男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
 掴まれた時と同様に、すぐにジルコンの手から力が抜け落ちる。
 ジルコンは、今はじめてみたかのように目を見開きベッドのロゼリアに青い目を向けた。
 怒りに我を失っていたジルコンから怒りの結び目がほどけ始める。

 ようやくロゼリアは、ジルコンが黒金の制服のなかでも一番豪奢な衣裳を着ていることに気が付いた。刺繍は重く金は鮮やか、袖の先まで金の模様がある。
 ロゼリアは、確認しなければならないことがあることに気が付いた。

「……真夜中にどうして盛装してバルコニーからわたしの部屋に来たの?」
「あなたに伝えたいことがあったから」
「第一盛装をしてまでして?」

 ジルコンの喉仏が上下に動いた。
 ロゼリアの胸に触れる手を引くか引くまいか迷い、手をそのままにしてベッドに片膝をつき、正面から向き合った。

「あなたの父上に正式に赦しを得た。ララはあなたの調子が悪いと絶対に会わせてくれない。明日まで待っていられなかった。俺にはバルコニーから侵入することしかできなかった。これでは、ラシャールやレオと同様だな。……風邪はもういいのか?」

 突然、ロゼリアの心臓は暴走し始めた。
 ジルコンが何を言おうとしているか察したからだ。
 待ちこがれたアレではないか?
 激しく波打つ胸は、ロゼリアの興奮をジルコンに確実に伝えている。

「要件を、ジルコン」
「俺は今夜、言おうとしてのびのびになってしまったことを言いにきた。ロゼリア・アデール、俺と結婚して欲しい」
「婚約しようではなくって?」
「できるならば今すぐにでも、夫婦の誓いを交わしたいぐらいだ」

 ジルコンは、胸に己の手を押しつけるロゼリアの手を取った。
 その手の甲に口づけする。
 ロゼリアに向けるのは、恐れと期待が入り混じる、極度に緊張した秀麗な顔。

「いいわ」
 ジルコンは眉を寄せ、首を振る。
 ひたとロゼリアの心を覗き込んだ。

「そんなに簡単に答えないでほしい。どうかよく考えてから返事をしてほしい。俺は、ロゼリア・フィオラ・アデールを結婚という鎖で、未来永劫縛り付けたい。あなたの過去、あなたの未来の全てが欲しいんだ。あなたが感じる楽しいことも辛いことも嬉しいことも、そのすべてをあますことなく俺はあなたと共有したい。あなたが、しわしわでかさかさのおばあちゃんになったとしても、俺はあなたを手放すつもりはない。あなたが俺の身体と心の一部のように感じたい。そして、何があっても俺より先に死ぬことは絶対に許すつもりはない」

 ジルコンは一息でいった。
 青い目は不安をロゼリアに伝える。
 そして、ロゼリアが拒絶をしても許してあげられるように、心に一枚膜を張り、どうにか距離を取ろうとする努力。
 一端目を閉じた。
 ロゼリアが己の前から逃れられる猶予を与えるかのように。

「……だから、よく考えて、返事を聞かせてもらえないか?返事はいつまでも待つつもりだ」
「ジルコン・フォレスト・エール、何日考えてもわたしの気持ちは変わらない。もちろんイエスよ!」

 ロゼリアはジルコンの顔を挟み己に向ける。
 伸びあがりジルコンに唇を寄せた。
 引き結ばれていた唇はゆるんだ。
 ジルコンの己を縛る、最後の抑制が外れた。
 ロゼリアを見る青い目は黒くけぶる……。



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