男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
109、勝負の行方 (第3部 第10話完)
各国の夏祭り、鎮魂祭が終わる。
王城の女官や文官、護衛兵たちは長期の休み明けでどこか気が抜けた顔のまま、日常に戻っている。
スクールメンバーたちもエール王城にぱらぱらと戻ってきていた。
到着した者たちで授業が再開され、各国の鎮魂祭の現状や独特の風習などの発表が行われる予定である。
季節に応じた年間行事をまとめてくるようにとの宿題が出されていた。
ロゼリアとイリスのダンス勝負の件は、思いもがけない結末を迎えていた。
ちりじりになっていた友人たちが最初に顔を合わせるのは、朝食の場である。
イリスはジュリアのテーブルに行く前に、ロゼリアたちのテーブルへ向かう。
「ロゼリアさま、おはようございます」
ベラと食事をしていたロゼリアは顔を上げた。
イリスはかかとのない靴を履き、その左足首には包帯を巻く。
花の香水ではなくて、薬草と樟脳の匂いが漂ってくる。
彼女は休みに足首をくじき、当分の間安静にしないといけなくなってしまったのと、再会の挨拶そこそこに、いきなりロゼリアに伝える。
「怪我のために、ヒールなんてもってのほかなの。ダンスの勝負はお預けにしてあげるわ!こんなアクシデントがなければ、あなたの澄ました顔を敗北に歪ませたかったのだけど、しょうがないわ。みんなの前で恥をかかされなかっただけでも感謝してほしいわ!」
イリスは言い捨て、怪我をしていない方の足を軸足にしてくるりと背をむける。
ロゼリアもベラも呆気にとられた。
その隣の席のジュリアたちも、自分たちよりも先にロゼリアに報告に行ったことに驚き、顔を見合わせている。
「まあ、イリスさん、災難だったわね。どういう状況で怪我をなさったの?」
イリスが負傷したために、ロゼリアの不戦勝が確定したのであった。
とはいえ、ダンスレッスンが終了したわけではない。
再び再会したペアたちは、レッスンに入る前にフリーダンスの時間が設けられていて、久々に互いの調子を確認しあう。
なかでも、注目を集めたのはジルコンとロゼリアのペアであった。
彼らは息もぴったりな床を舐めるようなワルツに変わっていた。
方向転換もスピンも自由自在のようである。
しかしながら、講師は首をひねった。
なぜか、途中で思い出したかのように、ダダダンダンとその場で床を踏みつける変なアクセントがはいってしまうのだ。
イリスがダンスの練習会場に出てこないので、ノルは暇である。
楽団たちの席で、手持無沙汰をごまかすためにギターを手にした。
ノルはダンスの腕前は一流だと自負するが、ギターをはじめ他の楽器類も趣味のレベルを超えている。美意識を高めるための教養は深い。幼少期から一流の講師陣に学び、誰にも言うことはないがその努力は並大抵のものではない。
そこへ、パジャンのアリシャンがやってきた。
アリシャンのペアはまだエールに着いていない。
彼も時間を持て余して、馬頭琴を持ってきている。
楽団のメンバーは珍しい草原の楽器に興味津々で、他にもペアのいない者たちが集まってきた。こちらはこちらで、自国の楽器の話題や音楽事情に花が咲いたのである。
ノルは、ギターの手をとめた。
レッスンは、ノルたちがいなくても進んでいく。
実は、ノルはあの、鎮魂祭の本祭りの初日、王城前祭壇ワルツダンス大会に出場していた。
ノルは王都の有名な温泉高級旅館に滞在していた。
王都にいるのならばぜひにご一緒に鎮魂祭の大会に出ましょうとのイリスの強引な誘いをノルは断り切れなかったのである。
イリスは、ノルという素晴らしいパートナーを得たことを、誰彼なしに自慢をして自尊心を満足させたいようであった。イリスの中では優勝は確定事項である。もちろんノルもそうであったのだが。
「仮面をつけて参加しましょう。優勝した時に、G国王子だと明かして皆をおどろかせましょう!」
そういいつつも、彼女の意図が、G国王子をパートナーにしている自分自身を効果的に演出することにあることを察するのだが。
彼女の思惑はどうであれ、G国のダンスのレベルの高さをエール国の民にアピールするのに役にたつかなと、ノルはノルで納得する。
黒金と蛇鱗の仮面のペアにはわりと早い段階に気が付いた。
娘の鮮やかな金髪が目を引いた。
その髪は耳下で切りそろえられて短かったが、ロゼリア姫の豊かな金髪とどちらが美しいのだろうと思ったのだ。
脱落者が増加していくにつれてダンスの心得のある者たちが残っていく。
何組かは特別うまかった。
黒金と蛇鱗のペアは、途中からノルの視線を捕らえて離さなくなった。
そして気が付いた。
普段と印象は随分と違うが、体のラインと切れのいい体の動きはエールの王子のもの。
そう思えば、王子の象徴である黒金の仮面を、冗談や仮装でなく選べふものがいるとしたらジルコン王子本人しかいない。
ペアの、自由奔放で大きなステップはロゼリア姫のもの。
あの豊かな髪が、なぜかつんつるてんの子供のような髪型になってしまっていたが、ロゼリア姫なら髪の毛なんていずれ伸びるのだから一度短くしてもいいでしょう、とでも言って、さらりと流しそうであった。
ちぐはぐだった二人の息が、しばらく見ないうちに二人で一人であるかのようにぴったりと重なっていることに衝撃を受けたのである。
ノルが自分たちのダンスに集中できないことはパートナーのイリスにも伝わる。
イリスはそれでも必死に美しく映えるように踊ろうとするが、大げさな動きで逆にワルツの流れを損なってしまう。
