男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
 夕食は早い時間に若い娘が持ってきた。
 やたらそわそわとしている。
「ここでお待ちしていてもよろしいでしょうか」
 ロゼリアが食べ終わるのを部屋のすぐ外で待っている。
 これでは落ち着いて食べれない。
 今夜から鎮魂祭の本祭りが始まる。
 食事を運んできてくれたこの若い女官も、この後誰かと待ち合わせをして祭りに華やぐ街へ繰り出す予定なのだろう。
 彼女にとっては、余分な王城の仕事をさせるロゼリアこそ、場を読めない迷惑な存在なのだろう。
 ロゼリアは素早く食べて、食器を片付けさせる。
 食事の速さに驚いたようだが、ありがとうございます!というと廊下を走っていく。

 鎮魂祭の本祭りは、蝋燭が町中いたるところに灯されて、幻想的な世界になるという。
 ロゼリアはベランダに出た。
 街はほの赤く発光している。
 耳を澄ませば遠くの街灯りの下で、賑やかな祭りに打ち興じる人々の喧騒や音楽が、聞こえてくるようだった。

 部屋の扉が叩かれた。
 先ほど急いでいた女官が何か忘れ物でもしたのかと思う。
 扉を開けると、胸元を開いたシャツに蛇革のベルト、黒いパンツをはいたジルコンがいた。
 ロゼリアは思いがけない人の訪問に驚いた。

「……あなたがエールの王城にいると聞いた。暇をしているとも。やらなければならないことは、あの後、この一週間で済ませた。街は要所要所、厳戒態勢で臨んでいる。せっかくなので、ロゼリア姫、祭りにいかないか。お忍びで」

 ジルコンはためらいがちにロゼリアに手を伸ばした。
 ジルコンの眼が不安にゆれている。
 彼も自分がどんな反応をするかわからなくて不安なのだと気が付いた。

「ここは女子の階だわ。どうしてジルコンがここに」
「今はあなた以外に誰もいないと聞いている。だけど、俺がここにいたということを、誰かに見られてしまったらかなりまずいことになる。だから早くこの手を取ってくれるとありがたいのだが。あの夜のことも、かなり噂になっている。歩きすぎて足が痛くなったからという理由をこじつけたが」

 運んでくれた事件の夜に加えて、男子禁制のロゼリア以外誰もいないはずの女子の階にジルコンが忍んでいたと噂をされるのは醜聞になるのだろう。そんな危険を犯してまで呼びに来てくれたことが意外だった。
 ロゼリアに、ジルコンを拒絶するという選択肢は思い浮かばない。

「喜んで」

 その手を取ったロゼリアの顔に笑顔の花が咲いていったのだった。
 



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