男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
108、ワルツを踊りましょう②
水面に浮かぶ鳥の羽が、さざ波にゆすられているかのように体をメロディーに乗せる。
「俺たちが鳥の羽のようだって?だいぶエストに影響されているんじゃないか」
「そんなことないわよ」
ロゼリアとなってからは、エストと鶏の話をするまで深く知り合っているわけではない。
あやうくそうね、と言いかけ気を引き締める。
一曲が終わる頃には、音楽を邪魔しないように番号が呼ばれていて、脱落した冷やかし組の男女が頭をかき、しっかりと手をつないで仲良く退場していく。
次の曲はアップテンポのワルツである。
一曲目よりもスペースができて踊りやすい。
今度は波の間を穏やかにせりあがってはすとんと落ちていくような感じである。
広場の他の挑戦者たちはあちらこちらでぶつかっているようであるが、ジルコンとロゼリアの黒金と蛇鱗の仮面のペアは、その間を縫うように踊り、彼らだけ清涼な空気を吸っているような、涼やかな雰囲気をまとっている。
「君の髪を台無しにしたあいつが許せない」
ロゼリアの短い髪がジルコンの頬に触れた。
「彼らはどうなったの?」
「あなたをさらわせた父親の方は、酒の治療施設へ、子供は児童保護施設へ保護されている。だが、子供はあなたの髪を切ったのだから傷害罪が適用されるだろう」
「傷害罪には当たらないわ。わたしが髪を布施したの。生者には金をっていうから、金に換金できそうなものは髪ぐらいしかなかったから」
「あなた自身が、どうしてそんなことを。手入れの行き届いた美しい髪だったのに」
「一緒に見た劇でも決意をしめすためにシーラは髪を切ったわ」
「あなたも決意を?」
ロゼリアはジルコンのアンジュへの執着を断ち切るために切ったのだとは答えられない。
「あの白光には驚いたわ」
「あれは武器を持った者たちの中へ踏み込むときに使ったりする目くらましだ。最新兵器でもある。まさかあの場で試すことになるとは思わなかった。目には、後遺症はないか?」
「朝にははっきりと見えていたわ。ジルコンが抱いて運んでくれているのはわかった」
「ああ……。あなたがいなくなって心配でたまらなくていてもたってもいられなくなった。あんなに心配したのは、あなたの兄の事件を聞いた時と匹敵するか、それ以上だった。あなたがた双子は、子供のころから俺を翻弄して弄ぶことに長けている」
「弄んでいるつもりはないのだけど。子供のころからっていつの話よ」
「ロズは忘れてしまったのか?アデールの王城で遊ぶことに飽き足らず、とっておきの場所があるからと森の中へ案内して、獣を捕らえる落とし穴に落ち込んだこと」
「もちろん覚えているわ!ジルが覚えているとは思わなかった」
「どうして?」
「どうしてって、ずっとわたしのことを見てくれてなかったから」
いわれてジルコンはロゼリアを目を細めて見つめた。
「あなたを見ていると混乱する」
「混乱するって?」
「あなたは、改めて見ると、眼も口も鼻も全て、アデールの王子と本当に生き写しだ」
「双子だから」
「双子だからというよりもむしろ……」
ジルコンは最後まで言うことができない。
番号が呼ばれ続けて落とされている。
舞台はのびのびと踊れるスペースがあった。
アコーディオンとバイオリンの音が止まった。
指揮者が台の上から降りて、台には肌の黒い男性が手を振って登場する。
森でも草原でもない、ずっと南方の者である。
「さあ、残り20組のダンサーたち!僕に足技でついてこれるかな!」
そうロゼリアたちに呼びかけて、男性は袖をまくった。
鉄板が入ったかかとを台の上で弾むように踏みつける。
ダンダダンダンダンダンダン!
「そら!」
ロゼリアとジルコンは顔を見合わせ、何を求めているが瞬時に察する。
二人は手をつなぎ、舞台に向かって広場の石畳を踏み込んだ。
ダンダダンダンダンダンダン!
一回目の反復に、すぐに対応できなかった数組の番号が呼ばれている。
「もういっちょ!」
台の男はさらに複雑にかかとを打ち付けた。
ダンダダンダン、たったら、ダダンダン!
観客も何が審査されているか理解した。
舞台の男性と同じように足踏みしなければならないのだ。
ダンダダンダン、たったら、ダダンダン!
