男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
 踵を返した二人の背中に、イリスが言葉を投げつけた。
「お待ちなさいよ!ロレットを変に焚きつけたのはあなたでしょう!ロレットは、わたしたちを困らせるようなことを言うような娘じゃないもの。これでわたしに勝ったとは思わないでよ!」
「およしなさい、イリス」
 ジュリアの制止は、激昂したイリスには無意味である。
「わたしは、別に勝負したつもりはないんだけど?ハンカチの図案を写させてくれれば刺繍をしてあげるとロレットは言ったのに、ハンカチをだせない状態のあなたたちの方が、ロレットを侮辱したのでしょう」
「ロゼリアさま、もういいです。わたしっ、全然、気にしてませんからっ」

 そういうロレットの声がゆれ、とうとうしゃくりを上げ始めた。 
 扉に手を伸ばしたロゼリアよりも先に、扉が開く。
 妖艶な美女が顔をのぞかせた。ロゼリアとロレットを見て、ぐるりと部屋を見回した。

「ジュリアさま、失礼いたします。フィッターさんはまだこちらでしたか?こちらに来ていると聞いたので、外で待っていようと思ったのですけれど、大きなお声でお話されるので、ご無礼かと思いましたがすっかり拝聴してしまいました。イリスさまが、ロゼリアさまと何か勝負がしたいといわれるのでしたら、ダンスで勝負はいかがですか?」

「ダンスで勝負!?」
 その場にいる全員が、突拍子もない申し出に目を丸くした。
 もちろんロゼリアもである。
 ロレットは顔を上げ、衝撃から涙が引っ込んでいる。

「ララ、一体何を言い出すの。わたしは勝ったとも思ってないし、これからも勝負なんてする必要性も感じない。そもそも、わたしはダンスは得意じゃない……」
 ロゼリアは慌てた。
「いいわ!女官次長さまにジルコン王子のご婚約者さま。初めてお会いした時は公衆の面前で侮辱されたことを、わたしは忘れていませんわ。そして今度は、わたしたちを悪者にして友人を奪った悔しさは、ダンスで晴らさせてもらいます。わたしが勝つとしても、ご婚約者さまの優雅なダンスを拝見したいですわ!」
 イリスはその目に憎悪をたぎらせている。

「では、具体的な勝負の内容は、またおいおいに決めるといたしまして。フィッターさん、ジュリアさまのご用が終わりましたら、隣の部屋に来てください。あら、雨が止んだようですわね……」

 ベランダから眩しい日差しが降り注ぐ。
 ララは目を細め嫣然と笑う。
 その笑みをみて、頭に本を乗せたりかかとのないサンダルを履くだけではなくて、次の段階に入ることをロゼリアは理解したのである。

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