男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
125、雨乞い祈願 ④
「剣を握ったことがあるのか?手合わせっていっても……」
ジルコンは気乗りがしない顔をしている。
「その服では剣舞は無理ですわ。お着換えをなさいましょう」
そこに声をかけたのはジュリア。
ロゼリアのおつきの役の10人の娘の一人がロゼリアの手の中から抜き身の剣を取り上げた。
ロゼリアは舞台から降ろされて控えのテントへ連れられる。
そのテントの中はベッドはなく、いつの間に準備したのか、ロゼリアの衣裳タンスの中にあったものの一部が運ばれている。加えて白いシルクのショールや羽のように軽そうな布も十分に準備されていた。
ジュリアたちの手によって、着ていた胸を合わせるだけの衣裳ははぎ取られた。体を拭かれ、男装に使っていたピタリとしたズボンや革のカチリとした靴、騎士のような細身のジャケットに軽い武具を装着される。
「剣舞をなさるのでしたらそれなりの恰好でないといけません。他の踊りに変わるのでしたら、また衣装替えをいたします。その時にはお手伝いいたしますので。剣舞ように母はいろいろ用意しておりました」
ジュリアはいう。
「ロズは剣舞、できましたっけ?」
そういったのはベラである。
胆を据えたようなジュリアと違って、ロレットとベラは心配顔でありながら、ロゼリアの髪をとかし顔に粉をはたき美しくみえるように整えてくれる。
「大丈夫。16の年までアンジュができることは全てわたしもできたのだから」
「それってどういうことなの?」
かがんで靴を用意していたイリスが聞き直した。
ロゼリアは返事を返さない。
今言わなくてもこの後全てが明らかになるだろうから。
ジュリアは、細めの白い布を腰帯の代わりにする。
身体の一部に妻役の白が必要なのだ。
テントを出ると、入りきらなかった他の娘たちがロゼリアを待っていた。
ひとりが鞘ごと剣を渡す。部屋のベッドの下においていたディーンの剣だった。
こんなものまで見つけて持ってくるとはロゼリアは思わなかった。
「全て、必要でしょうとララさまが準備をしてくださっておりました。アンジュさまは普段召されていた服をおいていかれていたのですね」
ロゼリアの驚きをみて、ジュリアが言葉を添える。
舞台袖には、既にジルコンも動ける服に着替えていてロゼリアを待っていた。
ただその衣装は黒金ではなくて、浅葱色に金の刺繍のジャケットであるが。
ジルコンはロゼリアの勇ましく整えた姿に、軽く眉を寄せている。
「それは、アンの服か?」
「わたしのよ」
「見たことがあるような気がする」
ジルコンはロゼリアの手を取り舞台中央に出た。
「この世界に満ち満ちる精霊たちよ!行けとし生けるものの全ての力の源よ。重く厚い雨雲をもたらしておくれ!稲妻をよび、ひび割れた大地に実りの雷雨を落としておくれ!かしこみ、かしこみ申す!」
「かしこみ、かしこみ申す!」
ジルコンの口上に、舞台に座る者たちが唱和する。
太鼓が叩かれた。
祈祷の舞台は再開されたのである。
ロゼリアは抜刀し、ジルコンもため息をつきながらも腰の剣を抜いた。
宣言したとおり、初めは軽く手合わせをする。
何度か基本の形を取り打ち合わせると、ジルコンはようやく顔をほころばせた。
「姫が剣術の基礎をマスターしているとは全く知らなかった」
「わたしは男子のように、剣術だけでなくて体術など全般を習っていたの」
「護身用に?子供の頃の数年の間だけ、アンは体が弱かったのでロズが頑張ったと聞いたが」
ジルコンの眼がすがめられた。
ロゼリアからアンの面影を探すような遠い目になる。
「アンの方が線が細かったわ。わたしは元気だけが取り柄だったわ」
ジルコンは余裕の表情である。
日も落ちてからは気温はぐっと涼しくなる。
しばらく続けると、太鼓の音の速度が少し早くなる。
二人は手も足も止めずに言葉を交わす。
「もう少し勝負をするようにやりたいんだけど」
「駄目だ。勝負になれば消耗する。俺たちは体力を温存しなければならない。長丁場だから、剣舞らしく、ランダムではなくて形を決めていかないか?上下で右回転し右左を打つ。舞台右周り一周、上下で左回転し左右を打つ。舞台左周り1周、この繰り返しでとりあえずどうだ?」
「わかった」
太鼓の音が早くなった分だけ、身体の運びも早くなる。
打ち合わせる剣の音が太鼓のリズムと重なる。
同じことの繰り返しはまるで時間の感覚を失いそうになる瞑想のようだった。二人は近づき、刃を鳴らし、また離れていく。
ジルコンの目元はずっとほころんでいる。
「いわなければならないことっていうのはなんだ?」
「わたしはロゼリアだということ」
「それはそうだろう?このように男装して剣を手にしても、ロゼリアはロゼリアだろう」
「わたしはアンジュにもなれたわ」
