男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
バーベキューイベントをした泉へララは向かっている。
途中、空の籠を背負う男たちとすれ違った。
ところどころに槍をもった護衛も守る。
彼らはロゼリアの一行に道を空け、うやうやしく頭を下げた。
最後尾の一人が通り過ぎるまで彼らは頭を上げることはなかった。
やがて目前に泉が現れる。きらきら輝く水面を横目に見ながら、陸路を行く。
泉の水は半分ほどの大きさになっていた。水底が地表に現れてあちこちに朽ちた樹木が見えた。
干からびた魚の姿もある。
どんなことがあっても森の泉は枯れることがないと思い込んでいたロゼリアははじめて水を失う恐怖を覚えた。
以前は対岸から水音高く、水しぶきに白くけぶってみえた岩場の滝は、ただの岩場にしか見えない。
目的地はあの泳いで上がった岩場の滝だった。
滝が落ちていた岩場は、水際から随分遠いところにある。
それだけ泉の水が枯れたということだった。
そのひらけた滝の前に、即席の舞台ができていた。
滝を大きく囲むように石の輪が作られている。
石で囲まれた舞台は綺麗に掃き清められ、三つの柱を組んだ低めのかがり火が取り囲むように用意されていた。
大量のかがり火用の薪が積まれていた。
滝の前の舞台は、白と青い衣の人たちで埋め尽くされていた。
無言できたロゼリアたちと違ってざわめいている。
男は浅葱色、女は白の衣裳ではあるが、フォルス王の王騎士、ジルコンの黒騎士、王妃の侍女たちであった。
それに、足の間に太鼓を挟み込んだり、横笛を手にしている楽団たち。
たくさんの鈴をつけた腕輪のようなものを持っている者もいる。
舞台を白い煙幕で囲おうと準備を続ける者たちもいる。
ジルコンの姿を探して、ロゼリアは父と視線があった。
父とその騎士たちは、いつものアデールの略装で、申し訳ない程度に青のショールを肩にかけている。
父は甘い顔をさらに破顔させ、ロゼリアを抱きしめた。
「ロゼリア!アデールにいるときには噂を聞いて心配していたが、ジルコン殿がお前を指名したと聞いて、心底安心した」
「わたしは大層なことになっていて驚いているわ。雨乞い祈願があることをお父さまはわかっていたの?」
「あるだろうなとは思っていた。わたしの出る幕はないとは思うが……」
そう話しているうちにも、フォルス王の王騎士や王妃の侍女たちがロゼリアに深々と頭を下げる。
ジュリアたちにも感じたことであるが、居心地が悪い。
「一体、この下にも置かれない扱いはどういうことなの?」
ベルゼは片眉を上げる。
「だから、ジルコンが、お前を選んだということだよ」
「この儀式の妻役ということでしょ。一応婚約者だから」
「何をとぼけたことを言っている?王と儀式を行う相手役は、王の分身、その心を分けた唯一無二の者。自分と同等、それ以上に大事に想えるものでなければならないという約束事がある。舞台の二人に心が通いあわなければ精霊の心を動かすことができない。つまり、」
「つまり?」
「ロゼリアをジルコンは心を分けた者、自分より大事なものだと認めたということだよ。いい加減な相手を選んでは精霊は我らの願いをきいてくれない」
「まさか、ただの儀式でしょう?」
「そして、この場にエール王の妻役、王妃の代役としているということは、今のお前は、彼らにとっては王妃も同然だということだ」
ロゼリアはようやく、自分が引き受けた役目がどういうものが理解する。
ジルコンは、本当にそのことを理解したうえで、自分を儀式の代役に選んだのか。
ジルコンは枯れた滝の傍に立っていた。
彼も誰かを探している。二人は同時に互いに気が付いた。
ジルコンが安堵したのがわかる。
「ほら、王の代役にあってこい。舞台が整うのももうじきだ」
「お父さまは?」
「わたしは、立ち合い人というか、部外者の見学者というか。この雨乞い祈願を見守ることになる。たまに太鼓を叩いたりするよ」
「どうしてお父さまが?」
なぜ父がここにいるのか不思議だった。
見た限り、ベルゼ王以外に立会人や見物人はいない。
みんな役割を持ってこの場にいる。
「わたしが、アメリアとフォルスの友人だからだ。50年に一度の旱魃には儀式は本気で取り掛からなければならない」
なんとなく釈然としないものをロゼリアは感じた。
「天文庁は一週間で雨が降ると言っていたわ」
「記録と分析と未来の予想の話か?それは過去のデータであって、本当のところはわからない。三日で降るかもしれないし、20日後かもしれない。一週間で降っても大地を潤すにはとうてい足りないものかもしれない。そうなれば、大変なことになる」
「これに意味があるとは思えないわ」
「……お前はそう思っているのか?」
父王の口ぶりは、援助の申し出というよりもむしろ、この儀式に参加するためにはるばる馬を走らせたように聞こえる。そして精霊を信じているようにも思えた。
