男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
107、ワルツを踊りましょう①
ジルコンは王城を出てすぐのところにある仮面を売っている屋台で足を止めた。
仮面の店以外にも、ド派手なマントだけを売っている店、祭壇に備える花束を売っている店、手作りの器や置物や小物を売る店もでている。普段以上に屋台がひしめき、人々の笑顔と賑わいであふれていた。
ジルコンは自分用に黒に金の渦巻き模様の入った目元を隠す仮面を取り上げた。
ロゼリアは着ている花柄のワンピースに合わせようかと思ったが、ジルコンの蛇革のベルトにあわせて、同じような蛇模様の仮面がいいと思った。
実は、ロゼリアの足元も同じ蛇革で作ったヒールのサンダルである。
以前は少し歩くと足元が不安定になったものだが、今では馴染んで姿勢が崩れることはない。
少し歩けば、渦を巻く濁流のような人の流れに引き離されそうになる。
ジルコンの手が伸びて、ロゼリアの手を握った。ロゼリアも握り返す。
王城から一番近くの祭壇を目指す。
どこよりも巨大なものであるという。
祭壇には米や麦、酒や油が積み上げられている。誰ということもなく持ち寄られた花、そして幾百本ものゆれる炎を灯した蝋燭が祭壇の周りに立てられていた。
人々は親子や兄弟や恋人、連れ立ってきては、花を供え、手を合わせる。
蝋燭の火をもらって空いたスペースにろうを垂らして立てたり、火を移した蝋燭をそのまま持ち帰ったりする。
祭壇は神聖な気配に満ちていて、手を合わせる者たちは厳粛な面持ちであった。
「この蝋燭の火を頼りにご先祖さまは一年に一度やってくる。そして夏のひと時を家族たちと過ごしてそしてまた送り出されるんだ」
「アデールでは家の一角で食事を備えて蝋燭を立てるだけなの。国中は屋台がたくさん出て、祭りで踊ったり歌ったり、騒いだりするのは同じだけれど。わたしたちはまだ子供だったから王城からその騒ぎを聞いて想像するだけしかなかった」
「エールで祭壇が豪勢に盛大になっていったのはなにも誇れるものではないよ。戦争で多くの民の係累が亡くなったからだ。彼らを忍び、敬う。王家は彼らの犠牲を忘れてはならない。俺は学校中心に施しを行うが、母やジュリアは病院、孤児院を中心に回っている」
ジルコンは言葉を切り少し間をおいた。
「……祭りに参加したことがないっていうのは子供ならしょうがないな」
「どうして子供だと夜の祭りに参加できないか納得できなかったわ。こんなに楽しいのに」
「なんでって、知らないのか?」
「知らないって、何を?」
仮面の奥の紺碧の瞳は、祭壇の蝋燭の灯りを受けて、どこまでも深い漆黒に見えた。
手をあわせていたロゼリアにジルコンは体を寄せた。
「死者を悼む祭りは同時に命を賛美する場でもある。死者に哀悼を、生者に菓子をとかいうだろ?生と死は表裏一体。祭りで男女は出会い恋をして次の命をはぐくむ場でもあるんだ。だから、陽気な音楽に身を投げ出して踊り、生涯のパートナーを見つける。もしくは刹那の燃えるような恋を味わう。だから祭りは昔からたいがい、男女の出会いの場をかねる。そうじゃないと真面目に働く者たちは新な出会いが全くない。身近な者同士で婚姻を続けていれば、そのうち血が濃くなってコミュニティーは崩壊してしまう。出会いの場に子供には早いから」
「本当なの?」
「そういう一面もなきにしもあらずということだよ」
重大な秘密を打ち明けるような面持ちで言うが、その目は笑っている。
二人が手を合わせたのは、王城からでてすぐのフォルス王の祭壇である。
祭壇の前の広場はパフォーマンスが披露できる場になっていて、火の珠をまわしたり、足の下に竹の脚を伸ばし背高人を演出したパフォーマンスが行われ、祭壇に祈る人と鑑賞する人たちでごった返していた。
