男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
39、B国リシュア姫② (第4話完)
「リシュア殿、よく来てくれた。複雑な事情がある中、多大な勇気と決断が必要だっただろうと思う」
ジルコンはその手を取ろうと手を伸ばした。
ジルコンの口から出た、再び耳にするリシュア姫の複雑な事情。
それは何なのだろう、とロゼリアは思う。
その瞬間に、目の前に白刃がひらめいた。
ロゼリアは何がおこったかすぐに理解できなかった。
ジルコンが体を半身にする。
娘はジルコンに飛びついていた。
すかされて、振り向いたその手には刃渡り20センチほどの小さなナイフが握られていた。
息を継ぐ間もなく、リシュアは避けたジルコンにナイフを振り上げる。
ジルコンは冷静にその手首を掴んでひねり上げ、握った拳を容赦なくその腹に叩き込んだ。
リシュアの手からナイフが落ち、身体を折りうめく。
ジルコンは掴んだその手を後ろ手に絞り上げた。
それは目の前で行われたジルコン暗殺未遂だった。
自由な片手で胸の黒バラを引きちぎり地面にたたきつけ地団太を踏み、自ら踏みにじった。
娘はジルコンに呪詛を吐く。
エールのせいで、国土は無残に蹂躙され、父は投獄され王位は叔父に奪われた。
何もかもが一変した。
エールが憎い、お前が憎い。
こんな馬鹿げたおままごとのような集まりなど失敗すればいい、と。
ジルコンはリシュアの手を離さない。
「愚かにも早まった真似をしたものだ」
彼女に言ったのはそれだけである。
大声でスアレスを呼ぶ。
リシュアが髪を振り乱し抵抗した。
そこにはもう、大人しそうな印象はどこにもなかった。
駆け付けたスアレスに引き渡されると、護衛兵たちが彼女を引きずるように連れていく。
その時には、建物から多くの者たちが飛び出してきて、騒然とその様子を見守った。
ジルコンの傍には、ノル、フィン、ラドー、エスト、バルトが駆け付けている。
ノルはジルコンの傍で立ち尽くすロゼリアをぎろりと睨みつけた。
ロゼリアは目の前で起きた暗殺事件にショックを受けていた。
「中立国の王子さまは、ジルコンが危険な目にあうことに対し、何にも思わないようだな。俺たちは複雑な事情のある国の者たちを用心しているのだが、アデールの王子は初日からジルコンに危険を呼び込みつつ、知らぬ顔で傍観するつもりなのか?」
ノルは吐き捨てるように言った。
バルドが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
ラドーやエストはロゼリアを冷たい視線で牽制しながらジルコンとの間に割って入った。
ロゼリアはぐっとのどを詰まらせた。
ノルが言う通り、この危険な状況を生んだのは、ロゼリアがリシュアをジルコンに紹介しようとしたことがきっかけだった。
ようやく、リシュア姫の狙いはジルコンであると、ウォラスに忠告されていたことを思い出した。
それにも関わらずロゼリアはリシュアの存在が重要で複雑の意味を、真剣に受け取っていなかったのだ。
ジルコンも、アデールの森で襲われた時、ロゼリアにかつて言ったではないか。
ロゼリアは平和ボケして頭がお花畑なのだ。
ぐっと唇をかみしめた。
ジルコンは命を常に狙われているのだ。
それを知らないわけではない。
エールの心臓ともいえる王城内でさえも、どこでも襲われる危険はある。
それは再会の時に思い知ったのではなかったか。
自分は愚かにも失敗してしまった。
王子としての自覚という心掛けがなかったことよりももっと悪い。
今度はジルコンの命に係わる問題だった。
「気にするな。アン。複雑な事情は各国それぞれある。すまんな、この通り、お前を勇んで連れてきたのはいいが、俺の取組みは前途は多難だ。森と平野の国々はエールを頂点といいながらも、あちらこちらに遺恨禍根を残している。
そうであるからこそ、複雑な事情のある彼女には、あらたな俺たち世代の取組を知ってもらい協力して欲しいと思っていたんだが、、、」
ジルコンは寂し気に言う。
「彼女はどうなるの?」
