男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
まだはいていない女子の一人は靴を手に取ると腕を伸ばして目をすがめ、想像している。
「それはいいアイデアのように思えるわ」
「刺繍のワンポイントは本当に素敵ねえ」
口々に、あくまで自然な様子で賛同の意がつぶやかれる。
そして示し合わせたかの様に全員の視線がロレットに向いた。
そのどれもが期待に満ちた目をしている。
同時に断ることを許さない目でもある。
ひゅっとロレットの喉がなった。
「ワンポイントでも見栄えがする刺繍をすぐにできる腕のいい人は、わたしたちのお友達のあなたしかいないわ。わたしたちそんな靴を履きたいと思うし感謝するわ!」
駄目押しのイリスの言葉。彼女はロレットの弱さを知っている。
腕のいい。
お友達。
必要としている。
感謝する。
それらは今までロレットを動かし続けていた動機の部分。
嫌な方向だった。
「ロレット……」
ロゼリアは受ける必要がないと言おうとした。
腕を出してイリスとロレットを物理的に遮ろうとする。
その腕にロレットは触れた。優しく押し戻されるが、その手から細かな震えがロゼリアに伝わる。
ロレットの顔はいつものにこやかな笑顔であった。だが、その眼はロゼリアが息を飲むほど強い光を帯びている。
あるだけの勇気をかき集め、ロレットはここに来た目的を果たそうとしているのだとロゼリアは気が付いた。
「そ、その、図柄をわたしの裁量に任せてもらえるのでしょうか」
「もちろん全面的にまかせるわ!」
イリスのつやつやの唇が勝利の優越感に引きあがった。
ソファの女子たちからくすくすと忍び笑いが漏れる。
だがロレットはひるまない。笑顔を絶やすことはない。
「いえ、いつもあなたにはよくしてもらっているわ。あなたがひとりでそこまでする必要はないわ。時間がかかってもわたしたち自身も刺繍ができますから。本当に必要でしたら、自分することもできるわ。クレア、ディア、ラディア、イリスも、あなたちもできるでしょう?」
ジュリアが険しい顔をして口を挟んだ。
「でもジュリアさま、刺繍の手が早くて上手なロレットが好意で作ってくださるのですよ。その好意をありがたく受け取らせていただきましょうよ」
女子たちがちらちらとロレットの反応を見ながら口々に言う。
「図柄は、わたしがみなさまにはじめに抱いた最初のインスピレーションに従おうと思うのですが。それで、初めに差し上げたハンカチの刺繍はお持ちでしょうか。さっそく取り掛かりたいので、それぞれ図案を写させていただけないでしょうか。イリスさまのは、一番に作らせていただきますわ!」
ロレットはイリスに向かって手を出した。
にこにこと笑うロレットの、その目の強さにイリスはようやく気が付いた。
「わ、わたしは次の柄の方がいいわ。芍薬の、」
「あら?二枚目は、イリスさまのはダリアですわ。お忘れですの?ですがやはり初めの月がいいかと。イリスさま、初めのそれ、もしかしてお持ちではないのですか?確か保宝石箱に入れておくといわれておられたような気がするのですが……」
イリスから笑顔が消える。
心に後ろ暗いものを持つ者独特の目のゆらぎ。ハンカチを持っていないこととのつじつまを合わせる言い訳を求めて、その目は泳いでいた。
ロレットは困ったように目をぱちぱちしてみせた。
「ほかの方も、一枚目のハンカチを持っておられない方はおられるのでしょうか。お部屋にあるのでしたら取りに行って戻ってこられるまでお待ちしますがお近づきになった印につい最近に差し上げたものですもの、もうなくしたなんてことはありませんよね?それだと、靴に刺繍をして差し上げることはできませんが……」
ロレットは部屋のひとりひとりを確認する。
クレア、ディア、ラディア……。
部屋の空気が凍り付いた。その場から動けるものはいなかった。
そしてロレットは知る。全員、ロレットの刺繍のハンカチをもう持っていないのだ。誰かにあげたか、廃棄したのか。
その場の空気に冷たさに気が付かないふりをしているフィッターのサイズを書きつける音だけが、ベランダを打ち付ける雨の音に混ざる。
「……わかりました。もう、いいです」
ロレットはいった。
「どういうことなの?イリス?みんなも、欲しいと言っていたのに取りにいかないということは、持っていないとでもいうの?」
驚いたのはジュリアだった。眉間を寄せて怪訝な顔を見せた。
ロゼリアはジュリアだけはロレットのハンカチを大事にしていたことを知る。それだけは救いだと思った。
「友人でもない人たちのところにこれ以上長居する必要ないよ。行きましょう、ロレット」