「ダンダダンダン、たったら、ダダンダン!」
観客は残る10数組の足踏みと同時に、声と足踏みを合わせた。
大地が揺れる。
大音声で、会場全体が一体となり興奮のるつぼと化す。
今度は足踏みにくるりと回転が加わった。
ロゼリアはジルコンに抱えられて振り回されるように回転する。
残されたペアたちも同様に回転させている。舞台は急に華やかになる。
あるペアは一人は相手の手をつかんで回ろうとしたのに、もう一人は一人で回ってしまい、そのペアは脱落する。
アクロバティックな動きに観客の興奮は頂点に達する。
「ジルコン楽しいわ!」
「俺も!」
気が付けば広場に残っているのは二組だけ。
「ありがとー!みんなも素晴らしかったよ!!最後は二組の対決だ!どっちも頑張って!」
男は大仰に手を振って舞台を降りた。
「俺たちが鳥の羽のようだって?だいぶエストに影響されているんじゃないか」
「そんなことないわよ」
ロゼリアとなってからは、エストと鶏の話をするまで深く知り合っているわけではない。
あやうくそうね、と言いかけ気を引き締める。
一曲が終わる頃には、音楽を邪魔しないように番号が呼ばれていて、脱落した冷やかし組の男女が頭をかき、しっかりと手をつないで仲良く退場していく。
次の曲はアップテンポのワルツである。
一曲目よりもスペースができて踊りやすい。
今度は波の間を穏やかにせりあがってはすとんと落ちていくような感じである。
広場の他の挑戦者たちはあちらこちらでぶつかっているようであるが、ジルコンとロゼリアの黒金と蛇鱗の仮面のペアは、その間を縫うように踊り、彼らだけ清涼な空気を吸っているような、涼やかな雰囲気をまとっている。
「君の髪を台無しにしたあいつが許せない」
ロゼリアの短い髪がジルコンの頬に触れた。
「彼らはどうなったの?」
「あなたをさらわせた父親の方は、酒の治療施設へ、子供は児童保護施設へ保護されている。だが、子供はあなたの髪を切ったのだから傷害罪が適用されるだろう」
「傷害罪には当たらないわ。わたしが髪を布施したの。生者には金をっていうから、金に換金できそうなものは髪ぐらいしかなかったから」
「あなた自身が、どうしてそんなことを。手入れの行き届いた美しい髪だったのに」
「一緒に見た劇でも決意をしめすためにシーラは髪を切ったわ」
「あなたも決意を?」
ロゼリアはジルコンのアンジュへの執着を断ち切るために切ったのだとは答えられない。
「あの白光には驚いたわ」
「あれは武器を持った者たちの中へ踏み込むときに使ったりする目くらましだ。最新兵器でもある。まさかあの場で試すことになるとは思わなかった。目には、後遺症はないか?」
「朝にははっきりと見えていたわ。ジルコンが抱いて運んでくれているのはわかった」
「ああ……。あなたがいなくなって心配でたまらなくていてもたってもいられなくなった。あんなに心配したのは、あなたの兄の事件を聞いた時と匹敵するか、それ以上だった。あなたがた双子は、子供のころから俺を翻弄して弄ぶことに長けている」
「弄んでいるつもりはないのだけど。子供のころからっていつの話よ」
「ロズは忘れてしまったのか?アデールの王城で遊ぶことに飽き足らず、とっておきの場所があるからと森の中へ案内して、獣を捕らえる落とし穴に落ち込んだこと」
「もちろん覚えているわ!ジルが覚えているとは思わなかった」
「どうして?」
「どうしてって、ずっとわたしのことを見てくれてなかったから」
いわれてジルコンはロゼリアを目を細めて見つめた。
「あなたを見ていると混乱する」
「混乱するって?」
「あなたは、改めて見ると、眼も口も鼻も全て、アデールの王子と本当に生き写しだ」
「双子だから」
「双子だからというよりもむしろ……」
ジルコンは最後まで言うことができない。
番号が呼ばれ続けて落とされている。
舞台はのびのびと踊れるスペースがあった。
アコーディオンとバイオリンの音が止まった。
指揮者が台の上から降りて、台には肌の黒い男性が手を振って登場する。
森でも草原でもない、ずっと南方の者である。
「さあ、残り20組のダンサーたち!僕に足技でついてこれるかな!」
そうロゼリアたちに呼びかけて、男性は袖をまくった。
鉄板が入ったかかとを台の上で弾むように踏みつける。
ダンダダンダンダンダンダン!
「そら!」
ロゼリアとジルコンは顔を見合わせ、何を求めているが瞬時に察する。
二人は手をつなぎ、舞台に向かって広場の石畳を踏み込んだ。
ダンダダンダンダンダンダン!
一回目の反復に、すぐに対応できなかった数組の番号が呼ばれている。
「もういっちょ!」
台の男はさらに複雑にかかとを打ち付けた。
ダンダダンダン、たったら、ダダンダン!
観客も何が審査されているか理解した。
舞台の男性と同じように足踏みしなければならないのだ。
ダンダダンダン、たったら、ダダンダン!
「ダンダダンダン、たったら、ダダンダン!」
観客は残る10数組の足踏みと同時に、声と足踏みを合わせた。
大地が揺れる。
大音声で、会場全体が一体となり興奮のるつぼと化す。
今度は足踏みにくるりと回転が加わった。
ロゼリアはジルコンに抱えられて振り回されるように回転する。
残されたペアたちも同様に回転させている。舞台は急に華やかになる。
あるペアは一人は相手の手をつかんで回ろうとしたのに、もう一人は一人で回ってしまい、そのペアは脱落する。
アクロバティックな動きに観客の興奮は頂点に達する。
「ジルコン楽しいわ!」
「俺も!」
気が付けば広場に残っているのは二組だけ。
「ありがとー!みんなも素晴らしかったよ!!最後は二組の対決だ!どっちも頑張って!」
男は大仰に手を振って舞台を降りた。