男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
ジルコンには恋も愛もわからない。
結婚とは国と国の結び付きを強固にするものである。
エール国にとってはアデールの姫を人質に取るのも同然である。
エール国にさらに繁栄をもたらすためのものであるようにしか思えない。

国をより強くより豊かにする。
ジルコンはそれを導きもたらすための王子なのである。
そう彼は育てられている。

「ようやくお出迎えがきたようですね」

騎士のロサンが言った。
鞍上の一行が砂埃をたて、馬蹄の音を響かせていた。
鮮やかなアデールの赤で染めたマント。
金の髪。

「ベルゼ王自らお出迎えですか」
細い目をさらに目を細めてアヤはいう。
当然だろう?とジルコンは思うが口には出さない。

ベルゼ王の一行は、ほんの5名の王騎士のみ。
おっとりがたなで駆け付け、顔を赤く上気させている。
同じ年だという父王よりもベルゼ王は随分と若く見えた。
王は目元をほころばせ、ジルコンを歓待する。

「遠方より、田舎の国にお越しくださいまして誠に光栄でございます。
わたしはベルゼ。立派になられましたね」
朗らかにベルゼ王はいう。

「はい。ご健勝でなによりです」
ジルコンも笑顔を作る。
ベルゼ王は馬上で申し訳ありませんが、と言い置いて、ふたりは鞍上で握手を交わした。
握る大きな手を、農民のようなごつい手だとジルコンは思ったのである。

一行は森の道を進む。
ゆったりと並足である。

しばらく行くと、前方から馬を駆けてくる二つの影を見る。
まだ小さな点のようなものである。
それは遅れて王一行を追ってきた王子に扮するロゼリアとその騎士のセプターだった。

ベルゼ王はため息をついた。
「あれは、きっと愚息のアンジュです。一緒にお出迎えに参ろうと思いましたが、いるべきところにおりませんでしたので遅れました。急に休みをとるとか言い出して。王子に休みなどないのに本当に馬鹿者で、、、」
ベルゼ王は申し訳なさそうに言う。
「いえいえ、ベルゼ王。王自らのお出迎えだけでも光栄です。王子でもたまにはその役割を軽くしたくもなるでしょう。気を使わせてしまったようで」
「フォルス王は元気にされているか?」
「それはもう。今回も一緒についていくと申して押さえるのがひと騒動でした」
「彼がくるとなると、一軍になるだろうな。それは御免こうむりたい」
「あははは。そうですね、王の仰々しい一行はどこにいっても迷惑でしょう」

アデールの王と王子の社交儀礼的なやり取りは続く。
心にもないやり取りから意識を反らそうと、ロサンは視線を巨木を連ねる鬱蒼とした森にやった。
なんとなく気になったのである。
ロサンは目を凝らし、幾度かしばたいた。
キラリ、キラリと何かが幹の間で光を反射する。
動物の目ではない、金属的な光だった。
緊張がロサンに走る。

「王子!森に武装集団がいます!」
鋭く叫んだ。
その叫びが、ジルコン王子の騎士たちと、森の影に潜む輩の合図とが奇しくもかさなった。

眼だけを残して覆面をする、衣装も武器も見るからに雑多な男たちがまばらに現れた。
人数は多い。
20人はいた。さらに、森の奥にも潜んでいるかもしれなかった。

それは盗賊に見えた。
だが盗賊が、彼らを狙うはずはない。
盗賊ならもっと楽に狙える少人数の旅人か、荷を運ぶ行商を狙うものである。
それに加えて、ベルゼもジルコンも武装集団なのである。

「何者だ。我が国で狼藉を犯すものは許さない。今すぐ武器を置いて引け」
ベルゼ王は目を怒らせた。
剣の柄に手を置き、誰何し恫喝する。
先ほどまでの温厚な王の姿はここにはない。

だが、覆面の男たちからは返事はない。
彼らの輪がじりりと狭まっただけであった。
二国の騎士たちは剣を抜く。
ジルコンを彼らの騎士が体をはって囲んで守る。
ベルゼ王の周りも同様だった。

盗賊の集団は襲い掛り、不意に森の片隅で戦闘が始まったのである。




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