男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
33、パジャンの店①
「それは勉強するためよ。森の国の閉ざされて守られた空間では学べないことがあるから。エールの王子が帰国するに合わせて付いてきたのよ」
「エールの王子と一緒に来たのか?エールの王子が国を空けていたのはアデールに行ったのか?彼はどうして?」
「どうしてって、知らないわよ。気になるのなら、直接訪ねて聞けばいいじゃない?パジャンの使者の従者なのだから」
「わたしは従者じゃないよ」
「従者じゃないなら何なの?あの覆面おじさんが正使だったわ」
「覆面おじさん、、、?ああ、デジャンのことか!」
パジャンの若者は声を殺して笑う。
「目上の者に対して失礼ね。パジャンは年長者を敬う気持はないのかしら」
何が笑えるのかわからないが、ロゼリアは憤慨する。
その時、大通りの方から若者たちの話し声が聞こえてくる。
それも外国語、草原の言葉だった。
誰かを探しているようである。
聞き耳を立てようとしたロゼリアは、元来た路地へと引き込まれた。
「ねえ、アデールのお嬢さん?ここで再会したのは何かの運命かも。だから僕にお茶でもおごらせほしい」
遅めの昼食は一人でどこに入ろうと思っていたロゼリアは、一人よりいいかもと思う。
彼が連れてきたのは香とスパイスの香りのする店である。
重い扉の向こう側にも手織りの布が二人の先を塞ぐ。
「靴を脱いで上がるんだ」
ロゼリアはサンダルを脱ぐか脱ぐまいかためらった。
布の向こう側では聞きなれないリズムの音楽とざわめきが聞こえてくる。
ロゼリアは今は一人なのだ。
頼りになるのは自分だけしかいない。
ここはいかがわしいことが行われている店ではないかと思ったのだ。
それを見て、彼は笑う。
「大丈夫だよ。ここは草原の者が経営しているカレー店。靴を脱いで、地べたに座るんだ」
ロゼリアはくぐり抜ける。
さりげなくその手を引いてくれる。
動物の毛皮が敷き詰められた床を踏みしめる素足はふわふわで心地が良かった。
店は入り口から想像するよりもずっと深く大きかった。
立てられた襟に膨らんだそで。
店の者たちは、ロゼリアの前を歩くパジャンの若者が着ているものよりもずっとシンプルではあるが、同じ形のものを着ている。
お客の中にもそのような服を着ている者もいる。
恭しく頭を下げられて、奥へと案内されていく。
壁には、豹の毛皮がかけられ、強弓や、反り返った短剣や、革細工のコレクションもかかる。
吸い寄せられそうになるところを、その手を取られる。
「見ているとあっという間に時間がたつよ。何か食べたいのでしょう?休もう」
「地べたに座ったことはないわ。ここはエール国ではないみたい」
床に置かれたクッションにロゼリアは戸惑う。
「ここはエールの中の草原の国。パジャン風なんだ。郷に入りては郷に従えだよ。さあ座って」
どこかで聞いたようなことを言う。
ふふっとロゼリアは笑った。
若者の横に腰を落とし、周りを見て胡坐で座る。
「わかったわ。あなたを何て呼べばいいの?」
「ラシャールとでも」
「ラシャールですって?その名前はパジャンでは一般的な名前なの?たしかパジャンの王子もラシャールだったと思うんだけど」
「ラシャールは良くある名前だよ」
彼は澄まして言う。
ロゼリアはこの時気が付くべきであった。
エールの夏スクールに合わせて、各国から王子や姫たちが王都に集まってきていることを。
目の前の、この器用に薄く焼き伸ばしたパンにスパイスで煮込んだ肉を巻いて食べている若者が、その一人であるかもしれないということを。
だが、ロゼリアにはラシャールには従者の印象が強烈に刻まれていて、まさか王子その人とは結び付けられなかった。
パジャンの王子がアデールに、従者の振りをして来ていたとは思いもよらなかったのだ。
そしてそのラシャールも、ロゼリアがアデールの王城で会っていて、姫だと見当づけていたのだが、あの滞在期間中に双子のアンジュ王子と会うことができなかったこともあり、確信は持てなかったのである。
そしてそのロゼリアにはお付きの者も護衛の男もついていないようである。
自分の見当が外れてしまったのかもしれないとラシャールは思い始めていた。
見よう見真似で手づかみでパンに肉を焼き、ほおばる姿はとても深窓の姫の姿には見えなかった。
「お嬢さんは、何を学びに来たの?」
「いろいろよ。今日はこれから染色工房を見せてもらうつもり。滞在用にエールの服を作ってもらっているところが、型染めというものをしているらしいの。それを見てみたいわ」
「染色工芸を学びに来たのか?パジャンには泥染めというものもある」
「泥で染まるの?その技術は知らないわ、具体的な仕組みはどうなっているの?泥の中の何かの成分に反応させているのかしら?何色に染まるの?」
