男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
 彼女は、汚れたシルクのショールをアデールの赤で型染めして、真っ赤な大輪を咲かせ、みんなを驚かせた。
 男の目も気にせず服を脱ぎ、裸同然で泉を泳ぎ、蓼藍を夢中で収穫していた。

 緑色に染めるのは一つの染料では難しい。
 まず藍を染めて、それから黄色のキハダやカリヤスを重ねて染め合わせるという。
 ラシャールは染色に興味はなかったが、あの娘が、アデールの赤の秘密を知り、染色に興味があるようなので、つい勉強してしまった。
 緑はひと手間かかる色。
 ラシャールの色。

「それは瞳と同じ色ですね。そう言えば、ロズが……」
 すぐ後ろを走るレベッカが何かを言いかけた。
 愛しいあの娘は得られなかったけれど、彼女が自分のために染めたこのショールは、自分と共にパジャンに連れていくことになった。
 これが、自分がこの大地で得たものだ。
 それで十分満足だとラシャールは思った。

 そのとき、目を開けていられないほどの突風が吹く。
 隊列が乱れ、馬がいななき後ろ立ちになった。
 気が付けば、ショールは風に巻き取られ、首から離れて、空をはためき舞っていた。
 ラシャールは必死に手綱を引き、馬の背から体をそらし、あらんかぎりに手を伸ばしてショールを追う。
 絶対に失いたくなかった。
 その柔らかさ心地よさを、もう自分は知ってしまった。

 指先が柔らかなシルクに触れた。
 彼女の、艶やかな肌のような。
 抱きしめた。
 唇を奪った。
 自分だけが彼女の秘密を知っていた。
 だが、ショールの端は、掴んだ途端につるりとすり抜け逃れてしまった。

「ああ、飛んでいきましたね!追いますか!」

 緑のショールは突風にまかれて空を泳ぐ。
 小麦畑の向こう側の、エールの王都の突き抜けるほど青い空を、自由に舞う。
 ラシャールは目をすがめ後を追った。
 まるであの娘の心のようだ。
 恋焦がれても自分のものには決してならない、愛しい、可愛い人。


「草原に戻る!しばらく不在にしたために問題が山積だからな!」
 ラシャールは己の愛を、エールの蒼天に預けていく。
いずれ、気まぐれに自分ところに舞い落ちてくるかもしれない。
 ラシャールはもう振り返らなかった。








 かつて、アデール国に美しい双子の王子と姫が生まれた。
 王子は体が弱くて姫として育てられ、元気な姫は王子として育てられたという。
 美しいアデールの姫は男装し、双子の王子のふりをして強国エールの国の勉強会に参加する。
 後の、森と平野の国々さらには遠く草原と岩場の国々の国政を担う者たちの間に紛れ、アデールの姫は男装のままに切磋琢磨したという真偽不明の噂がある。
 そしてジルコン王がまだ王子であったころ、アデールの男装姫と禁断の恋に落ちたという。

 二人は結婚し、王位を次ぐ前にジルコン王子とロゼリア王子妃は心の赴くままに諸国を旅をして見聞を深めたという。
 訪れたその先には共に学んだ友人たちが迎える。
 彼らは、男装する美しい王子妃を、王子妃の双子のアデールの王であるアンと、間違って呼びかけてしまうのだった。

 王と王妃になってからも二人が奔走した森と平野の国々や、ラシャール王が統率する草原と岩場の国々との協力体制は、着実に実を結ぶ。
 両国々の貿易や文化や人的交流や婚姻が盛んにおこなわれる。
 時に軋轢を生みながらも深いレベルでの相互理解が進んでいく。
 そうして、ジルコン王とロゼリア王妃は、武力に頼らない数百年に渡るエール国黄金時代の礎を築いたのだった。




「男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子」 完
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