ジルコンとロゼリアは離れると先ほどとは逆の左回りで回る。
その間中、ずっとジルコンはロゼリアから目を離さない。
ジルコンは気乗りがしない顔をしている。
「その服では剣舞は無理ですわ。お着換えをなさいましょう」
そこに声をかけたのはジュリア。
ロゼリアのおつきの役の10人の娘の一人がロゼリアの手の中から抜き身の剣を取り上げた。
ロゼリアは舞台から降ろされて控えのテントへ連れられる。
そのテントの中はベッドはなく、いつの間に準備したのか、ロゼリアの衣裳タンスの中にあったものの一部が運ばれている。加えて白いシルクのショールや羽のように軽そうな布も十分に準備されていた。
ジュリアたちの手によって、着ていた胸を合わせるだけの衣裳ははぎ取られた。体を拭かれ、男装に使っていたピタリとしたズボンや革のカチリとした靴、騎士のような細身のジャケットに軽い武具を装着される。
「剣舞をなさるのでしたらそれなりの恰好でないといけません。他の踊りに変わるのでしたら、また衣装替えをいたします。その時にはお手伝いいたしますので。剣舞ように母はいろいろ用意しておりました」
ジュリアはいう。
「ロズは剣舞、できましたっけ?」
そういったのはベラである。
胆を据えたようなジュリアと違って、ロレットとベラは心配顔でありながら、ロゼリアの髪をとかし顔に粉をはたき美しくみえるように整えてくれる。
「大丈夫。16の年までアンジュができることは全てわたしもできたのだから」
「それってどういうことなの?」
かがんで靴を用意していたイリスが聞き直した。
ロゼリアは返事を返さない。
今言わなくてもこの後全てが明らかになるだろうから。
ジュリアは、細めの白い布を腰帯の代わりにする。
身体の一部に妻役の白が必要なのだ。
テントを出ると、入りきらなかった他の娘たちがロゼリアを待っていた。
ひとりが鞘ごと剣を渡す。部屋のベッドの下においていたディーンの剣だった。
こんなものまで見つけて持ってくるとはロゼリアは思わなかった。
「全て、必要でしょうとララさまが準備をしてくださっておりました。アンジュさまは普段召されていた服をおいていかれていたのですね」
ロゼリアの驚きをみて、ジュリアが言葉を添える。
舞台袖には、既にジルコンも動ける服に着替えていてロゼリアを待っていた。
ただその衣装は黒金ではなくて、浅葱色に金の刺繍のジャケットであるが。
ジルコンはロゼリアの勇ましく整えた姿に、軽く眉を寄せている。
「それは、アンの服か?」
「わたしのよ」
「見たことがあるような気がする」
ジルコンはロゼリアの手を取り舞台中央に出た。
「この世界に満ち満ちる精霊たちよ!行けとし生けるものの全ての力の源よ。重く厚い雨雲をもたらしておくれ!稲妻をよび、ひび割れた大地に実りの雷雨を落としておくれ!かしこみ、かしこみ申す!」
「かしこみ、かしこみ申す!」
ジルコンの口上に、舞台に座る者たちが唱和する。
太鼓が叩かれた。
祈祷の舞台は再開されたのである。
ロゼリアは抜刀し、ジルコンもため息をつきながらも腰の剣を抜いた。
宣言したとおり、初めは軽く手合わせをする。
何度か基本の形を取り打ち合わせると、ジルコンはようやく顔をほころばせた。
「姫が剣術の基礎をマスターしているとは全く知らなかった」
「わたしは男子のように、剣術だけでなくて体術など全般を習っていたの」
「護身用に?子供の頃の数年の間だけ、アンは体が弱かったのでロズが頑張ったと聞いたが」
ジルコンの眼がすがめられた。
ロゼリアからアンの面影を探すような遠い目になる。
「アンの方が線が細かったわ。わたしは元気だけが取り柄だったわ」
ジルコンは余裕の表情である。
日も落ちてからは気温はぐっと涼しくなる。
しばらく続けると、太鼓の音の速度が少し早くなる。
二人は手も足も止めずに言葉を交わす。
「もう少し勝負をするようにやりたいんだけど」
「駄目だ。勝負になれば消耗する。俺たちは体力を温存しなければならない。長丁場だから、剣舞らしく、ランダムではなくて形を決めていかないか?上下で右回転し右左を打つ。舞台右周り一周、上下で左回転し左右を打つ。舞台左周り1周、この繰り返しでとりあえずどうだ?」
「わかった」
太鼓の音が早くなった分だけ、身体の運びも早くなる。
打ち合わせる剣の音が太鼓のリズムと重なる。
同じことの繰り返しはまるで時間の感覚を失いそうになる瞑想のようだった。二人は近づき、刃を鳴らし、また離れていく。
ジルコンの目元はずっとほころんでいる。
「いわなければならないことっていうのはなんだ?」
「わたしはロゼリアだということ」
「それはそうだろう?このように男装して剣を手にしても、ロゼリアはロゼリアだろう」
「わたしはアンジュにもなれたわ」
ジルコンとロゼリアは離れると先ほどとは逆の左回りで回る。
その間中、ずっとジルコンはロゼリアから目を離さない。