレットである。
「朝から乗せておられますよね。首がつかれませんか?」
「薄いから大丈夫だと思うよ。これは今日だけでなくって当分の間こうすることになったの。だけど、動作がすべて緩慢になって辛い。腰痛を抱えている老人のようだわ」
ロゼリアがゆっくりとロレットの方を首をめぐらせて言うと、ロレットはころころと笑った。
ひとしきり他愛もない話をすると、ロレットはおもむろに手にもっていたものを突き出すようにしてロゼリアに渡した。
「これ、ロゼリアさまにどうかなと思って。良かったら使ってください」
はにかんだ笑みを浮かべると、ロレットはまたジュリアたちの席へ戻っていく。
ロゼリアの手には手触りの良い綿のハンカチが押し付けられていた。
「なんだろう?ハンカチ?」
広げてみると黄色いバラと赤でAとRの飾り文字の刺繍である。
美しい見事な出来栄えであった。
「アデールのAとロゼリアさまのRですね」
「わたし用に?いつ作ったんだろう」
ロレットとは昨日初めてあっただけである。
誰かに作ってもらうのならば、手の早い人で二週間ぐらいはみて欲しいといわれそうだし、自分で作るにしても図案を起し、このような手の込んだ刺繍をするならば一か月はかかりそうである。
「わたしも持ってますよ。ロレットはこういうプレゼントみんなに渡してるんですよ」
ベラは鞄の中から同じく国名とBの飾り文字に、ガーベラの花の刺繍のハンカチを取り出し広げて見せる。それも丁寧な仕事ぶりであった。
「これをみんなに……?わたしのは、一晩で仕上げたってこと?」
「彼女は立場がアレだから、取り入ろうと必死なんですよ」
ベラは声を潜めた。
「そんなことする必要なんかないのに」
ジュリアたちの席の後ろの端がロレットの席である。
「先生おそいわね」
イリスが言っている。何の気なしに見ていると、それを聞いたロレットは立ち上がった。
「わたしが聞いてきますわ!もしかして教室の変更があったり、自習になっているかもしれませんから」
笑顔のロレットがロゼリアの前を速足で行く。
後ろでため息が聞こえた。
「また、彼女行かされてる。そこまで自分ばっかりすることないのに」
レベッカである。
ゆったりと体ごと後ろに向いた。
「いつもああいう感じなの?レベッカもハンカチもらったの?」
「ハンカチは男子にもあげているわよ。つかいっぱしりさせられているのに笑顔って、気持ち悪いわ」
草原の女、レベッカは辛辣にいうが、その顔はすまし顔で、頭頂に本を乗せている。
三人は、そりそろりと首を巡らして互いの様子をみた。
本が落ちるのも構わず笑い転げたのであった。
「田舎の女のすることは理解できんな」
バストは聞えよがしにいって教室を出た。
ジルコンはチラリとロゼリアたちに一瞥をくれる。
ジルコンはロゼリアの頭の本に目をとめたが何も言わなかった。
何か言ってくれればいいのにと思うが、非難めいた感情は胸から追いやった。
翌朝から、本の厚さが三倍になった。
それから一週間たつ頃には、ロゼリアは頭の上に分厚い本を乗せていることも忘れるぐらい、なめらかに動けるようになる。
ふくらはぎの強烈な筋肉痛や腰の痛みも数日たてば馴れていく。
ララは夜ごと、ロゼリアの身体をオイルでマッサージしてくれた。
8日目から、ララはロゼリアの頭の本を一冊、また一冊と増やしていったのである。