男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「全部を学ぼうと思えば、それぞれのダンスが混ざり合ってしまって混乱し結局時間がかかることになります。皆さんの生活上で踊る機会があるとしたら、まずはワルツだと思います。今回はペアでワルツを各ペアに合わせたレベルで習得し、その出来栄えを競うというのがいいと思いますが。評価するのはわたしたちでもいいですし、第三者でもいいでしょうが、このレッスンは楽しくワルツを踊れるようにするというところだったと思うのですが」
講師は質問の意図がわからず戸惑っている。
イリスはロゼリアを見た。挑発的な目である。
「どうする?」
「勝負はワルツでいいわ」
イリスとロゼリアの間で同意ができる。
勝負とは全く関係ない者たちが騒ぎ始めた。
「ダンスはただのワルツを学ぶというだけではなくて、ペアで出来栄えを競うというクラスになるのですか?」
「レッスンの間中、ずっと同じペアになるというのですか!?」
最大の関心は、誰とペアになるかであった。
自分のペアは誰がいいか、物色するような視線が飛び交う。
二人の講師はどうしたらいいか、ジルコンに助けを求めた。
彼らは雇われ講師であって、クラスの方針は雇い主の意向が全てである。
ジルコンは手を挙げて、場を制した。
「ノル、ダンスクラスはダンス勝負を目的にしたいという希望があるがどう思う?」
ジルコンがノルに意見を聞いた。
全員の視線がノルに集まった。
「ただ闇雲にレッスンをするよりも、競う場を設けたほうがダンスの仕上がりは素晴らしいものになるでしょう。国に帰れば、周囲の者たちがが驚嘆のため息をつくぐらいに。どこで踊っても誰と踊っても、注目されるようになるでしょう」
まあっと女子たちの間から上品な歓声が上がる。
女子の方向が決まれば男子もおのずと決まる。
講師二人は顔を見合わせうなづいた。
「みなさん、ワルツを極めるおつもりでよいということですね。それならば勝負を前提として指導するということでよろしいですね。レッスンは厳しくなりますよ。ペア組ですが、今日、見させていただきましたので、こちらで分けてもよいでしょうか」
微妙に不満な空気が流れた。
ペアになるのが誰になるかで、この二ヶ月が楽しいものになるのか苦痛な時間になるのかが決まる。講師は空気を読んだ。
ペアはまずは自分たちで決めるということでレッスンは終わったのである。
講師や楽団が片付け出した会場で、すぐ決まるカップルもある。
ジルコンが誰を選ぶのか、ロゼリアは緊張する。
今日の、ともに手を取り合って踊った中から気に入った娘を選ぶかもしれなかった。
それだとロゼリアには全くチャンスはない。
ジルコンは振り返る。
ロゼリアの心配をよそに、手を伸ばしたのはロゼリア。
「俺のペアになってくれ」
ジルコンはロゼリアを見下ろした。
誘う言葉のはずなのに、拒絶をゆるさない命令の色を帯びている。
ジルコンの横にはノルが立つ。
「事情が複雑なら、わたしが替わりに踊ってやってもいいが」
ノルが口を挟んだが、ノルに向かって歩いてくる娘がいる。
「ジルコンさまがロゼリアさまとペアを組まれるのなら、ノルさまはわたしとペアを組んでくださいませ!わたしは誰よりもハイレベルのワルツを目指したいのです」
そうはっきりと告げたのはイリスである。
ヒューっとウォラスが口笛を吹いた。
そのウォラスはジュリアの手を取っている。
ベラはレオと。
ロレットはエストに誘われている。
ジルコンの目にはなんの熱もない。
他の女子たちに向ける目つきと同じ。
わたしはあなたが愛しているといったアンジュなのよ。
髪だけでなくて、眼も口も肌も唇も、全部あなたが恋焦がれたアンジュと同じものなのよ。
そう叫びたかった。
だが、ジルコンのアンジュはもう存在しない。
アンジュが消えなければならなかったのは、誰のせいでもない自分のせいなのだ。
「婚約者殿とペアでないと母が知ったら殺される」
言い訳のように付け加えられた言葉は、勘違いするなとロゼリアに釘を刺す。
ジルコンがロゼリアに手を差し伸べた理由はその程度のものなのだ。
今のロゼリアはジルコンにとって特別でもなんでもない。
ジルコンは、アデールの森でであった時の、強国をカサにきた傲慢な王子の形をとっている。
彼の心に入り込めるのかどうか、ロゼリアにはわからない。
このダンスが自分たちの間の氷壁を溶かしてくれるようにと願わずにはいられない。
