男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

2、旅の事件④

「同じだろ?あなたも王子だ。むしろ、俺こそ動かなければならなかった。あの子はエールの子供なのだから。俺の子供と同じだ。襲撃に備えるのはあの時は前方と後方の二人だけで良かった。俺が動けないのなら、騎士の一人でも行かせていればよかったんだ、、、」

「状況も良くわかってない状態で、ロサンたちは王子を守ること以外にできることはないんじゃないの?僕は、たまたま、買い物に気をとられた母親よりも、あの子供を見ていたから」
「、、、それでもあなたを見直したことには変わらない」
「だけど、こんな足止めをしてしまうことになるなんて、、、」

夜まで続いた宴会を思う。
次から次へと地元のお偉いさまや子供たちや、なにやかにやが現れて感謝や、学芸会の延長のような出し物や、ほほを染める女たちの接待が延々と続いたのだった。
それはもう、子供を救ったことに対するお礼の粋を超えていて、ただ単にジルコン王子をもう少し自分たちの町にとどめたいという、願望の押し付けになっていたのだが。

「ジルコンがエールの者たちに愛されていることがわかって良かった。傲慢で、傲岸で、鼻持ちならないやつだと思っていたから」
「それはもう、謝ってなかったか?」
「国民はきっと王族たちをよく見ている。あれだけ愛されているのは、きっとみんなの期待度が高くて、それにジルは良く応えてきたんじゃないかな?
これからエール国で勉強会?に参加することが、待ち遠しくなってきてしまった」

そこまでいうと、アデールの王子が大きなあくびをする気配。
彼も大活躍で、かつもみくちゃにされて、この町の者たちにジルコンたちと一緒に構われて、くたくたなのだ。

アデールの王子に認められたことを心からうれしく思う己がいて、ジルコンは愕然とする。
今度は、喜びの感情だった。
彼はいくつの感情を己から引き出すのだろう。
しかも意図せずに。

一つ、気になることがある。
寝てしまう前に聞いてしまいたかった。
明日の朝には忘れてしまうかもしれないからだ。

「なあ、あの時何を言いかけていた?」
「、、、あの時って?」
シーツを深くかぶり直す気配。
アデールの王子は完全に寝入る態勢に入っている。

「道をみながら決定的な問題がありそうだっていっていただろう?」
「ああ、、、あれ?あれは、あの子供がしたことがそのままだよ、、、。歩道のあちら側とこちら側を渡るのに、みんな車の左右を見て、その通りが途切れた時に渡っていたでしょう?危ないと思って、、、。歩道と歩道をここは渡るの専用の道を渡してもいいのかもと思って。いわば、川に架ける橋のような感じ?安全でしょう、、、」

「牛馬車の通る街道を川にたとえるのか?」
ジルコンは小さく驚いた。
「そう。川も道もそっくり同じような気がする。人も物資も運ぶし。あちら側とこちら側を渡るのはむやみに渡ると流されて危険だし。そんなところには橋があったり、専用の渡し守がいる、、、、そんな感じだよ」

ジルコンは目を閉じた。
道に橋を架けるという発想は今までしたことがなかった。
橋があれば、車が来るから急いで渡らねばと思う必要もなく老いた者も、目が悪いものもゆったりと歩める。
いつまでも道が空くのを待たずに、いつでもあちら側に渡れる。
ありありと、そうやって渡る人々の姿がジルコンに浮かんだ。
それでも、その安全な道を通らない輩も出てくるとは思うのだが。

「それは面白いな。まずは王都でしてみるか?」

ジルコンは返事を待つ。
待っても待っても返事はない。
ぐるりと体を横にして、隣のベッドのアデールの王子を見た。
闇に慣れてきた眼は、しっかりと何かを抱えて眠る姿を見る。

「おい、アン、無防備に寝るな」

そう言ってから、ジルコンは自分の発言がおかしいことに気が付く。
寝ることは初めから無防備なのだ。
つまり同じ部屋で緊張する相手がいれば眠れない。
このアデールの王子はジルコンの横で無防備になることに、なんの躊躇もない。
それは良かれと思うべきなのかどうなのか。

誰かが扉の外を守っているのはいつものことであるが、部屋の中で一緒に眠るのはいつぶりか、ジルコンは思い出そうとする。
それこそ、あの女の子と共に過ごした穴蔵の夜までさかのぼりそうである。

女を抱くときも、ジルコンはその女とともに朝を迎えたことはない。
朝が早かったりすべきことがあったりして、忙しいということもあったのだが。
今でも忙しいはずなのに、なぜか悠長にも一泊してしまった。
俺は矛盾だらけだな、とジルコンは独り言つ。

ジルコンもあくびをかみ殺す。
そして熟睡したのであった。





2、旅の事件  完

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