ロレットは唇をかみしる。うんうんとうなずいた。
その眼には、あふれんばかりの涙が浮かんでいた。
「それはいいアイデアのように思えるわ」
「刺繍のワンポイントは本当に素敵ねえ」
口々に、あくまで自然な様子で賛同の意がつぶやかれる。
そして示し合わせたかの様に全員の視線がロレットに向いた。
そのどれもが期待に満ちた目をしている。
同時に断ることを許さない目でもある。
ひゅっとロレットの喉がなった。
「ワンポイントでも見栄えがする刺繍をすぐにできる腕のいい人は、わたしたちのお友達のあなたしかいないわ。わたしたちそんな靴を履きたいと思うし感謝するわ!」
駄目押しのイリスの言葉。彼女はロレットの弱さを知っている。
腕のいい。
お友達。
必要としている。
感謝する。
それらは今までロレットを動かし続けていた動機の部分。
嫌な方向だった。
「ロレット……」
ロゼリアは受ける必要がないと言おうとした。
腕を出してイリスとロレットを物理的に遮ろうとする。
その腕にロレットは触れた。優しく押し戻されるが、その手から細かな震えがロゼリアに伝わる。
ロレットの顔はいつものにこやかな笑顔であった。だが、その眼はロゼリアが息を飲むほど強い光を帯びている。
あるだけの勇気をかき集め、ロレットはここに来た目的を果たそうとしているのだとロゼリアは気が付いた。
「そ、その、図柄をわたしの裁量に任せてもらえるのでしょうか」
「もちろん全面的にまかせるわ!」
イリスのつやつやの唇が勝利の優越感に引きあがった。
ソファの女子たちからくすくすと忍び笑いが漏れる。
だがロレットはひるまない。笑顔を絶やすことはない。
「いえ、いつもあなたにはよくしてもらっているわ。あなたがひとりでそこまでする必要はないわ。時間がかかってもわたしたち自身も刺繍ができますから。本当に必要でしたら、自分することもできるわ。クレア、ディア、ラディア、イリスも、あなたちもできるでしょう?」
ジュリアが険しい顔をして口を挟んだ。
「でもジュリアさま、刺繍の手が早くて上手なロレットが好意で作ってくださるのですよ。その好意をありがたく受け取らせていただきましょうよ」
女子たちがちらちらとロレットの反応を見ながら口々に言う。
「図柄は、わたしがみなさまにはじめに抱いた最初のインスピレーションに従おうと思うのですが。それで、初めに差し上げたハンカチの刺繍はお持ちでしょうか。さっそく取り掛かりたいので、それぞれ図案を写させていただけないでしょうか。イリスさまのは、一番に作らせていただきますわ!」
ロレットはイリスに向かって手を出した。
にこにこと笑うロレットの、その目の強さにイリスはようやく気が付いた。
「わ、わたしは次の柄の方がいいわ。芍薬の、」
「あら?二枚目は、イリスさまのはダリアですわ。お忘れですの?ですがやはり初めの月がいいかと。イリスさま、初めのそれ、もしかしてお持ちではないのですか?確か保宝石箱に入れておくといわれておられたような気がするのですが……」
イリスから笑顔が消える。
心に後ろ暗いものを持つ者独特の目のゆらぎ。ハンカチを持っていないこととのつじつまを合わせる言い訳を求めて、その目は泳いでいた。
ロレットは困ったように目をぱちぱちしてみせた。
「ほかの方も、一枚目のハンカチを持っておられない方はおられるのでしょうか。お部屋にあるのでしたら取りに行って戻ってこられるまでお待ちしますがお近づきになった印につい最近に差し上げたものですもの、もうなくしたなんてことはありませんよね?それだと、靴に刺繍をして差し上げることはできませんが……」
ロレットは部屋のひとりひとりを確認する。
クレア、ディア、ラディア……。
部屋の空気が凍り付いた。その場から動けるものはいなかった。
そしてロレットは知る。全員、ロレットの刺繍のハンカチをもう持っていないのだ。誰かにあげたか、廃棄したのか。
その場の空気に冷たさに気が付かないふりをしているフィッターのサイズを書きつける音だけが、ベランダを打ち付ける雨の音に混ざる。
「……わかりました。もう、いいです」
ロレットはいった。
「どういうことなの?イリス?みんなも、欲しいと言っていたのに取りにいかないということは、持っていないとでもいうの?」
驚いたのはジュリアだった。眉間を寄せて怪訝な顔を見せた。
ロゼリアはジュリアだけはロレットのハンカチを大事にしていたことを知る。それだけは救いだと思った。
「友人でもない人たちのところにこれ以上長居する必要ないよ。行きましょう、ロレット」
ロレットは唇をかみしる。うんうんとうなずいた。
その眼には、あふれんばかりの涙が浮かんでいた。