男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「知っての通り、本を四六時中に乗せることからは、卒業したのよ」
「その言い方はもしかして、四六時中ではなく、部屋にいるときだけでもまだしている?」
 食い付いてきたのはベラである。
「うん。レベッカたちが帰った後に乗せてる。これは当分続きそう。ララがもう十分だって言うまで」
「ええっ、油断してしまった。なら、わたしも続けるわ。初めのころと10日間でロズの印象がずいぶん変わったのよ。わたしだって頑張るんだから」
「レオのために?」
「レオがよそ見できないぐらい、優雅な女子になるんだから!」

 友人たちとの他愛もない会話は続く。
 彼女たちとのおしゃべりは楽しい。
 レベッカはとつとつと会話に参加するが、基本は読書である。
 ロレットもベラもレベッカのマイペースを気にした様子はない。

 勝手気ままな友人たちが帰っても、ロゼリアは肘をベランダの桟にかけて眼下の街を眺めていた。
 夕焼けが赤く王都を染めはじめている。景色は刻々と表情を変えていく。

 いずれジルコンが王となり統べることになる、エールの民の日常も非日常も凝縮し詰めこまれた街には、アンジュとしての思い出はあっても、ロゼリアとしての思い出がひとつも重ねられてはいない。
 このままジルコンとロゼリアはなんの交流もなく、アンジュの面影をジルコンはロゼリアの豊かな髪にだけ見て、夏スクールが終了し、婚約無期限延期という婚約破棄の緩衝剤の役目を終えることもかなりの確率であり得る未来だと思えた。

気の置けない同性の友人が森と平野と草原と岩場の国々にできたということこそ、この夏スクールにロゼリアとして参加した意味があったのではないかと思う。
 一方でイリスたちのように、ロゼリアに敵意をむき出しにしてくる人もいるのだが。
 アデールの姫としてアンジュが今のロゼリアの立場ならば、損得を勘定したり悪目立ちを避けたりして、どの姫たちとも円滑な人間関係をアンジュは構築できたのかもしれない。
 ロゼリアは小さくため息をついた。
 アデールの姫は、誰でもない。ロゼリアなのだ。
 うまくいってもいかなくても、偽りのない自分でこの目の前の道を歩いていく。
 それに並走する人がいれば人生は豊かになる。
 その相手ができうるならばジルコンであって欲しいと願うだけなのだ。


「……いつから、そこにいるのですか。夜は肌寒くなりますから中に入ってくださいね」
 薄手のショールをロゼリアの肩にかけたのはララである。
 すっかり日が暮れ、森は黒々と闇に包まれ、王都は家々に灯された灯りで大地が発光しているようで、とても美しかった。

「それから毎食、食事指導にわたしが同席いたしましたが、お肌はとてもきれいになり少しふっくらとされてきました。もうご自分のお好きに召し上がって結構ですよ」
「ララから卒業ってこと?」
「卒業は、本とサンダル、食事の部分です。日常の動作もとても優雅になっておりますよ。次の課題はいろいろありますが、イリスさまがくださったダンス勝負でしょうね。タイミングがいいとはこのことです」
 楽しそうにララは笑う。
 ララを見ているとなんでもできそうな気がするが、ダンスは別である。
「わたしはダンスで勝てる気がしないっていわなかったかな」
「どうしてですか?ロゼリアさまは運動神経が悪いというわけでもありませんのに……」
「苦手なものは苦手なんだから……」
「だからその苦手な理由をわたしが理解できるように述べてくださいませ。苦手を克服すれば自信につながります。ダンスにはわたしはいろいろと期待していることがあるのですよ……」
 二人は部屋に入り、ララはベランダの大きな窓を閉めて閂を下ろす。


 ロゼリアの階の真下はラシャールの部屋。ジュリアの部屋の下はジルコンの特別室である。
 下の階のベランダから三階を見上げる人影があるなんて、ロゼリアは思いもしなかったのである。



第9話 完



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