男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
127、雨乞い祈祷 ⑥
身体を拭き水を飲む。着替えは速やかに行われた。
「まるでりりしい男性のように見えました」
そう言ったのはロレットである。ベラも大きくうなずいた。
「剣を握ったことがあるとは思いもしませんでした。双子というのは本当によく似ているのですね。アンと一緒にしていた朝練を思い出しましたよ!」
ロレットはアンが部屋に籠っている時にスクールに参加した。その後ロゼリアはロゼリアに戻ったので、ロレットはアンの姿をみたことがない。
「先ほどおっしゃっていた16の時までアンジュさまができることができたというのは、剣も体術もだったのですか。姫さまのお生まれなのに……?」
イリスである。
ジルコンとの会話は立ち合いの者たちには聞こえていなかった。
ロゼリアは彼女たちに声高に己の秘密を言うつもりはないが、気づいたのならそれでもいいとは思う。
準備が整い、舞台へ向かう。
膝丈のすっきりとしたワンピースに着替えたロゼリアに、ジルコンは眉を寄せる。
アンとしてみたのか、ロゼリアとしてみたのか、ロゼリアにはわからない。
それでもジルコンは手を差し伸べ、ロゼリアはその手を取り舞台の中央へ進み入る。
ジルコンには神事を続ける義務がある。
ロゼリアはジルコンの黒騎士たちから突き刺すような視線を感じた。とりわけアヤの細い目は普段の何倍も見開かれロゼリアに貼り付いた。
共に過ごしたことのある彼らの視線はロゼリアをいたたまれなくする。
今度はゆったりとした笛の音から始まる。
先ほどのはこれから始まる試練の前座のようなものだっと、ロゼリアは思い知ることになる。
二人はリズムにあわせてゆっくりと舞台を回る。
二人の足運びは完璧である。
距離を空けたよそよそしいホールド。
ジルコンの視線がロゼリアに向けられることはない。
無言の怒りと非難をロゼリアは感じた。
ロゼリアは言い訳をしなければならない気持ちにかられた。
でも言い訳の言葉を形にすることはできなかった。
王子のふりをするしか選択肢がなかったと言い訳できるのならば、どれほど心が軽くなるだろう。
真実は、アデールの森で10年ぶりに再会したジルコンが、世界を見ようと伸ばしたその手を、ロゼリア自身がとりたかったのだ。
深窓の姫君では見えない世界がある。
姫の生活は窮屈で退屈で、その手を取りさえすれば一生に一度もできないぐらいの冒険が待ち受けているような気がした。
アデールの王子として過ごした日々は、過酷な面もあった。
それ以上にわくわくして本当に楽しかった。
アデールの王子になったのは誰でもない己の意志。
ロゼリアは自ら進んで皆を騙した。
ただ最大の誤算があった。
アデールの王子をジルコンは男と疑いもしないで、そして愛した。
婚約破棄までして、アデールの王子への愛を手放したくないと決意するなんて露も思わなかった。
ロゼリアはそれまで、姫に戻ればそのまま結婚するものだと思っていたのだ。
ジルコンの気持ちを弄ぶつもりなんて欠片もなかった。
もしあのとき順当に、兄のアンジュが夏スクールに参加していたら。
夏スクールが終わる頃には、ジルコンは当然のようにアデールに己を花嫁として迎えにきてくれるのだろう。
ロゼリアは世界も知らず、ジルコンに、はにかんだ笑みを浮かべて受け入れ、つつましやかな妻になる。
二人は、当然のようにフォルス王とアメリア妃のように幸せな夫婦となったのだろう。
何周ロゼリアは舞台を回ったのだろう。
腕も足も重い。
松明の炎の揺らぎと、同じ旋律が繰り返され、視界の端に浮かび上がる青と白の人影は、ロゼリアの時間の感覚と現実感を失わせる。
だけど実際は。
そしらぬ顔をして現れ、スクールに途中参加したロゼリアは、ジルコンにとって愛するアンの、双子であるだけの他人に過ぎなかった。
その時一度、ロゼリアはジルコンの人生から完全に締め出された。
ロゼリアの罪の告白は、ジルコンが思い悩んでいたことを嘲笑するかのようなものだ。
ジルコンが許せないのならば、今度こそ本当に、ジルコンの人生から締め出されてしまってもしょうがないではないか。
アンジュとしてもロゼリアとしても、永遠に彼の愛を失ってしまった。
雨乞い祈願の相手役に選ばれたことを後生大事に一生抱え、自分は生きるのだろう。
一度は彼の心を満たす相手だったのだと、ひとり自分で自分をむなしく慰めながら。
ロゼリアはジルコンが何かを言うのを待ち続けた。
だがいつまでまってもジルコンは口を開くことはない。
恨みでも罵倒でも、なんでもいいとさえ思った。
ワルツは好きだった。ジルコンの身体も気持ちも感じることができたから。