ロゼリアはジルコンの差し出された手を取った。
ふんわりと黒金のジャケットに顔を押し付けたときの、馴染んだ香りがする。
ロゼリアは渾身の力を振り絞って、笑みを浮かべた。
どうか少しでも艶やかに、ジルコンの眼にうつりますように。
講師は質問の意図がわからず戸惑っている。
イリスはロゼリアを見た。挑発的な目である。
「どうする?」
「勝負はワルツでいいわ」
イリスとロゼリアの間で同意ができる。
勝負とは全く関係ない者たちが騒ぎ始めた。
「ダンスはただのワルツを学ぶというだけではなくて、ペアで出来栄えを競うというクラスになるのですか?」
「レッスンの間中、ずっと同じペアになるというのですか!?」
最大の関心は、誰とペアになるかであった。
自分のペアは誰がいいか、物色するような視線が飛び交う。
二人の講師はどうしたらいいか、ジルコンに助けを求めた。
彼らは雇われ講師であって、クラスの方針は雇い主の意向が全てである。
ジルコンは手を挙げて、場を制した。
「ノル、ダンスクラスはダンス勝負を目的にしたいという希望があるがどう思う?」
ジルコンがノルに意見を聞いた。
全員の視線がノルに集まった。
「ただ闇雲にレッスンをするよりも、競う場を設けたほうがダンスの仕上がりは素晴らしいものになるでしょう。国に帰れば、周囲の者たちがが驚嘆のため息をつくぐらいに。どこで踊っても誰と踊っても、注目されるようになるでしょう」
まあっと女子たちの間から上品な歓声が上がる。
女子の方向が決まれば男子もおのずと決まる。
講師二人は顔を見合わせうなづいた。
「みなさん、ワルツを極めるおつもりでよいということですね。それならば勝負を前提として指導するということでよろしいですね。レッスンは厳しくなりますよ。ペア組ですが、今日、見させていただきましたので、こちらで分けてもよいでしょうか」
微妙に不満な空気が流れた。
ペアになるのが誰になるかで、この二ヶ月が楽しいものになるのか苦痛な時間になるのかが決まる。講師は空気を読んだ。
ペアはまずは自分たちで決めるということでレッスンは終わったのである。
講師や楽団が片付け出した会場で、すぐ決まるカップルもある。
ジルコンが誰を選ぶのか、ロゼリアは緊張する。
今日の、ともに手を取り合って踊った中から気に入った娘を選ぶかもしれなかった。
それだとロゼリアには全くチャンスはない。
ジルコンは振り返る。
ロゼリアの心配をよそに、手を伸ばしたのはロゼリア。
「俺のペアになってくれ」
ジルコンはロゼリアを見下ろした。
誘う言葉のはずなのに、拒絶をゆるさない命令の色を帯びている。
ジルコンの横にはノルが立つ。
「事情が複雑なら、わたしが替わりに踊ってやってもいいが」
ノルが口を挟んだが、ノルに向かって歩いてくる娘がいる。
「ジルコンさまがロゼリアさまとペアを組まれるのなら、ノルさまはわたしとペアを組んでくださいませ!わたしは誰よりもハイレベルのワルツを目指したいのです」
そうはっきりと告げたのはイリスである。
ヒューっとウォラスが口笛を吹いた。
そのウォラスはジュリアの手を取っている。
ベラはレオと。
ロレットはエストに誘われている。
ジルコンの目にはなんの熱もない。
他の女子たちに向ける目つきと同じ。
わたしはあなたが愛しているといったアンジュなのよ。
髪だけでなくて、眼も口も肌も唇も、全部あなたが恋焦がれたアンジュと同じものなのよ。
そう叫びたかった。
だが、ジルコンのアンジュはもう存在しない。
アンジュが消えなければならなかったのは、誰のせいでもない自分のせいなのだ。
「婚約者殿とペアでないと母が知ったら殺される」
言い訳のように付け加えられた言葉は、勘違いするなとロゼリアに釘を刺す。
ジルコンがロゼリアに手を差し伸べた理由はその程度のものなのだ。
今のロゼリアはジルコンにとって特別でもなんでもない。
ジルコンは、アデールの森でであった時の、強国をカサにきた傲慢な王子の形をとっている。
彼の心に入り込めるのかどうか、ロゼリアにはわからない。
このダンスが自分たちの間の氷壁を溶かしてくれるようにと願わずにはいられない。
ロゼリアはジルコンの差し出された手を取った。
ふんわりと黒金のジャケットに顔を押し付けたときの、馴染んだ香りがする。
ロゼリアは渾身の力を振り絞って、笑みを浮かべた。
どうか少しでも艶やかに、ジルコンの眼にうつりますように。