男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

105、鎮魂祭 ③

 迷路のような裏路地を担がれ、裏口から押し込まれたところは酒樽や保存食品置場の倉庫のようなところである。
 頭にかぶっていたショールを口に噛まされ結ばれた。
 手首は身体の前で麻紐でしばられ、逃亡できないように足首もきつく縛られている。

「お姉ちゃんごめんな!お菓子じゃなくてお金が必要なんだ。ここは親方の酒場で、商品を引き取ってくれるから、もう少しここで我慢してな」
 冷たい床の上に転がったロゼリアに女の子は声をかけた。
 申し訳なさそうな顔なのに、口調が素っ気ない。
 ロゼリアは女の子と思ったのが少年だということに気が付いた。
 商品って、わたしのこと!
 聞き直そうとしてもさるぐつわを噛まされた状態では言葉にならない。
 ロゼリアを運んだ男は少年を残し、別の扉の方から出て行った。
 扉が閉まれば、酒樽の倉庫は薄暗くなる。少年は油ランプに火をつけた。
 男が消えた扉はすぐさま開いた。
 数人の男の影と共に、扉の向こう側のどやどやした酒場のざわめきもロゼリアが転がされる倉庫になだれ込んだ。

「今回の女は、どういう者だ?」
「鎮魂の祭壇に捧げ物を持ってきた者たちの中にいた小間使いの女で、王城に勤めるぐらいだからいいところの娘かと」
「鎮魂の祭壇ってそんなものあったかな」
 酒臭い粗野な男はへらへらと笑った。

 ひとりの男がかつかつと靴音を立ててロゼリアに近づく。
 ごま塩の頭にノミで切り出したかのような厳しい顔立ち。
 歓楽街の裏の街で見かけた者たちとは違う、仕立ての良い服をラフに着こなしている。
 ロゼリアはお尻をにじりながら逃れようとするが、背後は酒の樽である。逃れるところはない。ロゼリアの前にしゃがみ込んだ男に顎を捕らえられた。
 感情の宿らない目がロゼリアを値踏みする。
 この男が親方なのだろう。

「珍しいな。青灰色の眼に金の髪。服装はみたところ普通だが、どこの誰の小間使いだ?お前にはどれぐらい価値がある?お前の主人はこんな危険なところに連れてきてさらわれて、お前を取り戻すために金を払ってくれると思うか?それとも、雇い主よりも、親が出してくれるか?名前は何て言う?」

 さるぐつわを緩められた。
 大きくロゼリアは息を継いだ。口の端がいたい。
 だがそれよりも、この身に迫る危険をひしひしと感じた。
 弱音も弱気も見せられなかった。
 男を真正面から睨みつけて対峙する。

「こんなことしてどうなるかわかっているの?すぐさまわたしを解放しなさい。すぐに警察兵が踏み込んでくるわよ!」
 目の前のごま塩頭の男も背後の男たちも声をあげて笑う。
「威勢のいいのはいいが、警察兵は我々の息がかかっている。それより、名前も聞かせてもらえないと、お前を保護したお金が入らない」
「身代金でしょう」
「身代金でも保護金でもどちらも同じことだよ。お前を無傷で返してやるお礼には違いない。だが、保護金が入らないとなると、別のやり方でお前を換金しないといけなくなるが、どうする」
「別のやり方っていうのは、娼館に売るとか、金持ちのオヤジに売りつけるとかだよ」

 少年が親切に補足してくれるがそんな補足はいらない。
 ごくりとロゼリアは生唾をのんだ。

「ジルコンが助けてくれるわ。ジルコンが助けてくれなくても、ララにいえば賠償金を渡してもらえるかもしれない」
「ジルコンって誰だ?ジルコン王子その人か。賠償金ってなんだそれは」
「婚約無期限延期をしたための賠償金。そんなものいらないからそっくりあなた方に寄付するので、わたしを解放してちょうだい」

 ごま塩の男ははっと息を飲んだ。
 いきなりロゼリアの顔に手を突き出した。後ろでまとめていた髪に手を入れて、まとめ髪を解くようにして顔の横に引き出し、ロゼリアの顔を食い入るように見た。
 ロゼリアはその目に負けないように見返した。
 男は何度か髪を透かした。ロゼリアの顔と豊かな髪を、賞賛の色を浮かべ眼を細めて眺めた。
 その舐めるような視線に顔をそむけたくなった。
 恐怖を悟らせないために震えようとする唇をかみしめた。
 麻紐が手首に食い込んだ。

「ジルコン王子の婚約者。アデールの姫と婚約したという噂だったな。婚約破棄とは意外だ。見事な金髪に、気高く気丈で美しい」
 男は手を緩めて握りこんでいた髪を落とす。
 不意に立ちあがり、踵を返し、靴音高く酒場の戸口へ向かった。

「セバスチャン、とんでもなく厄介なものをさらってきたな。早く元に戻してこい!金髪の娘が本当に王子の婚約者その人であるのならば彼らが踏み込んでくるぞ。ここも危ない」
「え?でも警察兵には金を渡していて俺たちのやることは大目に見てくれている」
 セバスチャンと言われた男は急な展開に親方に縋りついた。
「この女は俺とは関係ない。お前の商品は受け取らない。一分以内にここを出ていけ!」
 親方は言い捨てて派手な音を立てて扉を閉めた。
 呆然としたのは父子。
「返せって、どういうことだよ。せっかくさらってきたのに。お父ちゃん……」
 「親方のところで金にならないのなら、踏み込まれる前に俺が他に持ち込んで換金する。危険を冒してただ働きなんてたまるか」

 酒臭い男は再び乱暴にさるぐつわを噛ませようと近づいてきた。
 ロゼリアは今度こそ必死に抵抗する。


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