でも今は身体に触れているのになにも読み取れない。心は固く閉ざされてしまった。
「まるでりりしい男性のように見えました」
そう言ったのはロレットである。ベラも大きくうなずいた。
「剣を握ったことがあるとは思いもしませんでした。双子というのは本当によく似ているのですね。アンと一緒にしていた朝練を思い出しましたよ!」
ロレットはアンが部屋に籠っている時にスクールに参加した。その後ロゼリアはロゼリアに戻ったので、ロレットはアンの姿をみたことがない。
「先ほどおっしゃっていた16の時までアンジュさまができることができたというのは、剣も体術もだったのですか。姫さまのお生まれなのに……?」
イリスである。
ジルコンとの会話は立ち合いの者たちには聞こえていなかった。
ロゼリアは彼女たちに声高に己の秘密を言うつもりはないが、気づいたのならそれでもいいとは思う。
準備が整い、舞台へ向かう。
膝丈のすっきりとしたワンピースに着替えたロゼリアに、ジルコンは眉を寄せる。
アンとしてみたのか、ロゼリアとしてみたのか、ロゼリアにはわからない。
それでもジルコンは手を差し伸べ、ロゼリアはその手を取り舞台の中央へ進み入る。
ジルコンには神事を続ける義務がある。
ロゼリアはジルコンの黒騎士たちから突き刺すような視線を感じた。とりわけアヤの細い目は普段の何倍も見開かれロゼリアに貼り付いた。
共に過ごしたことのある彼らの視線はロゼリアをいたたまれなくする。
今度はゆったりとした笛の音から始まる。
先ほどのはこれから始まる試練の前座のようなものだっと、ロゼリアは思い知ることになる。
二人はリズムにあわせてゆっくりと舞台を回る。
二人の足運びは完璧である。
距離を空けたよそよそしいホールド。
ジルコンの視線がロゼリアに向けられることはない。
無言の怒りと非難をロゼリアは感じた。
ロゼリアは言い訳をしなければならない気持ちにかられた。
でも言い訳の言葉を形にすることはできなかった。
王子のふりをするしか選択肢がなかったと言い訳できるのならば、どれほど心が軽くなるだろう。
真実は、アデールの森で10年ぶりに再会したジルコンが、世界を見ようと伸ばしたその手を、ロゼリア自身がとりたかったのだ。
深窓の姫君では見えない世界がある。
姫の生活は窮屈で退屈で、その手を取りさえすれば一生に一度もできないぐらいの冒険が待ち受けているような気がした。
アデールの王子として過ごした日々は、過酷な面もあった。
それ以上にわくわくして本当に楽しかった。
アデールの王子になったのは誰でもない己の意志。
ロゼリアは自ら進んで皆を騙した。
ただ最大の誤算があった。
アデールの王子をジルコンは男と疑いもしないで、そして愛した。
婚約破棄までして、アデールの王子への愛を手放したくないと決意するなんて露も思わなかった。
ロゼリアはそれまで、姫に戻ればそのまま結婚するものだと思っていたのだ。
ジルコンの気持ちを弄ぶつもりなんて欠片もなかった。
もしあのとき順当に、兄のアンジュが夏スクールに参加していたら。
夏スクールが終わる頃には、ジルコンは当然のようにアデールに己を花嫁として迎えにきてくれるのだろう。
ロゼリアは世界も知らず、ジルコンに、はにかんだ笑みを浮かべて受け入れ、つつましやかな妻になる。
二人は、当然のようにフォルス王とアメリア妃のように幸せな夫婦となったのだろう。
何周ロゼリアは舞台を回ったのだろう。
腕も足も重い。
松明の炎の揺らぎと、同じ旋律が繰り返され、視界の端に浮かび上がる青と白の人影は、ロゼリアの時間の感覚と現実感を失わせる。
だけど実際は。
そしらぬ顔をして現れ、スクールに途中参加したロゼリアは、ジルコンにとって愛するアンの、双子であるだけの他人に過ぎなかった。
その時一度、ロゼリアはジルコンの人生から完全に締め出された。
ロゼリアの罪の告白は、ジルコンが思い悩んでいたことを嘲笑するかのようなものだ。
ジルコンが許せないのならば、今度こそ本当に、ジルコンの人生から締め出されてしまってもしょうがないではないか。
アンジュとしてもロゼリアとしても、永遠に彼の愛を失ってしまった。
雨乞い祈願の相手役に選ばれたことを後生大事に一生抱え、自分は生きるのだろう。
一度は彼の心を満たす相手だったのだと、ひとり自分で自分をむなしく慰めながら。
ロゼリアはジルコンが何かを言うのを待ち続けた。
だがいつまでまってもジルコンは口を開くことはない。
恨みでも罵倒でも、なんでもいいとさえ思った。
ワルツは好きだった。ジルコンの身体も気持ちも感じることができたから。
でも今は身体に触れているのになにも読み取れない。心は固く閉ざされてしまった。