その中に男性はジャケットに黒パンツ、女性はドレス風のワンピースにヒールの靴、と気合の入るカップルがかなりの割合で混ざっている。
何かをぐしゃりと踏み、ロゼリアは足の下からチラシを拾い上げた。
「王城前広場でワルツダンス大会を開催します。優勝者には豪華な賞品が贈られます。カップル、お知り合いを誘ってぜひご参加を?」
「ワルツダンス大会?」
ジルコンもロゼリアの手元を覗き込んだ。
大きな声でアナウンスがされている。
「さあお時間になりました!恒例のワルツ大会を開催いたします!参加ご希望の方は、祭壇前広場にペアでお越しください。ナンバーの入った腕章をお持ちでない方には、今から係りの者が参りますので男性は左腕に身につけてください!」
パフォーマーと観客は広場の外に出て、男女のペアはわらわらと屋台の間から広場の中へと進み入ろうとして、あちこちで小さな混乱が生じている。
「では、競技の説明です。曲は連続して演奏されます。曲はワルツがメインではありますが、他にもその場の雰囲気に応じていろいろあるかもしれません。どんな曲でも踊ってください。曲と曲との間に休憩はございません。次に進む方を呼ぶのではなく、落とす方の番号を呼びますので呼ばれたペアはすみやかに会場の外へお下がりください。採点は5名の審査員により独自基準により審査。王城からは特別審査員として……。他に参加者はございませんか!我こそはと思われる方、冷やかしの方、気になるあの子をお誘いくださってお気軽にご参加下さい!」
あっという間に、男女のペアの中にロゼリアとジルコンはいた。
初めからワルツ大会に出るつもりではなかったような恰好の若い男女も加わってきている。出るタイミングを完全に逃してしまった。
中には、二人が身に着けている仮面をつけたペアもいる。
番号が縫い取られた腕章がジルコンの手の中に押し込められた。
ジルコンは苦笑している。
肘を横にまげれば隣のペアにあたるほど、ぎゅうぎゅう詰めである。
狭いとはいえないはずの広場に、200組ほどのペアが入っている。
こんな状態でまともにワルツができるとも思えないし、公明正大な審査がなされるとも思えなかった。独自基準とは主催者側に大変都合の良さそうなものである。
「すっかり参加者の一組にみなされているようだが、ロズはどうする?」
「もちろん、参加する!ワンピースでよかったわ」
「なんだかそういうと思ったよ。俺たちは145か」
ジルコンは145番の腕章を左腕の肘上まで通した。
「お嬢さま。お相手を」
「よろこんで!」
二人は習った通りに正しい形をとる。
祭壇横に楽団がいるようで、楽器の音を調整しはじめた。
参加者が壁となって、台に上がっている指揮者の胸から上しか見えない。
周囲で次々に最初の形を取り出して、一層、ペアと他のペアたち空間がなくなってしまう。
「ロズ、このままでは踊れないから……」
ジルコンは手を滑らせてロゼリアの腰に手をまわして体を密着させた。
ノルがした時はロゼリアの腰がノルの鼠径部に触れ合ったぐらいだが、もっと深く広い。
ロゼリアの胸がジルコンに押しあたる。
これでは胸の高まりをジルコンに感じ取られてしまうではないか。
「腕をまわして、ロズ」
ジルコンの声は甘い。
到底、あらがうことはできない。
ロゼリアはジルコンの背中に左腕をまわし、自分から引き寄せる形になって、さらに体が重なった。
「これではワルツは無理よ!」
「ロズ、周囲を見回してごらん。みんなここで踊れないとは思っていないようだよ?」
ロゼリアは言われるままに周囲を見回し、噴き出した。
みんな適当で、きまり事も形もあったものではない。
ワルツダンス大会は、祭りを盛り上げる楽しい余興なので、なんでもありなのだ。
ロゼリアは目を閉じ完全にジルコンに体をゆだねた。
ジルコンの心臓は力強く拍動する。彼のそばだと安心する。
一瞬、周囲は静まった。
