男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
 部屋の中から慌てたように待ってという姫のいらえと、ララが扉を開けたのが同時。
 ララはすぐに異変に気が付いた。
 鎮守の森からの水分を含んだ清浄な風が、ララの頬をかすめていく。
 バルコニーへの窓が無残に割れていた。
 寝室の扉が閉まっている。
 その中にいるのはアデールの姫と、はたしてどちらの男なのか。
 パジャンのラシャールはララが見る限り穏やかな表情の下に激情を隠している男である。
 泉で、エール側とパジャン側とがぶつかりあったとき、ジルコン王子を殴りつけたのも彼。

 彼が出てくる可能性は、フィフティーフィフティー?
 それとも80%ぐらい?
 もちろんララはジルコン王子を応援しているのだが。

 寝室の扉があく。
 その扉を開けたのは、黒金の第一礼装のジルコン王子。
 慌てたのか留め具が全部とめられていなかった。
 寝室から出てきたアデールの姫は、見たこともないほど晴れやかな顔で、そしてばつが悪そうにララを見た。
 腰紐で留めた夜着が覆わない首筋には、赤い花が咲いている。
 アデールの赤の染料のような。
 ひとめで、三つ数えられた。
 ララはすべてを察した。
 アデールの姫の愛を掴んだのはジルコン王子なのだ。
 だがここで、安心してはならない。
 王子の言質をとっておく必要がある。アデールの姫のために。


「ジルコン王子、ロゼリア姫、おはようございます。そして、おめでとうございます、ですね。それで、式はいつになさる予定なのですか?」
「婚姻は昨夜のうちに俺たちだけですませた。他は事後報告になる。義父にも了承を得ているが、何かをしなけばならないのなら全て行うつもりだ。だが俺たちの婚姻を取り消すことはない。この後の日程案を出して欲しいのだが」

 ララはにっこりわらった。
 王子は本気なのだ。

「ご成婚おめでとうございます。お二人には、改めて正式に、王家のしかるべき婚姻の手順を踏んでいくことになるでしょう。ざっといいますと、国内の根回し、国内外への発表、事前の禊の儀式、精霊への誓いの儀式、披露宴が親族、友人、外交関係者で行われます。それから国内成婚パレード、などがざっと思い浮かびますが、他にもあるかもしれません。その間にロゼリアさまにはドレスの準備、食事のメニュー、招待客のリスト作り、席の配置、王妃になるための教育……」

 先に結婚したのはいいが、その後の道のりの長さにジルコンは唖然としている。
 すべて省略してしまいたい気持ちがまるわかりである。

「それだとすると、この結婚に関連する事柄が全て終わるのは早くていつぐらいになる」
「今日から始めて、全ての手順を終えて晴れて夫婦と認められるのは春ごろになるでしょう。ですが、内向きの事実と表向きに発表する事柄にずれが生じることもございます。婚姻を二人で済ませたというのなら、もうお二人はご夫婦となられたのも事実。気持ちをゆったりと構えて、ひとつひとつの過程を、お二人で楽しまれるという気持でおられるのがいいのではないかと思いますが」

 ジルコンは困ったようにロゼリアを見下ろした。
「これからの面倒なことも想像もしていない艱難辛苦も、俺と共に乗り越えてくださいますか?俺の妻、俺の愛しい人、俺の……」
ロゼリアは吹き出した。
なおも続けようとしたジルコンの唇を唇で塞ぐ。
「もちろん、どんなことでもあなたと一緒なら喜んで!」

 アデールの姫の微笑みはララの目が離せないほど優美であでやか。
 ララは、己の役目が終わったことを知ったのである。



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