男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「これは美しくて素晴らしいわ。でもシルクは雪のように白いというのが特級品の代名詞になってしまっているから、それより希少価値があると示す必要があるでしょうし、それよりもすべてを紡いでつぶつぶ感のあるお得で丈夫なシルクとして売り出して、その美しさを知ってもらうのがいいかも。染めてもいいし、染めなくても美しいのだから、需要がありそう」
 ロゼリアは言う。
「そうね、汎用品も考えてみるわ」

 ロレットは机に広げたハンカチサイズの野蚕シルクを、数枚ずつ分けてくれる。
 そういう自国の特産品の売り出し方の相談なども雑談とともにされることもある。思わぬアイデアをいただけることがある。

「ねえ、レベッカはどんな男性がいいの?」
 話題は行きつ戻りつである。
 そう聞いたのはベラ。

「わたしは強い男がいいわ」
「強い男!?ロレットのバルトのような!?」

 レベッカは声をあげて笑う。レベッカはさばさばした男性っぽいところがあり、ロゼリアのアンジュが抜けきらないところが薄められている。

「違う。わたしの思う強さは、嵐にあっても方向を見失わず冷静な判断ができ、皆が怒りにまかせ浮き立つときに一人冷静にいて状況をみれるような、言葉が少なくてもその目が雄弁に語るような、そんな男。困った者を見捨てることがない男。時に相手の幸せを優先し、己の欲望を押さえることができる男」

「例えば?具体的よね。それは誰よ?」
 ベラが眼を輝かせ、体を乗り出した。
「例えば、誰もいない」
 レベッカは再び本に目を落とす。
 それ以上引き出せそうになかったので、ロレットはベラに向かう。

「ベラはどうなの。レオとはうまくいっているんでしょ?」
「うまくいっているわ。レオとはとても気が合うし、でもそれだけかな。友達以上恋人未満?」
「結婚は考えてないの?」
 ベラは珍しく肩をすくめてみせた。
「レオはパジャンの、草原の男だから。わたしたちがこうして顔をつきあわせていても、エール側とパジャン側には距離的にも文化的にも大きな隔たりがあるわ。レオが草原の男っぽくなくても、さらに気が合い仲が良くても、結婚は無理」
 しみじみとベラは言うが、次の瞬間には顎を突き出し拳を握りしめた。

「それにわたしは自分を磨き上げて、森と平野の国々の中で、わたしに手を差し伸べる男たちの中から一番いい条件の人と結婚するんだから!」

 ひとしきりどんな相手と結婚したいか願望の話と知り合いの結婚事情でその場が沸く。
 女子トークの最大のデザートは、結婚と男の話である。

「で、ロゼリアはジルコンさまとどこまでいかれたのですか?」
 ロレットは声を低めた。
「どこまでって、どこにも行ってないよ」
「遊びに行く話を聞いているのではありませんよ。ここだけの話にしますから」
 ロレットとベラは体を乗り出した。
 レベッカの耳がぴくりと動く。彼女も気になるのだ。

「キスはどうでしたか、もっと、他にもいろいろ、おありになるのでしょう?ご婚約者さまでダンスのパートナーとしても息がぴったりでいらっしゃるのですから」
「それは……」
 ロゼリアは二人の気迫に身を引きつつ、口ごもった。
「手はつないだわ。鎮魂祭で一緒に踊って楽しかった。……あれは、お忍びデートだったのだと思う。本当に楽しかったわ」
「で、で、で?」
 ロゼリアには受け止めきれない過剰な期待が三対のきらきらした目に込められている。
「それだけ」
「は?」
「頬へのキスは?口へのキスは?それ以上の触れ合いは!?」
「ワルツで……」
「ワルツではなくて!!」

 三人の声がそろった。
 ロゼリアは肩をすくめた。
 部屋の中から陶器が床に落ち派手に砕ける音。

「ロゼリアさま、まさか、ジルコンさまと本当に何ないというわけではありませんよね」

 部屋の中では目を驚愕に見開いたララが、その手からすべり落として割れた水差しの中に、足元を水に濡らしならがら立ちつくしていた。

 怖いものはこの世になさそうな女官次長のみたこともないような姿である。
 それをみて、ロゼリアの血が急激に下がっていく。

 婚約が無期限破棄になったけれど、ジルコンとは信頼関係が生まれ随分距離が縮まり何もかも順調だと思っていたのだった。
 だが本当に順調なのか。

 ロゼリアがアンジュの時は、出会ってから数日で旅館でキスをした。
暴行事件では濃厚なキスもしている。
確かにそれ以上進む気配もあったような気がする。
 ロゼリアとなり(無期限)婚約者になってからは、一度もそんな状況になっていない。

 それはジルコンがアンジュとしてのロゼリアが好きだったからであって、姫としてロゼリアがキスをしたくなるほどではないということなのか。 
 ジルコンはアンジュのことが好きだったことは確実である。
 婚約を破棄しようとしたぐらいなのだから。
 ジルコンが先に進めない理由は、彼がいまだにアンジュの事を思っているから。
 ロゼリアの恋の強敵は過去の自分だった。

 ララと友人たちは、ロゼリアの無言の返事を受け取った。
「それは困りました。わたしの手落ちでした。ジルコンさまとロゼリアさまの仲を深めるイベントを企画しなければいけません」
 ララはため息とともにつぶやいたのだった。



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