男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「そうだろうね。ダンスの種類にもよるけどペアダンスは男性のリードが全てなんだ。男性がどうするか決めて、それに女性パートナーは即妙に合わせる。体を触れ合わせたからわたしの気持ちはダイレクトにあなたに伝わっていっただろう?だから強引にやらなくてもあなたの身体は動いた。男性が無理のない動きでリードできれば、女性は音楽に自然とのれる。それから、君に鼻歌を歌ってもらったのは、技術や約束事ではなくて、純粋にメロディーに意識を向けて欲しかったから。メロディーを感じ、パートナーと信頼感があり、そして女性側に男性のリードを受け入れる気持ちがあれば、どんなことでもできてしまう。そんなところかな」
「信頼感……」
「だが、実際には今のように体を密着させることはないだろ」
割り込んだのはジルコンだった。
ロゼリアの腕を引いて自分の方に寄せた。
「ノルが、俺のパートナーにそこまでするとは思わなかった」
ジルコンとノルの間に、言い知れぬ緊張が走る。
ジルコンの静かな怒りを感じた。
ロゼリアの気のせいだったのかもしれないが。
「ロゼリア姫に踊れる感覚を掴んでほしかったんだ。ぶしつけだったのは許して欲しい」
「いえ、構わないわ。なんだかちょっと目からうろこが落ちたような気がする。たった一度踊っただけなのに」
「では、今度から俺も、姫に体を密着させて踊ればいいのか?」
ジルコンが不機嫌に言う。
「それよりも、もう少しお互いに信頼感を得るようにしたらいいんじゃないかな。ジルも女性パートナーの俺に信頼されて踊るのはすごくよかっただろ」
「ああ」
「君たちはそこが弱い。もうこれでいいかな」
ノルは汗をぬぐいまとめた髪をほどいた。
帰る気配を感じてロゼリアはその道を空けた。
ノルはロゼリアの横で足をとめた。
「大事なことがあったよ。絵でも文字でも踊りでも、表現活動からは本人も意識しない本人自身をくっきりと浮き上がらせる。あぶり絵のように。あなたは男に負けまいと頑張りすぎている。だからリードを取ろうとするジルコンと衝突してしまっている。それだとジルコンでなくてもうまく踊れないよ」
「でもノルとはとても気持ちよく踊れたわ」
「それは、わたしは幼少のころからたたき込まれてきたからね。イリスとダンスの勝負をしているんだって?彼女に勝ちたいのなら、ペア替えをすれば絶対に勝てるよ」
「ペア替え!?」
「わたしとペアになれば、そうたいして努力しないで勝てる。イリス嬢も見ただろう?彼女は口でいうほど上手ではないよ。俺だから、映えて見えるだけなんだ。ロゼリア姫なら、イリス嬢以上に美しく踊れると思うよ」
思いがけない提案に驚いた。
「そうなれば、イリスとジルコンがペアに?」
「そうなるね」
それは絶対に嫌だった。
「勝手にペア替えを進めないで欲しいのだが。イリス嬢の意向もあるだろ」
ジルコンがイラついている。
その瞬間、ジルコンが自分とのペアの解消を快く思っていないことをロゼリアは知ってしまった。
ノルは振り返る。ジルコンの反応が意外だったようだ。
「どうしても勝ちたいならばそういう手段があるということだよ。ロゼリア姫次第なのだから」
取り繕うようにいい、ノルはもう一度期待を込めてロゼリアを見た。
ロゼリアが即答できないのを見て肩をすくめた。
「このままのペアでいくなら、ジルはもう少しロゼリア姫に少し歩み寄ってみるのがいいんじゃないか?もう少し信頼感というか、お互いを知るべきなんじゃないかな。絶対的に実力がある俺なら、相手から無条件に信頼を得られるが、ジルはまだそのレベルではないだろ。ジルは彼女の人となりや、彼女の望みが全くわかっていない。踊ってみて確信した。ロゼリア姫は自由奔放、自分ペースで自分の思い通りに人生を歩みたい人だ。深窓の姫にしておくのはもったいない。いずれはみ出していくだろう。だけど、宮廷ダンスの相手としては最悪。これで、俺からのアドバイスは以上にしておく」
ロゼリアとジルコンは残された。
