男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
115、対岸の滝
つつがなくイベントは進んでいる。
二つある鉄板の向こう側とこちら側で会話が飛び交う。女子よりも男子の方が何を鉄板に乗せて焼くのか仕切りたがっているようだ。
ロゼリアは簡易な椅子に腰を下ろし、美味しそうな音と匂いを立たせながら焼かれて竹の箸でつままれ、胃袋に収まっていく様子を見ていた。
E国とC国の姫はジルコンの左右に座る。
二人はロゼリアの目の前で、しきりにジルコンの気を引こうとしていた。
ロゼリアは二人の姫に話しかけ、話題を振る。
つまらなそうな返事を返されても笑顔で対応し、話をふくらまし、今度はジルコンに振る。
ジルコンの態度は徹頭徹尾、素っ気ない。
ジルコンの二人の姫に対する態度と、自分に対する態度にはたしてどれぐらいの違いがあるのだろうかと疑問がよぎった。
ロゼリアの隣のロレットはその隣のバルトと話が盛り上がっているようだし、いまさら何の話をしているのと聞くのも申し訳ないと思う。
そのうちに油がはねはじめた。よそ行きの服に飛び姫たちが体をのけぞらして悲鳴を上げたタイミングでイリスが服が汚れない特別席がありますよ、と連れて行きジルコンから二人を引きはがすことに成功する。
イリスは、もっとしっかりしなさい、とロゼリアに目配せをする。
ジルコンの空いた両側の席は、戻ってきたイリスと、別の現役のメンバー女子が確保する。
ロゼリアは次第に暗澹たる気持ちになってきた。
ララのイベントでキスまで進みなさい、という課題は到底達成できそうにない。
隣のロレットは、始終バルトの方に顔を向けている。
バルトと会話が盛り上がっているようだし、レベッカはもうひとつの鉄板でラシャールの隣に座っていた。レベッカの狙いはラシャールなのだ。
レオとの結婚はないといっていたレベッカは、レオの隣に座ってはいるが、顔は隣のラディアと和気あいあいと話している。その隣はジュリアとウォラスである。他にも、楽しそうにカップルができているようである。
黒こげになってしまう前に確保していた輪切りのトウモロコシをロゼリアは掴んだ。
みんなうまくやっているようだった。
「姫……」
ロゼリアは顔を上げた。
ジルコンの青い目がロゼリアの口元をじっと見ていた。
秀麗な顔がより、その手がおいでと誘うように伸びてきた。
引き寄せられるようにロゼリアも顔を寄せた。
ジルコンの、突き抜ける空のように深い青に目を奪われた。
ジルコンの指先は、ロゼリアの口元のトウモロコシの欠片をつまんでいた。
それをロゼリアの唇に押し付けるので、思わず指ごとなめとった。
ジルコンの眼は一瞬驚き、緩んだ。
「トウモロコシを女子はそうやってがつがつと食べたりしないもんじゃないのか?豪快な食べっぷりで俺もかぶりつきたくなった」
ジルコンはははっと笑い、また背中を後ろの簡易な椅子の背にもたせ掛けた。
ロゼリアも気が抜けたように座り直した。
心臓がどきどきと鳴っている。
たった一瞬、ジルコンの興味が自分に向き、眼が合い、触れ合いだけで、先ほどまでのなんともいえない無情感に似た倦怠感は、どこかに吹き飛んでいた。
それからどんな会話をしたのかロゼリアは覚えていない。
焼くものがなくなる頃、アメリア妃からとっておきの差し入れが届く。
極寒の時期にここではない森林の奥の泉から切り出させ、温度管理を徹底的に行き届かせた氷の室に寝かせていた清浄な氷である。ご丁寧にも、氷おろし器と様々なフルーツ、甘い蜜なども用意してくれていた。
鉄板の熱と夏の日差しに炙られるように汗が噴き出していた若者たちは、王妃の清涼感を届ける心遣いに一斉に歓声を上げた。
ロレットがころころと笑う。
「ロゼリアさま。アメリアさまに話を通しておいてよかったですね!」
「本当に、その通りだね」
「大成功ですわ!」
後片付け組が片付け始める。
イリスはカードを持ってきていたし、ボールを持ってきているものもいる。
ハンモックに横になりながら竹の器に盛ったフルーツかき氷を堪能している者もいる。
ロゼリアのバーベキューイベントはここまでで、あとは自由時間だった。
あとは片付け組に任せて、ロゼリアはサンダルを脱いで泉の水に足を浸した。
泉は陽光を照り返し、眩しいぐらいである。
小さな魚が銀色に輝きながら跳ねた。
緑豊かな森が広がる対岸には、灰色の岩肌をまだらに見せる小山に、段々と折れ曲がる真白な瀑布が見えた。
耳を澄ませば、泉を叩く滝の音が小さく聞こえてくる。
「まさか、ここでみんなでイベントをするとは思わなかったよ」
