男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
第13話 成婚

130、公開告白

「ジルコン殿は毎日扉外まで見舞いに来られていますよ」
 ララは生姜のたっぷり入った薬湯をロゼリアに勧めながら言う。
「入ってきてもらってもいいのに」
 ロゼリアはもう三日も部屋からでていない。
 ジルコンに風邪をうつしたらいけないという表向きの理由である。

「もうひとつ理由があるのですよ。ジルコンさまは、次に会うときにはきっと」
「きっと?」
「ロズさまとジルコンさまはようやくここまできたのですからね!最後まで妥協したらいけません」

 うふふふふ~!と、ララは口元を指先で押さえ、似合わない笑いをする。
 ジルコンと顔を合わせていないとはいえ、友人たちはやってくる。
 ララは、ロゼリアが彼女たちに風邪をうつしても、やつれた顔をみせても構わないらしい。

「わたし、いったん帰国しバルトさまと婚約する運びになりそうです」
 そう告白したのはロレットである。
 あの武骨な巨漢と結婚できるのかと友人たちは驚くが、ロレットがにこにこ笑うところをみると、本人たちには問題がないらしい。
 ロレットも以前、B国は政治的に脆弱だから後ろ盾になりそうな強い国と縁組がしたいと言っていたところなので、計画通りというところである。

「バーベキューの時すごくいい感じだったものね。おめでとう」
 イリスは言う。
「イリスはどうされるのですか」
 そう訊いたのはロレットである。
 いろいろあったけれど、二人はすっかり仲良くなっている。
「あんな、雨乞い祈願を一晩中見せつけられて、わたしなんて割り込む隙間なんてないでしょ。次にあたったわ」
 一晩中とは言いすぎである。
 頭からつっぷして爆睡していたのはイリスだった。

「わたしは、父の勧める財務の重鎮の、後妻になることになるわ。妻を亡くして10年なんですって。20歳差よ。以前、王宮のパーティに出席した時に、紹介されていて。彼よりも条件がよくて若い男が良かったんだけど、ジルコン王子はロゼリアのものだから、しょうがないわ。だけど結婚のための準備は半年はたっぷりとって、友人たちを全員集めて豪勢に散財させて、誰もがうらやむ華やかな式をあげるんだから!」

 イリスの言ったお相手の名前は、何度か夏講座の講師もしたことのある知的な男である。それには全員が驚いた。
 夏スクールで顔を合わせることになって、次第に距離が縮まっていたようである。
 つやつやの唇をした勝気なイリスが、落ち着いた男性と腕を組んでいる姿を思い浮かべるのは難しい。
 だが、持ち前のパワフルさでイリスがぐいぐいと振り回しそうであり、それを困った顔をしながら人生経験豊富な旦那が許し、なんやかんやありながらも溺愛される、という構図が見えそうである。

「ベラはどうするのよ。レオとはどうなっているの」
 イリスはベラにふる。
 ベラは極端に口数が少なくなっている。
 そう言えば結婚の話題になれば、最近はずっとこんな感じである。

「レオとは無理だといわなかったかしら。わたしは、エリン国の末っ子とはいえ姫だから。森と平野の国々のどこかの国の王子、いいえ王子でなくても誰でもいいんだけど、なら嫁ぐ相手として考えられる。でも、どんなに気があっても、一緒にいて楽しくても、草原の国で生活するなんて絶対に無理だと思う。わたしは生きていけない。馬だってうまく乗れない。すぐにお尻も痛くなるから。だから、結婚相手は、国に帰って、条件的によい人を紹介してもらうことになると思う。それこそ年齢も幅広く。わたしでもいいという人なら」
 ロゼリアたちは顔を見合わせた。
 気まずい空気が流れる。

「ねえ、窓を閉じているのはどうして?ちょうど雨も止んでいるから空気の入れ替えをしましょう」
「あ、待って……」

 ベッドの上のロゼリアが止めるまもなくベラはバルコニーへの窓を開けた。
 窓を開けなかったのは、以前そこから下の階のラシャールが上がってきたからだ。
 あの時プロポーズされて、ロゼリアは即断った。
 だが、ラシャールは即答しないで一週間後に返事を聞かせて欲しいといった。
 ラシャールたちは帰国の準備をしている。いつ帰ってもおかしくない。
 だからいつ返事を聞きにバルコニーに上がってくるかもしれないから、窓を閉めていたのだ。
 ロゼリアはもう、ラシャールを部屋に入れるつもりはなかった。

「みんなともお別れかあ……、ここでお茶会したのも数えきれないほどよね」
 足元が濡れるのにも構わず、ベラはその足でバルコニーに出る。
 ベラは森と、エールの王都と、下の階をみるとはなしに見た。
 その時、大きな声でベラを呼ぶ者がいた。
 部屋の中にいるロゼリアたちにもはっきりと聞こえた。

「ベラ!俺は明日の朝、パジャンのみんなとともにエールを出立することにした!だからどうかその前に会って欲しい!俺の気持ちを伝えさせてほしい!」
「レオ!?」

 レオは二階でも随分遠い部屋だったはずだ。
 ベラは首を左に曲げて、桟から身を乗り出している。
 ロレットとイリスも慌ててベラを追ってバルコニーにでて、レオを探した。
 眼鏡が体からの蒸気でまだらに曇っている。

「いいえ!わたしはパジャンにはいけないわ!あなたとの未来はないわ!」
 負けじとベラは大声で叫び返した。
 レオはベラの拒絶に唇をかみしめるが、大きく息を吸った。
「ベラ!君のことが好きだ!大好きだ!世界で一番好きだ!だから、今夜あなたをさらいにいく!バルコニーの鍵を開けておいてくれ!お願いだから!」


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