その空白の間を、くっきり鮮やかなアコーディオンの和音に歌声のようなバイオリンの音色が通る。
よく知ったワルツの楽曲が始まった。
仮面の店以外にも、ド派手なマントだけを売っている店、祭壇に備える花束を売っている店、手作りの器や置物や小物を売る店もでている。普段以上に屋台がひしめき、人々の笑顔と賑わいであふれていた。
ジルコンは自分用に黒に金の渦巻き模様の入った目元を隠す仮面を取り上げた。
ロゼリアは着ている花柄のワンピースに合わせようかと思ったが、ジルコンの蛇革のベルトにあわせて、同じような蛇模様の仮面がいいと思った。
実は、ロゼリアの足元も同じ蛇革で作ったヒールのサンダルである。
以前は少し歩くと足元が不安定になったものだが、今では馴染んで姿勢が崩れることはない。
少し歩けば、渦を巻く濁流のような人の流れに引き離されそうになる。
ジルコンの手が伸びて、ロゼリアの手を握った。ロゼリアも握り返す。
王城から一番近くの祭壇を目指す。
どこよりも巨大なものであるという。
祭壇には米や麦、酒や油が積み上げられている。誰ということもなく持ち寄られた花、そして幾百本ものゆれる炎を灯した蝋燭が祭壇の周りに立てられていた。
人々は親子や兄弟や恋人、連れ立ってきては、花を供え、手を合わせる。
蝋燭の火をもらって空いたスペースにろうを垂らして立てたり、火を移した蝋燭をそのまま持ち帰ったりする。
祭壇は神聖な気配に満ちていて、手を合わせる者たちは厳粛な面持ちであった。
「この蝋燭の火を頼りにご先祖さまは一年に一度やってくる。そして夏のひと時を家族たちと過ごしてそしてまた送り出されるんだ」
「アデールでは家の一角で食事を備えて蝋燭を立てるだけなの。国中は屋台がたくさん出て、祭りで踊ったり歌ったり、騒いだりするのは同じだけれど。わたしたちはまだ子供だったから王城からその騒ぎを聞いて想像するだけしかなかった」
「エールで祭壇が豪勢に盛大になっていったのはなにも誇れるものではないよ。戦争で多くの民の係累が亡くなったからだ。彼らを忍び、敬う。王家は彼らの犠牲を忘れてはならない。俺は学校中心に施しを行うが、母やジュリアは病院、孤児院を中心に回っている」
ジルコンは言葉を切り少し間をおいた。
「……祭りに参加したことがないっていうのは子供ならしょうがないな」
「どうして子供だと夜の祭りに参加できないか納得できなかったわ。こんなに楽しいのに」
「なんでって、知らないのか?」
「知らないって、何を?」
仮面の奥の紺碧の瞳は、祭壇の蝋燭の灯りを受けて、どこまでも深い漆黒に見えた。
手をあわせていたロゼリアにジルコンは体を寄せた。
「死者を悼む祭りは同時に命を賛美する場でもある。死者に哀悼を、生者に菓子をとかいうだろ?生と死は表裏一体。祭りで男女は出会い恋をして次の命をはぐくむ場でもあるんだ。だから、陽気な音楽に身を投げ出して踊り、生涯のパートナーを見つける。もしくは刹那の燃えるような恋を味わう。だから祭りは昔からたいがい、男女の出会いの場をかねる。そうじゃないと真面目に働く者たちは新な出会いが全くない。身近な者同士で婚姻を続けていれば、そのうち血が濃くなってコミュニティーは崩壊してしまう。出会いの場に子供には早いから」
「本当なの?」
「そういう一面もなきにしもあらずということだよ」
重大な秘密を打ち明けるような面持ちで言うが、その目は笑っている。
二人が手を合わせたのは、王城からでてすぐのフォルス王の祭壇である。
祭壇の前の広場はパフォーマンスが披露できる場になっていて、火の珠をまわしたり、足の下に竹の脚を伸ばし背高人を演出したパフォーマンスが行われ、祭壇に祈る人と鑑賞する人たちでごった返していた。
その中に男性はジャケットに黒パンツ、女性はドレス風のワンピースにヒールの靴、と気合の入るカップルがかなりの割合で混ざっている。