「勉強会中に剣を抜いたら即王城退去。彼女はジルコンを暗殺しようとしたのだから斬首でもおかしくないよ」
小柄なフィンが無言のジルコンの代わりに言う。
皆が建物の中に入っていっても、ロゼリアはその場から動けない。
せっかく立ち直ったかと思った気持ちは朝よりもひどくどん底に落ちてしまっていた。
「大丈夫?田舎の王子さまには刺激が強すぎたんじゃないの?」
ウォラスも残っていた。
銀髪が夕刻の光に透けて、きらきらと輝いている。
自己紹介中の退屈そうな表情はなかった。
髪と同様に眼も輝いている。
面白そうに、動けない蒼白のロゼリアを見る。
「複雑な事情は、彼女自身が克服しなければならないことでもあったんだけど。
それに、こんな白昼堂々と暗殺しようとしたら失敗するに決まっているのに、姫育ちは愚かだよな。斬首も当然だろ。君だったらどうやってジルコンを暗殺する?」
「あ、暗殺などしようとも思わない」
「アデールはどことも一戦をまじえていないからそう思うんだ。エール国は方々で戦争し打ち勝っている。
それに対しての恨みを持っている者も、あの姫に限らずあるだろう。だが、彼女は方法を間違った。
もっと確実にジルコンの息の根をとめようと思ったら、外ではなくて、ふたりだけの閨で行うべきだったんだ。
ベッドで油断をしている時に寝首を掻く。つまり、色仕掛けで迫るべきだったということ。これからチャンスはいくらでもあったのに、彼女は急いで失敗した」
ウォラスは、顔色がかわったロゼリアを興味深げに見下ろした。
足元にはリシュアが投げつけた黒いバラの花。
フォラスはそれを拾い上げ、埃を払った。
「黒は喪に服す色。彼女の暗い気持ちを写している。サファイア石はB国王家の象徴ともいえるもの。
こんな貴重な石ごと捨てるなんて、自暴自棄の彼女の気持ちを表しているよね」
ロゼリアにサファイアごと、黒バラを押し付けた。
「君は初心で、反応が面白い。退屈な勉強会が楽しくなりそうだ」
「これはどうすれば、、、」
「もらっていたらいいんじゃない?彼女自身が捨てたのだから」
ウォラスはジルコン達をゆったりと追う。
外には黒バラを手のひらで受けたロゼリア一人残された。
初日を終えたとき、ロゼリアは自信を完全に喪失していたのである。
第四話 百花繚乱 完
ジルコンはその手を取ろうと手を伸ばした。
ジルコンの口から出た、再び耳にするリシュア姫の複雑な事情。
それは何なのだろう、とロゼリアは思う。
その瞬間に、目の前に白刃がひらめいた。
ロゼリアは何がおこったかすぐに理解できなかった。
ジルコンが体を半身にする。
娘はジルコンに飛びついていた。
すかされて、振り向いたその手には刃渡り20センチほどの小さなナイフが握られていた。
息を継ぐ間もなく、リシュアは避けたジルコンにナイフを振り上げる。
ジルコンは冷静にその手首を掴んでひねり上げ、握った拳を容赦なくその腹に叩き込んだ。
リシュアの手からナイフが落ち、身体を折りうめく。
ジルコンは掴んだその手を後ろ手に絞り上げた。
それは目の前で行われたジルコン暗殺未遂だった。
自由な片手で胸の黒バラを引きちぎり地面にたたきつけ地団太を踏み、自ら踏みにじった。
娘はジルコンに呪詛を吐く。
エールのせいで、国土は無残に蹂躙され、父は投獄され王位は叔父に奪われた。
何もかもが一変した。
エールが憎い、お前が憎い。
こんな馬鹿げたおままごとのような集まりなど失敗すればいい、と。
ジルコンはリシュアの手を離さない。
「愚かにも早まった真似をしたものだ」
彼女に言ったのはそれだけである。
大声でスアレスを呼ぶ。
リシュアが髪を振り乱し抵抗した。
そこにはもう、大人しそうな印象はどこにもなかった。
駆け付けたスアレスに引き渡されると、護衛兵たちが彼女を引きずるように連れていく。
その時には、建物から多くの者たちが飛び出してきて、騒然とその様子を見守った。
ジルコンの傍には、ノル、フィン、ラドー、エスト、バルトが駆け付けている。
ノルはジルコンの傍で立ち尽くすロゼリアをぎろりと睨みつけた。
ロゼリアは目の前で起きた暗殺事件にショックを受けていた。
