男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
31、ロゼリアの休日③
ロゼリアは自由に行動がしたい。
姫であり続けることよりも、制約の少ない自由な王子ではあったが、胸を押さえる窮屈な晒から解放されて本来の女に戻りたいと思うときもある。
その時に、四六時中付き従った者がいるのは邪魔だった。
ロゼリアの状況をわかってくれるとも思われない。
女であることは最後まで誰にもばらすつもりもない。
ジルコンにも教えるつもりはないのだが、彼の妻になったときに隠し通すか、それとも教えるのかはその時になってみないとわからない。
ジルコンこそ、自分がアンジュの振りで男装をしてここにきていると、一番にあばく人であるかもしれなかった。
ロゼリアはジルコンを見つめる。
今はその時ではなかった。
エール国にきて、寮に入った。
何も学んでいない。
始まったばかりなのだ。
「エール国は豊かだ。僕が厄介ごとに巻き込まれることを心配してくれているのは本当にありがたいところだけれど、田舎の国の貧乏国の王子を付け狙う者はいない。それよりも、僕は自分の足で町を自由に歩きたい。ここでの服を準備もしたいから」
ジルコンは迷うが護衛なしを許してしまう。
町を散策し買い物もしたいというのなら彼も共に行動をしたいところであったが、帰国後は何かと雑用が山積みである。
ジルコンは苦笑する。
どうも彼をほっておけないつもりになるからだ。
「夜のあなたの歓迎の夕餉の時間までには必ず戻るように!」
俺が心配だから、と続けようとしてジルコンはその言葉を飲み込んだのである。
そうして、ロゼリアはアデールを出てから初めてひとりになる。
さらに言えば、護衛もいない単独行動は、生まれて初めてだったかも知れない。
遠いエール国の大都会では、誰もロゼリアもアンジュも知る人はいない。
ジルコン王子と馬を並べたロゼリアの顔など覚えている者はいないだろう。
茶のフードを頭からかぶり、王子の客用の通行証を見せて城を出たロゼリアは大きく息を吸った。
城外は先程ジルコンの騎士たちと共に馬で通った花の道が続いている。
きれいに片付けられていたが、ところどころに花の名残が残る。
城門外には両脇に仁王立つ槍を構えた衛兵や、荘厳な王城を近くで見ようとする観光客目当ての露店が並んでいる。
エール国はアデールから立ち寄った国々と比較しても、膨大な人と商業活動の活発な動きで、群を抜きにぎわっていた。
森と平野の国々は、多様な人種が混ざり合っている。
古く、海から山から氷山の国から、安住の地を求めてこの森と平野の大地にたどり着いたという言い伝えのある彼らは、様々な髪色目色をしているが、地域によりその混ざり方は均一ではない。
アデールは王族が淡い髪色の者が多く、その民も金髪が多い。
エールはジルコンやフォルス王が黒髪であるように、その民も濃い髪色が多いようである。
さらに、かれらから醸し出す雰囲気になんとなく違いがあることをロゼリアはこの旅の間に体感として気が付いていた。
王都ですれ違う者たちの表情や服装、髪色目色、そういったものから、彼らが他国から観光に来たものだとわかる。
もっとも王城前に出現している屋台のお土産物を吟味し、やたら楽し気であるとこからもわかるし、たどり着いたばかりの者は、ロゼリアが羽織っているような塵除けの長いフードを身に付けていることからもわかるのである。
次第に観光客自身も、この塵除けコートは外から来たものを表すわかりやすい目印であることに気が付いて、エール王都内で着ているのが恥ずかしくなり、手にも持たなくなるのだが。
王城の前の目貫通りの両端に重厚な石造りの店舗が並ぶ。
菓子店、宝飾店、衣料品店、化粧品店、靴店、手袋、帽子、美容室。
ありとあらゆる高級そうな店舗に、金で囲った枠の中に、御用達のデフォルメされた文字が踊る看板がその扉横や上に飾られている。
歩道を挟んで向かい側には屋台が並ぶ。
宝飾店の前には磨きが足りない石や傷のある石をうまく加工して耳飾りやペンダントを手作りで作った、物作りが好きなそうな若者たちが店番をしている。
ロゼリアを観光客と目をつけた売り子たちの掛け声は大きくなった。
ロゼリアはいろいろ気が引かれつつも、早々に必要なのはまずは着替えの服類である。
持ってきているものは数枚で、着まわしてくたびれてしまっている。
王室御用達の看板を確認し、ガラスの向こう側の衣服類を見てロゼリアは扉に手を掛けた。
「お兄さん、僕のところの商品もみてよ、そこの店程バカ高くなくていいの、作ってあげるよ?」
ロゼリアはフードを掴まれ、引きとどめられる。
その手の主は、黒髪のやせた少年である。
くったくなく笑いかけられて、つられて笑顔になった。
その少年に、しきりにこいこいと引っ張られるので、振り切ることをあきらめた。
彼の店は御用達の前にどうどうと構えた露店で、縫製済みの服も吊り下げられ加工していない布もある。
御用達の店に入ろうとする観光客を呼び込むことにしているようである。
「お兄さん、服を作るつもりなの?それとも誰かのお土産に?」
御用達の店の客を横取りしようとするところをみれば、よほど自信があるのだろう。
「まずは自分の替えの服。質は上質なものがいい。形は機能的なものがいい。
