男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
「肉が、肉のかたまりだわ!足と、胴と?こんなことってないわ!」
 イリスだけでなくてジュリアもディアもその他の女子たちも口を押さえて一抱えほどもありそうな肉塊から後ろずさりしている。

「誰かに肉を切ってもらいましょう」
 イリスが助けを求めてその目が男子の顔をさまよった。
 巨大な肉の塊に、男子もしり込みをしている。
「もしかして、イリスは肉を切ったことがないの?」
「あるわけないじゃない!料理は、何を食べたいか指示するだけよ!」
「あはは。わたしよりお姫さまね」
 ロゼリアはイリスの騒ぎに食材の準備を手伝っていたジルコンと目が合った。
 言わないでもわかってくれて、タイミングを合わせて彼の手を借りて簡易な机のまな板の上に置く。

「これは牛肉か?俺が切り分けようか?」
 ジルコンが手を伸ばしかけたナイフを掴んだのはロゼリアである。
「ロゼリアさん、城から誰かを呼んでくるか、ジルコンに任せたほうがいいんじゃあないかしら」
 遠巻きにしているジュリアの言葉に、蒼白の女子たちはしきりにうなずいている。
「いえ、わたしがするわ。アデールでは、牛や鹿や鳥の解体も手伝っていたからこれぐらいなんでもないわ」
 ロゼリアは肉の部位を確認する。
 包丁は20センチほど。
 長くはないが、肉には骨がないし骨を断ち切る必要はない。
 腕をまくって筋肉の袋にそって包丁を入れて肉の部位ごとに切り分けはじめた。
「すごいもんだな」
 ジルコンが思わずつぶやいた。
 女子たちの賞賛を得たのであった。

 ジルコンも腕をまくり、「これを薄く切り分けたらいいのか?」と、固まりに切り分けられた肉を薄く切り始める。
 エストとノルもジルの作業に加わった。
「野菜はもういいの?」
 この二人はこのイベントには食材担当の女子が誘っていて、肉の騒ぎがあるまで野菜担当だったはずである。

「肉の方が大変でしょう。女子は肉を切りたがりませんし。あ、すみませんっ、ここに例外がいたのでした」
 エストはロゼリアをみて謝った。
「肉の解体ができる姫がいるとは思いもしませんでした」

 ノルは生肉の触感に眉をひそめたが、それでも手伝ってくれている。
 ジルは無言で迷いなくナイフを滑らしている。

「それは母が一からすべてをできなければならないという教育方針だったので。火も起こせるわよ。羊毛ショールをつくるときは、子羊を取り上げるところから始まって……」
「まじか!?」
 エストが大げさに驚いた。
 ロゼリアを中心に場が沸く。
 ラシャールが夜、エストとノルも自分に惹かれていたといった言葉をふと思い出したのである。

 食材の全てが切り分けられ、炭に火が起こされるころ、レベッカはラシャールと共に合流する。 
「ラシャールのお知り合いの方の食事処でお借りしてきました」
 そういうレベッカの頬は上気している。
 ロゼリアは籠から器をテーブルに取り出すのを手伝っていて、何か足りないことに気が付いた。
「あれ?箸がないかも」
「ええ?箸も借りなければならなかったの?」
 重ねた器を持つレベッカの手が震えた。
 ロゼリアは器類には当然箸も含めていたのだった。
「どうしましょう。いまから城で借りてこなくては」
 レベッカが走り出そうとする。
 ラシャールはレベッカの手を掴んだ。

「箸になりそうなものが近くにありそうだから、すぐに準備できる。落ち着け」
「でも、もう焼き始めようというのに、間に合わないわ!」
「レベッカ、大丈夫だよ」

 ラシャールは半泣きのレベッカの肩を叩き、つるし終えたハンモックで焼けるまで昼寝でもと悠長に構えていたアリシャンに声をかけ、連れだって森へ消える。カンカンと何かを叩く音がしたかと思うと、彼らは竹を引きづりながら戻ってくる。
 青竹を適度な長さに切ると、縦にして上からナイフでトントンと刃を押し込み、割くようにして箸をつくっていく。

「面白そうだな、俺もしたい」

 フィンがいい、アリシャンとラシャールの横に並んでトントンと叩き始めたので、人数分以上の箸が出来上がった。
 箸が終わると、残りの竹で節が底になるようにカップも作っていく。
細かなハプニングがあれども、それも込みで自分たちで作り上げるイベントである。
 片付け組も、早めに到着し手伝えるところに入っていく。

 おめかしをしたE国とC国の姫が、泉のほとりに到着した時には、すべての準備が完了し、バーベキュー会場はすっかり出来上がっていたのである。




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