男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

28、手紙 ②(第1部 第三話 完)

扉の外には準備を終えて馬の横に立つ黒服のジルコンの勇ましい騎士たちが、ずらっと並んでいた。
ロゼリアに向ける皆の顔が見事に引き締まり、近寄りがたい雰囲気である。
彼らを一目みようと多くの宿の客も遠巻きにしている。

ロゼリアは自分の馬を探す。
一番最後尾で十分だった。
だがなぜか今朝は、ロゼリアの馬はジルコンの横、先頭に引かれていた。
ジルコンは口の端をあげて笑みを浮かべる。
いいから来いと顎でしゃくる。

どきどきしながらロゼリアは騎士の前を歩く。
昨日さんざん相手にして、しごかれた面々である。
彼らの前を歩く先から、引き締めた顔を緩ませ次々と笑顔になってゆく。
そして軽く頭をロゼリアに下げて挨拶をする。

「おはようございます。アンジュさま」
「おはよう」
「おはようございます。アンジュさま」
「おはよう!」

昨日までは、まるで腫物に触れるような扱いだったのに彼らには変化が起きていた。

最後はジルコン。
「おはよう、アン」

彼の笑顔が眩しい。
ジルコンの合図で一斉に馬に乗る。

宿泊客だけでなく旅館に働くものが全員で彼らを見送る。
笑顔の送り出しの余韻で、ロゼリアの心臓はまだドキドキ、気持ちも浮き立っている。

「ジル、これは、なんなの!?」
「ああん?」

王子はちらと、後ろの騎士たちを見た。

「あいつらは、昨日のあなたの戦いぶりをみて一目置いたのだろう」
「え?」
「つまり、あなたは俺の騎士たちに、一人前の男として認められたということだ」

そういうジルコンはどこか誇らしげだった。
ロゼリアも後ろを見る。
アヤと目が合い、真面目な顔をしつつもウインクを寄越した。


ロゼリアは昨晩のジルコンとのキスを覚えている。
完全になかったことにされる前に、ここで聞いておかねばと思った。

「あなたはわたしのことが好きなのか?」

ジルコンは少しビクッとして、照れたような困った顔をつくった。
横目でロゼリアを見るが、ロゼリアと目が合うとすぐに視線を正面に向けた。
ロゼリアにわからない小さな葛藤をした後、ジルコンは口を開いた。

「すまないがそうらしい。確かに好意を抱いている。だが、昨日のあれは本当に申し訳なかった。するべきではなかったと思っている。好意はそういう意味の好意ではなくて、あの時はつい、ロゼリア姫をあなたにみたのだと思う。あなたへの好意とロゼリア姫への好意を混乱してしまった」

「それは、すべきではないというのは、わたしが男だからか?」
ジルコンは顔を真っ赤にしていた。
「そうだから。もう、許してくれ。反省している」

ロゼリアを男と思いこみ、ジルコンは男装のロゼリアに抱く好意に翻弄されているのだ。
可愛らしく思うぐらいであった。

あの傲岸不遜だったジルコンが顔を真っ赤にして困っている姿を見て、ふつふつと胸の中で小気味良く何かがはじけているような感覚がある。
愉快な感覚だった。

母の言うように、このエール国での学びの目的の一つに、彼をよく知ることを加えようかと思う。
お城で閉じ籠っているよりも何百倍も楽しそうだった。

男装のロゼリアと強国エールの王子ジルコンの物語は始まったばかりなのである。




第1部 第三話 完

< 37 / 242 >

この作品をシェア

pagetop