「人知を超えた現象の前には、我らができることは神頼みをするしかないんだよ」
ロゼリアは父王に背中を押された。
途中、空の籠を背負う男たちとすれ違った。
ところどころに槍をもった護衛も守る。
彼らはロゼリアの一行に道を空け、うやうやしく頭を下げた。
最後尾の一人が通り過ぎるまで彼らは頭を上げることはなかった。
やがて目前に泉が現れる。きらきら輝く水面を横目に見ながら、陸路を行く。
泉の水は半分ほどの大きさになっていた。水底が地表に現れてあちこちに朽ちた樹木が見えた。
干からびた魚の姿もある。
どんなことがあっても森の泉は枯れることがないと思い込んでいたロゼリアははじめて水を失う恐怖を覚えた。
以前は対岸から水音高く、水しぶきに白くけぶってみえた岩場の滝は、ただの岩場にしか見えない。
目的地はあの泳いで上がった岩場の滝だった。
滝が落ちていた岩場は、水際から随分遠いところにある。
それだけ泉の水が枯れたということだった。
そのひらけた滝の前に、即席の舞台ができていた。
滝を大きく囲むように石の輪が作られている。
石で囲まれた舞台は綺麗に掃き清められ、三つの柱を組んだ低めのかがり火が取り囲むように用意されていた。
大量のかがり火用の薪が積まれていた。
滝の前の舞台は、白と青い衣の人たちで埋め尽くされていた。
無言できたロゼリアたちと違ってざわめいている。
男は浅葱色、女は白の衣裳ではあるが、フォルス王の王騎士、ジルコンの黒騎士、王妃の侍女たちであった。
それに、足の間に太鼓を挟み込んだり、横笛を手にしている楽団たち。
たくさんの鈴をつけた腕輪のようなものを持っている者もいる。
舞台を白い煙幕で囲おうと準備を続ける者たちもいる。
ジルコンの姿を探して、ロゼリアは父と視線があった。
父とその騎士たちは、いつものアデールの略装で、申し訳ない程度に青のショールを肩にかけている。
父は甘い顔をさらに破顔させ、ロゼリアを抱きしめた。
「ロゼリア!アデールにいるときには噂を聞いて心配していたが、ジルコン殿がお前を指名したと聞いて、心底安心した」
「わたしは大層なことになっていて驚いているわ。雨乞い祈願があることをお父さまはわかっていたの?」
「あるだろうなとは思っていた。わたしの出る幕はないとは思うが……」
そう話しているうちにも、フォルス王の王騎士や王妃の侍女たちがロゼリアに深々と頭を下げる。
ジュリアたちにも感じたことであるが、居心地が悪い。
「一体、この下にも置かれない扱いはどういうことなの?」
ベルゼは片眉を上げる。
「だから、ジルコンが、お前を選んだということだよ」
「この儀式の妻役ということでしょ。一応婚約者だから」
「何をとぼけたことを言っている?王と儀式を行う相手役は、王の分身、その心を分けた唯一無二の者。自分と同等、それ以上に大事に想えるものでなければならないという約束事がある。舞台の二人に心が通いあわなければ精霊の心を動かすことができない。つまり、」
「つまり?」
「ロゼリアをジルコンは心を分けた者、自分より大事なものだと認めたということだよ。いい加減な相手を選んでは精霊は我らの願いをきいてくれない」
「まさか、ただの儀式でしょう?」
「そして、この場にエール王の妻役、王妃の代役としているということは、今のお前は、彼らにとっては王妃も同然だということだ」
ロゼリアはようやく、自分が引き受けた役目がどういうものが理解する。
ジルコンは、本当にそのことを理解したうえで、自分を儀式の代役に選んだのか。
ジルコンは枯れた滝の傍に立っていた。
彼も誰かを探している。二人は同時に互いに気が付いた。
ジルコンが安堵したのがわかる。
「ほら、王の代役にあってこい。舞台が整うのももうじきだ」
「お父さまは?」
「わたしは、立ち合い人というか、部外者の見学者というか。この雨乞い祈願を見守ることになる。たまに太鼓を叩いたりするよ」
「どうしてお父さまが?」
なぜ父がここにいるのか不思議だった。
見た限り、ベルゼ王以外に立会人や見物人はいない。
みんな役割を持ってこの場にいる。
「わたしが、アメリアとフォルスの友人だからだ。50年に一度の旱魃には儀式は本気で取り掛からなければならない」
なんとなく釈然としないものをロゼリアは感じた。
「天文庁は一週間で雨が降ると言っていたわ」
「記録と分析と未来の予想の話か?それは過去のデータであって、本当のところはわからない。三日で降るかもしれないし、20日後かもしれない。一週間で降っても大地を潤すにはとうてい足りないものかもしれない。そうなれば、大変なことになる」
「これに意味があるとは思えないわ」
「……お前はそう思っているのか?」
父王の口ぶりは、援助の申し出というよりもむしろ、この儀式に参加するためにはるばる馬を走らせたように聞こえる。そして精霊を信じているようにも思えた。
「人知を超えた現象の前には、我らができることは神頼みをするしかないんだよ」
ロゼリアは父王に背中を押された。