独りでたたずむロゼリアに上から声をかけたのはジルコンである。
ロゼリアは返事に詰まった。
二つある鉄板の向こう側とこちら側で会話が飛び交う。女子よりも男子の方が何を鉄板に乗せて焼くのか仕切りたがっているようだ。
ロゼリアは簡易な椅子に腰を下ろし、美味しそうな音と匂いを立たせながら焼かれて竹の箸でつままれ、胃袋に収まっていく様子を見ていた。
E国とC国の姫はジルコンの左右に座る。
二人はロゼリアの目の前で、しきりにジルコンの気を引こうとしていた。
ロゼリアは二人の姫に話しかけ、話題を振る。
つまらなそうな返事を返されても笑顔で対応し、話をふくらまし、今度はジルコンに振る。
ジルコンの態度は徹頭徹尾、素っ気ない。
ジルコンの二人の姫に対する態度と、自分に対する態度にはたしてどれぐらいの違いがあるのだろうかと疑問がよぎった。
ロゼリアの隣のロレットはその隣のバルトと話が盛り上がっているようだし、いまさら何の話をしているのと聞くのも申し訳ないと思う。
そのうちに油がはねはじめた。よそ行きの服に飛び姫たちが体をのけぞらして悲鳴を上げたタイミングでイリスが服が汚れない特別席がありますよ、と連れて行きジルコンから二人を引きはがすことに成功する。
イリスは、もっとしっかりしなさい、とロゼリアに目配せをする。
ジルコンの空いた両側の席は、戻ってきたイリスと、別の現役のメンバー女子が確保する。
ロゼリアは次第に暗澹たる気持ちになってきた。
ララのイベントでキスまで進みなさい、という課題は到底達成できそうにない。
隣のロレットは、始終バルトの方に顔を向けている。
バルトと会話が盛り上がっているようだし、レベッカはもうひとつの鉄板でラシャールの隣に座っていた。レベッカの狙いはラシャールなのだ。
レオとの結婚はないといっていたレベッカは、レオの隣に座ってはいるが、顔は隣のラディアと和気あいあいと話している。その隣はジュリアとウォラスである。他にも、楽しそうにカップルができているようである。
黒こげになってしまう前に確保していた輪切りのトウモロコシをロゼリアは掴んだ。
みんなうまくやっているようだった。
「姫……」
ロゼリアは顔を上げた。
ジルコンの青い目がロゼリアの口元をじっと見ていた。
秀麗な顔がより、その手がおいでと誘うように伸びてきた。
引き寄せられるようにロゼリアも顔を寄せた。
ジルコンの、突き抜ける空のように深い青に目を奪われた。
ジルコンの指先は、ロゼリアの口元のトウモロコシの欠片をつまんでいた。
それをロゼリアの唇に押し付けるので、思わず指ごとなめとった。
ジルコンの眼は一瞬驚き、緩んだ。
「トウモロコシを女子はそうやってがつがつと食べたりしないもんじゃないのか?豪快な食べっぷりで俺もかぶりつきたくなった」
ジルコンはははっと笑い、また背中を後ろの簡易な椅子の背にもたせ掛けた。
ロゼリアも気が抜けたように座り直した。
心臓がどきどきと鳴っている。
たった一瞬、ジルコンの興味が自分に向き、眼が合い、触れ合いだけで、先ほどまでのなんともいえない無情感に似た倦怠感は、どこかに吹き飛んでいた。
それからどんな会話をしたのかロゼリアは覚えていない。
焼くものがなくなる頃、アメリア妃からとっておきの差し入れが届く。
極寒の時期にここではない森林の奥の泉から切り出させ、温度管理を徹底的に行き届かせた氷の室に寝かせていた清浄な氷である。ご丁寧にも、氷おろし器と様々なフルーツ、甘い蜜なども用意してくれていた。
鉄板の熱と夏の日差しに炙られるように汗が噴き出していた若者たちは、王妃の清涼感を届ける心遣いに一斉に歓声を上げた。
ロレットがころころと笑う。
「ロゼリアさま。アメリアさまに話を通しておいてよかったですね!」
「本当に、その通りだね」
「大成功ですわ!」
後片付け組が片付け始める。
イリスはカードを持ってきていたし、ボールを持ってきているものもいる。
ハンモックに横になりながら竹の器に盛ったフルーツかき氷を堪能している者もいる。
ロゼリアのバーベキューイベントはここまでで、あとは自由時間だった。
あとは片付け組に任せて、ロゼリアはサンダルを脱いで泉の水に足を浸した。
泉は陽光を照り返し、眩しいぐらいである。
小さな魚が銀色に輝きながら跳ねた。
緑豊かな森が広がる対岸には、灰色の岩肌をまだらに見せる小山に、段々と折れ曲がる真白な瀑布が見えた。
耳を澄ませば、泉を叩く滝の音が小さく聞こえてくる。
「まさか、ここでみんなでイベントをするとは思わなかったよ」
独りでたたずむロゼリアに上から声をかけたのはジルコンである。
ロゼリアは返事に詰まった。