男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「好きであればキスしたくなるし触れ合いたくもなるというものだろう?」
「ララはそう思っている」
「凄腕のあなたの女官?」

 ウォラスはたっぷり時間をかけてロゼリアを見て、独り言のように呟いた。

「なるほど。ララ女官次長が焦りだしたのがわかるような気がする。触れ合いたい要求は、一般的に女性よりも男性の方が強いけど、ジルコンはそうじゃないんだな。あいつは確かにアデールの王子に入れ込んでいたが、まだその呪縛に囚われているようだし、あなたを見ながら、痛々しいぐらいあなたを拒絶している。ジルコンの気持ちをアデールの王子から引きはがすことができた女性が、ジルコンと結婚するということなのかなあ」

 ジルコンの隣に見慣れない女子がいる。
 彼女は親し気にジルコンの右腕に触れていた。
 亜麻色の髪を細かく三つ編みしてくるくるとだんごに結い上げている。
 彼女はきらきら輝く銀の耳飾りにノースリーブに銀の腕輪を身に着けていた。
 ジルコンの左側には、胸元が大きく開いた胸に幾十にも重ねた真珠の首飾りの娘がいる。
 彼女は胸を寄せていた。
 ジルコンは二人に挟まれて逃げられない。

「アデールのお姫さま、昨年参加していたお嬢さま方が誕生祝いを兼ねていらっしゃっているよ。しばらくこちらに滞在するそうだ。ジルコンにべったりしている。先を越されないように」
「先をって何の」

 ウォラスは瞬き、額に手を苦笑しながら銀髪をかき上げた。
「あはは。アンも田舎のねんねちゃんだったけど、あなたも、当然そうだった。凄腕、ララ女官次長からの具体的な課題を聞いた方がいいよ。頭に本を乗せるような課題をこなしていただろ。あれで確実にあなたの身体の使い方が上品になった。ララの課題達成を目指して、彼女たちを蹴散らしていけ。あなたとジルコンがどうなるのか楽しみでしょうがない」

 銀髪巻き毛の甘い容貌に、退屈しのぎで人の心を弄ぶ片鱗が見え隠れするがウォラスは顔を引き締めた。

「わたしはアデールの姫の味方だよ。ジルコンを両脇の婚礼適齢期の飢えた娘たちから救出してきてやる」
 そういい、ウインクしてウォラスはジルコンに声をかけにいく。
 肩を組んで、そのまま男たちのグループの中へ連れ込んだ。

 ロゼリアの元には、ウォラスと入れ替わりにイリスが突っかかってきた。
 顔を真っ赤にして、今夜もてらてらした唇をへの字に歪ませている。

「なんなのよ、あの女たち!」
「装身具から、亜麻色の髪の銀細工はフィンのE国関係、真珠の首飾りはラドーのC国関係。ウォラスによると去年の参加者らしいわ」
「ジルコン王子があなたやわたしと結婚するのは許せても、あの女のどっちかと婚約なんてことならないように、わたしも頑張るからあなたももっと頑張ってよ!」
 どうやらイリスはロゼリアを応援してくれている。
 敵の敵は味方というものなのか。

 言いたいことを言って、イリスは担当責任者のユリアンの姿を見つけて、今度は彼の方へ直進していく。
 関係のない人を懇親会の場にいれないで追い出して欲しいと直訴している。
 ユリアンが困った顔をして誰か助けになりそうな人を探して視線が泳いでいるところをみれば、銀細工と真珠の二人の娘を追い出すことは政治的に難しいのだろう。
 初めて、ロゼリアはイリスの自分の望みがはっきりとわかり、他人の目を気にせず、まっすぐに行動できるところがうらやましいと思った。


 ふと、ロゼリアは視線を感じて顔を上げた。
 その先には、ラシャールがいて何か言いたげにロゼリアを見ていた。
 いつから彼は見ていたのだろう。目が合うと、ラシャールは涼し気な目元を緩ませる。
 ラシャールは図書館で首筋に唇を添わせたことがあった。
 彼ならば。
 ロゼリアと、いたるところへ、キスをしたり、触れ合ったりしたいと思うのだろうか。


 その夜ララから課題をもらう。
 近日中の天気が良い日に、バーベキューイベントが企画されている。
 イベントが終わるまでに、ジルコンとキスすること。
 そしてそのバーベキューイベントには、亜麻色の髪と、真珠の姫が参加することも決まっている。


「絶対に、この課題を、達成なさいませ!」
 ララのその夜のオイルマッサージは気持ちいいいだけでなくて、時折強揉みが入る。余分な脂肪を燃焼させる揉み方であるという。
 その度に声をあげてしまうほど痛かったのである。




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