男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
 ロゼリアはたくさんの瓶から、冷えた体と心を温めてくれそうなココアを選ぶ。砂糖を大目に加えたココアにシナモンパウダーを適当に振りかけ、しっかり混ぜてからロレットに手渡した。
 ココアとシナモンの香りにすんすんと鼻を鳴らした。
 涙が止まったようである。

「ロゼリア、どう思いますか?」
「小間使いっていうのは言い過ぎだと思う。どうって聞かれれば、ロレットはすごく、すごく、わたしからみても頑張っていると思うよ。ロレットが一人でB国のイメージを変えようとみんなと仲良くしよう、気に入られようと努力しているのは尊敬に値する。複雑な立場のわたしに笑いかけてくれたのは、ロレットぐらいだったし」

 こくこくとロレットはうなづきながらココアをすする。
 鼻水が垂れているので塩味が加味されて、甘しょっぱいココアになっているのではないかと思う。ロレットの頬にようやく血の気がもどってくる。
 ララは鋭い目をロゼリアに向けている。
 この答えでは、足りていないのだ。
 ロゼリアは背筋を伸ばした。

「……だけれども?」
 ララは促した。
「だけれども、えっと、ロレットの努力は僕は認めているんだけど、だけどロレットが本当に評価して欲しいのは僕……、わたしじゃなくて、ジュリアたち。イリスはロレットの好意の努力を踏みにじりながら、さらに好意を要求している。ロレットの好意には時間と手間がかかってる。睡眠時間を削るほどに。それをわかっていてイリスが過分な好意を要求しているのならば、ロレットは優越感にひたる彼女に弄ばれているのと変わらない。もしかして睡眠不足でふらふらなのを、みんなで見てほくそえんでいるのかもしれない」
「そんな……」
 ロレットの顔色が変わり、再び泣きそうになった。
「だけど、彼女たちがそこまでしてしまうのはイリスたち側だけの問題ではなくて、努力をしているわたしを認めて!わたしの素晴らしい好意を受け取って頂戴!というロレットの行き過ぎた態度にも問題があったのだと思う。自分の好意を押し付け相応の感謝を無意識にでも要求したり、努力し頑張った分を、他人から評価されることを過度に求めると、自分自身を失ってしまう。他人の評価軸では自分は幸せにはなれない……」

 ロゼリアはそこまで言って、女は男に依存してはなりません、とララにいわれたことを思い出した。
 過度に依存してはならないのは男でも友人でも同じようなものかもしれない。

「わたしの努力や好意に対する評価を、イリスさまたちに過度に求めていたということなの?わたしは。ただ役に立つことが嬉しかっただけで……」

 くすりとララは笑う。 
 みかねてロゼリアは膝をつき、ココアのカップを両手でもつロレットの手に、己の手を重ねた。

「小間使いのように役にたつ女という評価を求めることが、あなたのB国姫としての在り方ですか?」
「いえ、違う。でも、どうしたら。気分を害されないように笑いかけ、刺繍をしてプレゼントして取り入り、気をまわしてあれこれ先回りしてやってあげること以外に、わたしにはやり方がわかりません……」
 うるうるとロレットの目が涙をたたえゆれる。
 答えを求めてロゼリアにすがりついた。

 そこへ、ララは柏手を打った。
 見計らったかのような鋭い音に、部屋の重い空気が一瞬にして飛んだ。

「はい。ロゼリアさま、ロレットさま。盛り上がっているところ申し訳ないのですが、今の段階ではここまでで十分です。なぜなら、少し確認しなければならないことが残っていますから。ロレットさまは刺繍のハンカチをイリスさまに捨てられたと思っておられますが、本当にそうなのかご本人さまから確認されましたか?ロレットさまのプレゼントを本当に喜ばれているのかもしれません。外に落ちていたのは、何か手違いがあったのかもしれませんね。小間使い的な行動はあらためることは必要ですが」

 机に重ねられた10冊の本をララは流し目で見た。

「ここに隣の部屋のお嬢さまがたがお待ちかねの本がございます。ここに置いていてもロゼリアさまのトレーニング材料になるだけですので、隣の部屋に持っていくついでに、ハンカチのことをイリスさまに確かめられたらいかがですか?その後のことは、その時に考えましょう。さあ、ロレットさま。顔を洗い、髪を乾かして、きれいにいたしましょう……」

 ララは、ロゼリアとロレットに嫣然と笑いかけた。


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