「グレーやら、茶やら、地味な色だよ。わたしは詳細は知らないが、女たちは染めている」
「その様子を見てみたいわ!母に教えたらわたしもすると言いだしそう!」
「エールの王子と一緒に来たのか?エールの王子が国を空けていたのはアデールに行ったのか?彼はどうして?」
「どうしてって、知らないわよ。気になるのなら、直接訪ねて聞けばいいじゃない?パジャンの使者の従者なのだから」
「わたしは従者じゃないよ」
「従者じゃないなら何なの?あの覆面おじさんが正使だったわ」
「覆面おじさん、、、?ああ、デジャンのことか!」
パジャンの若者は声を殺して笑う。
「目上の者に対して失礼ね。パジャンは年長者を敬う気持はないのかしら」
何が笑えるのかわからないが、ロゼリアは憤慨する。
その時、大通りの方から若者たちの話し声が聞こえてくる。
それも外国語、草原の言葉だった。
誰かを探しているようである。
聞き耳を立てようとしたロゼリアは、元来た路地へと引き込まれた。
「ねえ、アデールのお嬢さん?ここで再会したのは何かの運命かも。だから僕にお茶でもおごらせほしい」
遅めの昼食は一人でどこに入ろうと思っていたロゼリアは、一人よりいいかもと思う。
彼が連れてきたのは香とスパイスの香りのする店である。
重い扉の向こう側にも手織りの布が二人の先を塞ぐ。
「靴を脱いで上がるんだ」
ロゼリアはサンダルを脱ぐか脱ぐまいかためらった。
布の向こう側では聞きなれないリズムの音楽とざわめきが聞こえてくる。
ロゼリアは今は一人なのだ。
頼りになるのは自分だけしかいない。
ここはいかがわしいことが行われている店ではないかと思ったのだ。
それを見て、彼は笑う。
「大丈夫だよ。ここは草原の者が経営しているカレー店。靴を脱いで、地べたに座るんだ」
ロゼリアはくぐり抜ける。
さりげなくその手を引いてくれる。
動物の毛皮が敷き詰められた床を踏みしめる素足はふわふわで心地が良かった。
店は入り口から想像するよりもずっと深く大きかった。
立てられた襟に膨らんだそで。
店の者たちは、ロゼリアの前を歩くパジャンの若者が着ているものよりもずっとシンプルではあるが、同じ形のものを着ている。
お客の中にもそのような服を着ている者もいる。
恭しく頭を下げられて、奥へと案内されていく。
壁には、豹の毛皮がかけられ、強弓や、反り返った短剣や、革細工のコレクションもかかる。
吸い寄せられそうになるところを、その手を取られる。
「見ているとあっという間に時間がたつよ。何か食べたいのでしょう?休もう」
「地べたに座ったことはないわ。ここはエール国ではないみたい」
床に置かれたクッションにロゼリアは戸惑う。
「ここはエールの中の草原の国。パジャン風なんだ。郷に入りては郷に従えだよ。さあ座って」
どこかで聞いたようなことを言う。
ふふっとロゼリアは笑った。
若者の横に腰を落とし、周りを見て胡坐で座る。
「わかったわ。あなたを何て呼べばいいの?」
「ラシャールとでも」
「ラシャールですって?その名前はパジャンでは一般的な名前なの?たしかパジャンの王子もラシャールだったと思うんだけど」
「ラシャールは良くある名前だよ」
彼は澄まして言う。
ロゼリアはこの時気が付くべきであった。
エールの夏スクールに合わせて、各国から王子や姫たちが王都に集まってきていることを。
目の前の、この器用に薄く焼き伸ばしたパンにスパイスで煮込んだ肉を巻いて食べている若者が、その一人であるかもしれないということを。
だが、ロゼリアにはラシャールには従者の印象が強烈に刻まれていて、まさか王子その人とは結び付けられなかった。
パジャンの王子がアデールに、従者の振りをして来ていたとは思いもよらなかったのだ。
そしてそのラシャールも、ロゼリアがアデールの王城で会っていて、姫だと見当づけていたのだが、あの滞在期間中に双子のアンジュ王子と会うことができなかったこともあり、確信は持てなかったのである。
そしてそのロゼリアにはお付きの者も護衛の男もついていないようである。
自分の見当が外れてしまったのかもしれないとラシャールは思い始めていた。
見よう見真似で手づかみでパンに肉を焼き、ほおばる姿はとても深窓の姫の姿には見えなかった。
「お嬢さんは、何を学びに来たの?」
「いろいろよ。今日はこれから染色工房を見せてもらうつもり。滞在用にエールの服を作ってもらっているところが、型染めというものをしているらしいの。それを見てみたいわ」
「染色工芸を学びに来たのか?パジャンには泥染めというものもある」
「泥で染まるの?その技術は知らないわ、具体的な仕組みはどうなっているの?泥の中の何かの成分に反応させているのかしら?何色に染まるの?」
「グレーやら、茶やら、地味な色だよ。わたしは詳細は知らないが、女たちは染めている」
「その様子を見てみたいわ!母に教えたらわたしもすると言いだしそう!」