「中立国の王子さまは、ジルコンが危険な目にあうことに対し、何にも思わないようだな。俺たちは複雑な事情のある国の者たちを用心しているのだが、アデールの王子は初日からジルコンに危険を呼び込みつつ、知らぬ顔で傍観するつもりなのか?」
ノルは吐き捨てるように言った。
バルドが馬鹿にしたように鼻を鳴らす。
ラドーやエストはロゼリアを冷たい視線で牽制しながらジルコンとの間に割って入った。
ロゼリアはぐっとのどを詰まらせた。
ノルが言う通り、この危険な状況を生んだのは、ロゼリアがリシュアをジルコンに紹介しようとしたことがきっかけだった。
ようやく、リシュア姫の狙いはジルコンであると、ウォラスに忠告されていたことを思い出した。
それにも関わらずロゼリアはリシュアの存在が重要で複雑の意味を、真剣に受け取っていなかったのだ。
ジルコンも、アデールの森で襲われた時、ロゼリアにかつて言ったではないか。
ロゼリアは平和ボケして頭がお花畑なのだ。
ぐっと唇をかみしめた。
ジルコンは命を常に狙われているのだ。
それを知らないわけではない。
エールの心臓ともいえる王城内でさえも、どこでも襲われる危険はある。
それは再会の時に思い知ったのではなかったか。
自分は愚かにも失敗してしまった。
王子としての自覚という心掛けがなかったことよりももっと悪い。
今度はジルコンの命に係わる問題だった。
「気にするな。アン。複雑な事情は各国それぞれある。すまんな、この通り、お前を勇んで連れてきたのはいいが、俺の取組みは前途は多難だ。森と平野の国々はエールを頂点といいながらも、あちらこちらに遺恨禍根を残している。
そうであるからこそ、複雑な事情のある彼女には、あらたな俺たち世代の取組を知ってもらい協力して欲しいと思っていたんだが、、、」
ジルコンは寂し気に言う。
「彼女はどうなるの?」
「勉強会中に剣を抜いたら即王城退去。彼女はジルコンを暗殺しようとしたのだから斬首でもおかしくないよ」
小柄なフィンが無言のジルコンの代わりに言う。
皆が建物の中に入っていっても、ロゼリアはその場から動けない。
せっかく立ち直ったかと思った気持ちは朝よりもひどくどん底に落ちてしまっていた。
「大丈夫?田舎の王子さまには刺激が強すぎたんじゃないの?」
ウォラスも残っていた。
銀髪が夕刻の光に透けて、きらきらと輝いている。
自己紹介中の退屈そうな表情はなかった。
髪と同様に眼も輝いている。
面白そうに、動けない蒼白のロゼリアを見る。
「複雑な事情は、彼女自身が克服しなければならないことでもあったんだけど。
それに、こんな白昼堂々と暗殺しようとしたら失敗するに決まっているのに、姫育ちは愚かだよな。斬首も当然だろ。君だったらどうやってジルコンを暗殺する?」
「あ、暗殺などしようとも思わない」
「アデールはどことも一戦をまじえていないからそう思うんだ。エール国は方々で戦争し打ち勝っている。
それに対しての恨みを持っている者も、あの姫に限らずあるだろう。だが、彼女は方法を間違った。
もっと確実にジルコンの息の根をとめようと思ったら、外ではなくて、ふたりだけの閨で行うべきだったんだ。
ベッドで油断をしている時に寝首を掻く。つまり、色仕掛けで迫るべきだったということ。これからチャンスはいくらでもあったのに、彼女は急いで失敗した」
ウォラスは、顔色がかわったロゼリアを興味深げに見下ろした。
足元にはリシュアが投げつけた黒いバラの花。
フォラスはそれを拾い上げ、埃を払った。
「黒は喪に服す色。彼女の暗い気持ちを写している。サファイア石はB国王家の象徴ともいえるもの。
こんな貴重な石ごと捨てるなんて、自暴自棄の彼女の気持ちを表しているよね」
ロゼリアにサファイアごと、黒バラを押し付けた。
「君は初心で、反応が面白い。退屈な勉強会が楽しくなりそうだ」
「これはどうすれば、、、」
「もらっていたらいいんじゃない?彼女自身が捨てたのだから」
ウォラスはジルコン達をゆったりと追う。
外には黒バラを手のひらで受けたロゼリア一人残された。
初日を終えたとき、ロゼリアは自信を完全に喪失していたのである。
第四話 百花繚乱 完