すぐにも必要になるから、着替え用に5着は欲しい。それに合わせた下着、機能的な靴、フォーマルな場の靴、シーンごとに用意したいんだが。作れるの?」
姫であり続けることよりも、制約の少ない自由な王子ではあったが、胸を押さえる窮屈な晒から解放されて本来の女に戻りたいと思うときもある。
その時に、四六時中付き従った者がいるのは邪魔だった。
ロゼリアの状況をわかってくれるとも思われない。
女であることは最後まで誰にもばらすつもりもない。
ジルコンにも教えるつもりはないのだが、彼の妻になったときに隠し通すか、それとも教えるのかはその時になってみないとわからない。
ジルコンこそ、自分がアンジュの振りで男装をしてここにきていると、一番にあばく人であるかもしれなかった。
ロゼリアはジルコンを見つめる。
今はその時ではなかった。
エール国にきて、寮に入った。
何も学んでいない。
始まったばかりなのだ。
「エール国は豊かだ。僕が厄介ごとに巻き込まれることを心配してくれているのは本当にありがたいところだけれど、田舎の国の貧乏国の王子を付け狙う者はいない。それよりも、僕は自分の足で町を自由に歩きたい。ここでの服を準備もしたいから」
ジルコンは迷うが護衛なしを許してしまう。
町を散策し買い物もしたいというのなら彼も共に行動をしたいところであったが、帰国後は何かと雑用が山積みである。
ジルコンは苦笑する。
どうも彼をほっておけないつもりになるからだ。
「夜のあなたの歓迎の夕餉の時間までには必ず戻るように!」
俺が心配だから、と続けようとしてジルコンはその言葉を飲み込んだのである。
そうして、ロゼリアはアデールを出てから初めてひとりになる。
さらに言えば、護衛もいない単独行動は、生まれて初めてだったかも知れない。
遠いエール国の大都会では、誰もロゼリアもアンジュも知る人はいない。
ジルコン王子と馬を並べたロゼリアの顔など覚えている者はいないだろう。
茶のフードを頭からかぶり、王子の客用の通行証を見せて城を出たロゼリアは大きく息を吸った。
城外は先程ジルコンの騎士たちと共に馬で通った花の道が続いている。
きれいに片付けられていたが、ところどころに花の名残が残る。
城門外には両脇に仁王立つ槍を構えた衛兵や、荘厳な王城を近くで見ようとする観光客目当ての露店が並んでいる。
エール国はアデールから立ち寄った国々と比較しても、膨大な人と商業活動の活発な動きで、群を抜きにぎわっていた。
森と平野の国々は、多様な人種が混ざり合っている。
古く、海から山から氷山の国から、安住の地を求めてこの森と平野の大地にたどり着いたという言い伝えのある彼らは、様々な髪色目色をしているが、地域によりその混ざり方は均一ではない。
アデールは王族が淡い髪色の者が多く、その民も金髪が多い。
エールはジルコンやフォルス王が黒髪であるように、その民も濃い髪色が多いようである。
さらに、かれらから醸し出す雰囲気になんとなく違いがあることをロゼリアはこの旅の間に体感として気が付いていた。
王都ですれ違う者たちの表情や服装、髪色目色、そういったものから、彼らが他国から観光に来たものだとわかる。
もっとも王城前に出現している屋台のお土産物を吟味し、やたら楽し気であるとこからもわかるし、たどり着いたばかりの者は、ロゼリアが羽織っているような塵除けの長いフードを身に付けていることからもわかるのである。
次第に観光客自身も、この塵除けコートは外から来たものを表すわかりやすい目印であることに気が付いて、エール王都内で着ているのが恥ずかしくなり、手にも持たなくなるのだが。
王城の前の目貫通りの両端に重厚な石造りの店舗が並ぶ。
菓子店、宝飾店、衣料品店、化粧品店、靴店、手袋、帽子、美容室。
ありとあらゆる高級そうな店舗に、金で囲った枠の中に、御用達のデフォルメされた文字が踊る看板がその扉横や上に飾られている。
歩道を挟んで向かい側には屋台が並ぶ。
宝飾店の前には磨きが足りない石や傷のある石をうまく加工して耳飾りやペンダントを手作りで作った、物作りが好きなそうな若者たちが店番をしている。
ロゼリアを観光客と目をつけた売り子たちの掛け声は大きくなった。
ロゼリアはいろいろ気が引かれつつも、早々に必要なのはまずは着替えの服類である。
持ってきているものは数枚で、着まわしてくたびれてしまっている。
王室御用達の看板を確認し、ガラスの向こう側の衣服類を見てロゼリアは扉に手を掛けた。
「お兄さん、僕のところの商品もみてよ、そこの店程バカ高くなくていいの、作ってあげるよ?」
ロゼリアはフードを掴まれ、引きとどめられる。
その手の主は、黒髪のやせた少年である。
くったくなく笑いかけられて、つられて笑顔になった。
その少年に、しきりにこいこいと引っ張られるので、振り切ることをあきらめた。
彼の店は御用達の前にどうどうと構えた露店で、縫製済みの服も吊り下げられ加工していない布もある。
御用達の店に入ろうとする観光客を呼び込むことにしているようである。
「お兄さん、服を作るつもりなの?それとも誰かのお土産に?」
御用達の店の客を横取りしようとするところをみれば、よほど自信があるのだろう。
「まずは自分の替えの服。質は上質なものがいい。形は機能的なものがいい。
すぐにも必要になるから、着替え用に5着は欲しい。それに合わせた下着、機能的な靴、フォーマルな場の靴、シーンごとに用意したいんだが。作れるの?」