何かをぐしゃりと踏み、ロゼリアは足の下からチラシを拾い上げた。
「王城前広場でワルツダンス大会を開催します。優勝者には豪華な賞品が贈られます。カップル、お知り合いを誘ってぜひご参加を?」
「ワルツダンス大会?」
ジルコンもロゼリアの手元を覗き込んだ。
大きな声でアナウンスがされている。
「さあお時間になりました!恒例のワルツ大会を開催いたします!参加ご希望の方は、祭壇前広場にペアでお越しください。ナンバーの入った腕章をお持ちでない方には、今から係りの者が参りますので男性は左腕に身につけてください!」
パフォーマーと観客は広場の外に出て、男女のペアはわらわらと屋台の間から広場の中へと進み入ろうとして、あちこちで小さな混乱が生じている。
「では、競技の説明です。曲は連続して演奏されます。曲はワルツがメインではありますが、他にもその場の雰囲気に応じていろいろあるかもしれません。どんな曲でも踊ってください。曲と曲との間に休憩はございません。次に進む方を呼ぶのではなく、落とす方の番号を呼びますので呼ばれたペアはすみやかに会場の外へお下がりください。採点は5名の審査員により独自基準により審査。王城からは特別審査員として……。他に参加者はございませんか!我こそはと思われる方、冷やかしの方、気になるあの子をお誘いくださってお気軽にご参加下さい!」
あっという間に、男女のペアの中にロゼリアとジルコンはいた。
初めからワルツ大会に出るつもりではなかったような恰好の若い男女も加わってきている。出るタイミングを完全に逃してしまった。
中には、二人が身に着けている仮面をつけたペアもいる。
番号が縫い取られた腕章がジルコンの手の中に押し込められた。
ジルコンは苦笑している。
肘を横にまげれば隣のペアにあたるほど、ぎゅうぎゅう詰めである。
狭いとはいえないはずの広場に、200組ほどのペアが入っている。
こんな状態でまともにワルツができるとも思えないし、公明正大な審査がなされるとも思えなかった。独自基準とは主催者側に大変都合の良さそうなものである。
「すっかり参加者の一組にみなされているようだが、ロズはどうする?」
「もちろん、参加する!ワンピースでよかったわ」
「なんだかそういうと思ったよ。俺たちは145か」
ジルコンは145番の腕章を左腕の肘上まで通した。
「お嬢さま。お相手を」
「よろこんで!」
二人は習った通りに正しい形をとる。
祭壇横に楽団がいるようで、楽器の音を調整しはじめた。
参加者が壁となって、台に上がっている指揮者の胸から上しか見えない。
周囲で次々に最初の形を取り出して、一層、ペアと他のペアたち空間がなくなってしまう。
「ロズ、このままでは踊れないから……」
ジルコンは手を滑らせてロゼリアの腰に手をまわして体を密着させた。
ノルがした時はロゼリアの腰がノルの鼠径部に触れ合ったぐらいだが、もっと深く広い。
ロゼリアの胸がジルコンに押しあたる。
これでは胸の高まりをジルコンに感じ取られてしまうではないか。
「腕をまわして、ロズ」
ジルコンの声は甘い。
到底、あらがうことはできない。
ロゼリアはジルコンの背中に左腕をまわし、自分から引き寄せる形になって、さらに体が重なった。
「これではワルツは無理よ!」
「ロズ、周囲を見回してごらん。みんなここで踊れないとは思っていないようだよ?」
ロゼリアは言われるままに周囲を見回し、噴き出した。
みんな適当で、きまり事も形もあったものではない。
ワルツダンス大会は、祭りを盛り上げる楽しい余興なので、なんでもありなのだ。
ロゼリアは目を閉じ完全にジルコンに体をゆだねた。
ジルコンの心臓は力強く拍動する。彼のそばだと安心する。
一瞬、周囲は静まった。
その空白の間を、くっきり鮮やかなアコーディオンの和音に歌声のようなバイオリンの音色が通る。
よく知ったワルツの楽曲が始まった。