そしてイリスもノルが何に意識がそれてしまっているか知ってしまった。
王城の女官や文官、護衛兵たちは長期の休み明けでどこか気が抜けた顔のまま、日常に戻っている。
スクールメンバーたちもエール王城にぱらぱらと戻ってきていた。
到着した者たちで授業が再開され、各国の鎮魂祭の現状や独特の風習などの発表が行われる予定である。
季節に応じた年間行事をまとめてくるようにとの宿題が出されていた。
ロゼリアとイリスのダンス勝負の件は、思いもがけない結末を迎えていた。
ちりじりになっていた友人たちが最初に顔を合わせるのは、朝食の場である。
イリスはジュリアのテーブルに行く前に、ロゼリアたちのテーブルへ向かう。
「ロゼリアさま、おはようございます」
ベラと食事をしていたロゼリアは顔を上げた。
イリスはかかとのない靴を履き、その左足首には包帯を巻く。
花の香水ではなくて、薬草と樟脳の匂いが漂ってくる。
彼女は休みに足首をくじき、当分の間安静にしないといけなくなってしまったのと、再会の挨拶そこそこに、いきなりロゼリアに伝える。
「怪我のために、ヒールなんてもってのほかなの。ダンスの勝負はお預けにしてあげるわ!こんなアクシデントがなければ、あなたの澄ました顔を敗北に歪ませたかったのだけど、しょうがないわ。みんなの前で恥をかかされなかっただけでも感謝してほしいわ!」
イリスは言い捨て、怪我をしていない方の足を軸足にしてくるりと背をむける。
ロゼリアもベラも呆気にとられた。
その隣の席のジュリアたちも、自分たちよりも先にロゼリアに報告に行ったことに驚き、顔を見合わせている。
「まあ、イリスさん、災難だったわね。どういう状況で怪我をなさったの?」
イリスが負傷したために、ロゼリアの不戦勝が確定したのであった。
とはいえ、ダンスレッスンが終了したわけではない。
再び再会したペアたちは、レッスンに入る前にフリーダンスの時間が設けられていて、久々に互いの調子を確認しあう。
なかでも、注目を集めたのはジルコンとロゼリアのペアであった。
彼らは息もぴったりな床を舐めるようなワルツに変わっていた。
方向転換もスピンも自由自在のようである。
しかしながら、講師は首をひねった。
なぜか、途中で思い出したかのように、ダダダンダンとその場で床を踏みつける変なアクセントがはいってしまうのだ。
イリスがダンスの練習会場に出てこないので、ノルは暇である。
楽団たちの席で、手持無沙汰をごまかすためにギターを手にした。
ノルはダンスの腕前は一流だと自負するが、ギターをはじめ他の楽器類も趣味のレベルを超えている。美意識を高めるための教養は深い。幼少期から一流の講師陣に学び、誰にも言うことはないがその努力は並大抵のものではない。
そこへ、パジャンのアリシャンがやってきた。
アリシャンのペアはまだエールに着いていない。
彼も時間を持て余して、馬頭琴を持ってきている。
楽団のメンバーは珍しい草原の楽器に興味津々で、他にもペアのいない者たちが集まってきた。こちらはこちらで、自国の楽器の話題や音楽事情に花が咲いたのである。
ノルは、ギターの手をとめた。
レッスンは、ノルたちがいなくても進んでいく。
実は、ノルはあの、鎮魂祭の本祭りの初日、王城前祭壇ワルツダンス大会に出場していた。
ノルは王都の有名な温泉高級旅館に滞在していた。
王都にいるのならばぜひにご一緒に鎮魂祭の大会に出ましょうとのイリスの強引な誘いをノルは断り切れなかったのである。
イリスは、ノルという素晴らしいパートナーを得たことを、誰彼なしに自慢をして自尊心を満足させたいようであった。イリスの中では優勝は確定事項である。もちろんノルもそうであったのだが。
「仮面をつけて参加しましょう。優勝した時に、G国王子だと明かして皆をおどろかせましょう!」
そういいつつも、彼女の意図が、G国王子をパートナーにしている自分自身を効果的に演出することにあることを察するのだが。
彼女の思惑はどうであれ、G国のダンスのレベルの高さをエール国の民にアピールするのに役にたつかなと、ノルはノルで納得する。
黒金と蛇鱗の仮面のペアにはわりと早い段階に気が付いた。
娘の鮮やかな金髪が目を引いた。
その髪は耳下で切りそろえられて短かったが、ロゼリア姫の豊かな金髪とどちらが美しいのだろうと思ったのだ。
脱落者が増加していくにつれてダンスの心得のある者たちが残っていく。
何組かは特別うまかった。
黒金と蛇鱗のペアは、途中からノルの視線を捕らえて離さなくなった。
そして気が付いた。
普段と印象は随分と違うが、体のラインと切れのいい体の動きはエールの王子のもの。
そう思えば、王子の象徴である黒金の仮面を、冗談や仮装でなく選べふものがいるとしたらジルコン王子本人しかいない。
ペアの、自由奔放で大きなステップはロゼリア姫のもの。
あの豊かな髪が、なぜかつんつるてんの子供のような髪型になってしまっていたが、ロゼリア姫なら髪の毛なんていずれ伸びるのだから一度短くしてもいいでしょう、とでも言って、さらりと流しそうであった。
ちぐはぐだった二人の息が、しばらく見ないうちに二人で一人であるかのようにぴったりと重なっていることに衝撃を受けたのである。
ノルが自分たちのダンスに集中できないことはパートナーのイリスにも伝わる。
イリスはそれでも必死に美しく映えるように踊ろうとするが、大げさな動きで逆にワルツの流れを損なってしまう。
そしてイリスもノルが何に意識がそれてしまっているか知ってしまった。