ただ一回のダンスでノルに全てをみすかされてしまった。自由奔放、思い通りの人生を歩みたいというのは、世間一般のアデールの姫の評判と真逆である。
互いに顔を見合わせる。
ロゼリアは、何かいわなければいけない気がした。
「わたしは、ジルコンとのペアで、イリスを負かしたいわ」
「そうか、なら……」
紺碧の瞳と青灰色の瞳は、互いの言葉にならない真意を読み取ろうと絡まった。
「信頼感……」
「だが、実際には今のように体を密着させることはないだろ」
割り込んだのはジルコンだった。
ロゼリアの腕を引いて自分の方に寄せた。
「ノルが、俺のパートナーにそこまでするとは思わなかった」
ジルコンとノルの間に、言い知れぬ緊張が走る。
ジルコンの静かな怒りを感じた。
ロゼリアの気のせいだったのかもしれないが。
「ロゼリア姫に踊れる感覚を掴んでほしかったんだ。ぶしつけだったのは許して欲しい」
「いえ、構わないわ。なんだかちょっと目からうろこが落ちたような気がする。たった一度踊っただけなのに」
「では、今度から俺も、姫に体を密着させて踊ればいいのか?」
ジルコンが不機嫌に言う。
「それよりも、もう少しお互いに信頼感を得るようにしたらいいんじゃないかな。ジルも女性パートナーの俺に信頼されて踊るのはすごくよかっただろ」
「ああ」
「君たちはそこが弱い。もうこれでいいかな」
ノルは汗をぬぐいまとめた髪をほどいた。
帰る気配を感じてロゼリアはその道を空けた。
ノルはロゼリアの横で足をとめた。
「大事なことがあったよ。絵でも文字でも踊りでも、表現活動からは本人も意識しない本人自身をくっきりと浮き上がらせる。あぶり絵のように。あなたは男に負けまいと頑張りすぎている。だからリードを取ろうとするジルコンと衝突してしまっている。それだとジルコンでなくてもうまく踊れないよ」
「でもノルとはとても気持ちよく踊れたわ」
「それは、わたしは幼少のころからたたき込まれてきたからね。イリスとダンスの勝負をしているんだって?彼女に勝ちたいのなら、ペア替えをすれば絶対に勝てるよ」
「ペア替え!?」
「わたしとペアになれば、そうたいして努力しないで勝てる。イリス嬢も見ただろう?彼女は口でいうほど上手ではないよ。俺だから、映えて見えるだけなんだ。ロゼリア姫なら、イリス嬢以上に美しく踊れると思うよ」
思いがけない提案に驚いた。
「そうなれば、イリスとジルコンがペアに?」
「そうなるね」
それは絶対に嫌だった。
「勝手にペア替えを進めないで欲しいのだが。イリス嬢の意向もあるだろ」
ジルコンがイラついている。
その瞬間、ジルコンが自分とのペアの解消を快く思っていないことをロゼリアは知ってしまった。
ノルは振り返る。ジルコンの反応が意外だったようだ。
「どうしても勝ちたいならばそういう手段があるということだよ。ロゼリア姫次第なのだから」
取り繕うようにいい、ノルはもう一度期待を込めてロゼリアを見た。
ロゼリアが即答できないのを見て肩をすくめた。
「このままのペアでいくなら、ジルはもう少しロゼリア姫に少し歩み寄ってみるのがいいんじゃないか?もう少し信頼感というか、お互いを知るべきなんじゃないかな。絶対的に実力がある俺なら、相手から無条件に信頼を得られるが、ジルはまだそのレベルではないだろ。ジルは彼女の人となりや、彼女の望みが全くわかっていない。踊ってみて確信した。ロゼリア姫は自由奔放、自分ペースで自分の思い通りに人生を歩みたい人だ。深窓の姫にしておくのはもったいない。いずれはみ出していくだろう。だけど、宮廷ダンスの相手としては最悪。これで、俺からのアドバイスは以上にしておく」
ロゼリアとジルコンは残された。
ただ一回のダンスでノルに全てをみすかされてしまった。自由奔放、思い通りの人生を歩みたいというのは、世間一般のアデールの姫の評判と真逆である。
互いに顔を見合わせる。
ロゼリアは、何かいわなければいけない気がした。
「わたしは、ジルコンとのペアで、イリスを負かしたいわ」
「そうか、なら……」
紺碧の瞳と青灰色の瞳は、互いの言葉にならない真意を読み取ろうと絡まった。