男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
 父であるフォルス王は、アデールの王子としてエールに来た時からロゼリアの男装を知っていたのではないか。
いまさら知ってもどうしようもないが。

 夜も更けて、ベルゼ王が席を立った。
 最後にベルゼがついだ杯をフォルスは一人傾ける。

 バルコニーへの窓は全開である。
 雨で湿った風がジルコンの頬を抜けていく。
 父の私室からは寮にしている部屋からとは違って、雨にけぶるエールの王都が一望できた。

「なんだ、まだ俺に話したいことがあるのか?精霊に認められたエールの次期王は、何が疑問なんだ?」
「気象庁の気象予報に関する元データの閲覧制限について」

 フォルスは目だけジルコンに向けた。
「気象データを見たいのか。天候に関する事項は王族の権限に属する。いつでもみるがいい。細かすぎる上に、様々な要因が組み合わされ、年によりデータの範囲が違っていたりして素人にはわかりにくいぞ」

「ですから、勉強させてもらおうと思ったのですが、担当官に渋られたので」
「何が知りたい」
「雨は7日間は降らないという根拠。雨は、雨乞い祈願の後、翌朝に降りました。7日を待たずして降ることは、事前に王はわかっておられたのではと」

 わずかな間ののち、フォルスは口の端を引き上げた。
 王は声もなく笑っている。

「データは点でしかない。分析した結果の解釈はいかようにもできる。気象庁は、俺に幅のある可能性を示した。公式発表としては、7日間は日照りが続くとした」
「実際には、神事の翌日に雨が降りましたが」
「考えてみろ。二日後に雨がふると予測したが、降らず、実際に5日目に雨が降った場合と、7日後に雨がふるといって、それよりも早く5日目に雨が降った場合を想像してみろ。同じ5日後雨が降ったとしても、受ける印象はちがう。前者は降ると思っていたが降らなかったので、人々は絶望する。後者の場合だと、予想よりも早くて歓喜する。それに加えて、王家の雨乞い神事を行ったという事実もある。待望の雨は、王家の神事が起こした奇跡だ、というおいしいおまけもつく」
「奇跡」
「やがて神話になる、奇跡だ」

 実際に、大地を潤す雨に作物も家畜も、人々も生き返った。
 フォルス王の言う通り、王家の祈願が奇跡をもたらしたのだと口にしている。
「想定通りということですか」
 フォルス王は立ち上がった。
 バルコニーに向かって歩いていく。

「やがて、人々の安寧と平和は、時に奇跡を起こすエールの王によって守られているという神話となるだろう。王と王妃、次期王のお前とその美しき未来の妻が、祈りを捧げて100年に一度の旱魃から国を救ったんだ。神事はおまけ。いずれお前が引き継ぐ治世のための、俺からのはなむけだと思っておけ」
「……皆をだましたのですか」
 ジルコンの非難をフォルスは鼻で笑った。
「騙してなどいない。解釈の範囲内だと言っただろう」
「翌日降るとわかっていたのに」
「いや、そこまで早くとは思っていなかった。我らの祈りが聞き届けられ、世界に満ち満ちる精霊の力が働いたんだろう」

 そういうフォルス王は目に見えない存在など欠片も信じていないのだ。

「もう一つ。奇跡に、ベルゼ王が抜けているのではないですか」
「ベルゼは、ただのアメリアの代役に過ぎない。俺の代役であるお前とは違う。ベルゼが表立ってみんなの口の端にのぼることはこれからもない」

「……彼とはどういう関係だったのですか?」
「ベルゼが気になるのか?ハンサムだからな」
「義父となる人なので」
「共に行動するには、俺たちは互いに継ぐべきものがあり、どちらも譲歩はできなかった。俺たちの道は分かれる定めであり、俺にもベルゼにも愛する女がいた」
「戦友のようなものですか」
 フォルス王は苦笑する。
「残念ながら戦友とはいえない。彼に背中を任せれば、彼ごと俺も、槍で貫かれて初陣で戦死するだろうな。ベルゼはいまでこそ王の重責を担うが、人を殺めることなどできない優しい男だ。俺は、昔から大事なもののためには力を使うことも厭わない。俺とベルゼは対極だ。俺たちは、お前たちぐらいの年に知り合った。互いを認め合い、互いにないものを相手の中に認め、ひかれ、共にあることで満たされた。それは、アメリアと分けあったのと違う形であったが、真実、心を分け合っていたといえる。雨乞いの祈願のタイミングに訪れたのは、遠くても心が通じ合っているからだといえるだろう」

 父はベルゼ王を愛していたのだと感じた。
 狂王フォルスと呼ばれることもある父は、ベルゼと共にあり続けたのならば、もっと別の名前で呼ばれたかもしれないことも。

「おまえも、アデールの王子を抱いていれば、グダグダ悩むこともなかったのに。憐れだな!」

 最後の言葉は余計なお世話であった。
 ジルコンは一人酒を飲む父を残して、部屋を出たのである。


第12話完


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