男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
 観客の視線も、二人を透かして、もう一つのペアを見ていた。
 勝負の行方は誰の目にも明らかで、イリスは敗北を言い渡されるにはプライドが高すぎた。同じくノルもだったが。

「ノル、足をくじいてしまった。これ以上は踊れない」

 彼女が本当に足をくじいたかどうかはわからない。
 だが、ノルはうなづいた。
 イリスの腰を支えながら静かに退場したのである。


 その、短い髪となって、会う人ごとに度肝を抜かれているロゼリアは、ジルコンが文官に呼ばれたので今は一人である。
 ノルは今の彼女とワルツを踊りたいと思う。
 はじめて踊ったとき、彼女は自分がこうありたいという自我が剥き出しでパートナーにとっては非常に踊りにくい相手であった。その欠点が修正された今、ジルコンよりも上手に踊れる自分と踊れば、どんなに美しく耽美なひと時を過ごせるのだろうかと夢想する。

 ノルより先に、笑顔のエストがロゼリアを誘っている。
 エストはアデールの王子と最後とても仲が良くなっていた。
 ロゼリア姫のことも悪く思っていないのは誰から見ても明らかである。

 ノルは、浮かしかけた腰を再び下ろした。
 今のロゼリア姫とならエストも踊りやすいだろうなと思いながら、ワルツを踊りはじめた二人を目で追った。
 そして、背を伸ばして何度か瞬きをして、見直した。
 じわりじわりと笑いが喉元を上がってきて、声をあげて笑い出しそうになる。急いで腰に挿していた扇子を口元に開いて隠さなければならなかった。
 うれしそうだったエストの顔が、みるみる苦悩を帯びて、その苦悩の厚みは増している。その表情は以前のジルコンそのままである。
 あきらかに、今のロゼリア姫とも踊りにくいのだ。
 それは姫の方も同様だったようで、理由がわからずしきりに首を傾げている。
 なんとか最後まで踊り切るが、ひきつる笑顔で別れたエストは、当分ロゼリア姫を誘わないだろうと思われた。


「なんだ。まったく自由奔放、勝手気ままなところはおさまってないじゃないか。相手がジルコンの場合の時だけ息がぴったりというのも妬けるじゃないか」
 ノルは独り言つ。

 どんなことでも表現活動には本人が自覚していない潜在的な気持ちもあぶりしくっきりと浮き上がらせる。
 二人は本人たちが自覚しようがしまいが、強い信頼関係でがっつりと結ばれている。
 何かあったのか知らないが、彼らは互いが特別な存在になっていた。
 これから二人に大きな波乱がない限り、自分が入り込む余地はなさそうである。
 婚約無期限延期とは、周囲が思っているような婚約破棄を前提にしたものではない。
 ただの、事情があっての延期にすぎないものなのだ。
 泣きたいような笑い出したくなるような、ごちゃまぜの気分であった。

 告白もしないうちに自分でも自覚しなかった恋心が終わりを告げたことを、ノルは知ったのである。

第3部 第10話 ダンス勝負 完

< 195 / 242 >

この作品をシェア

pagetop