男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
41、授業 ①
ロゼリアはエールのグループとも、パジャンのグループとも距離を置く。
席は左右に陣取る両陣営の間の、さらに後ろの方へ自然と押しやられる形になる。
時々の授業のテーマは環境のこと、文化のこと、宗教のことなど多岐に渡る。
テーマに沿って講師が変わる。
真白な髭を蓄える、フォルス王の重鎮も彼らの前に立つ。
エール国の土台となる知恵者が講師になるときは、会場全体の空気が引き締まる。
ジルコンの斜め後ろに座るいつも退屈そうなウォレスも少し真面目な顔になっている。
講師は名指しするが、それは平等ではない。
授業が重なるにつれて、その意見を聞きたい者を講師は指名するようになる。
ロゼリアは初めて白髭の重鎮から指さされた時、発言したくてうずうずしているところだった。
誰もこの場の者たちはロゼリアに話しかけようとしないのであれば、自分自身をわかってもらえる機会は授業の中でしかなかった。
だから、人の意見を踏まえたうえで、自分なりの意見のありったけを言う。
渾身の自己アピールであった。
自分は発言できない無口な者ではない。
己の考えも持っているのである。
発言し終えたとき、ほとんどの者が後ろの席のロゼリアを振り返る。
もちろんジルコンもである。
溜まったものを吐き出し切って、さらに注目も集めることに成功している。
爽快で気持ちが晴れやかになった。
「、、、それは一国の王子としての発言ですか?」
真白なフォルスの重鎮は、揚揚と発言し終えたロゼリアをじっとみた。
かすかに首を傾け、聞き直す。
ロゼリアは意味が分からずまごついた。
浮き上がっていた気持ちが瞬間に冷やされた。
今迄の発言はただの私見である。
それが、一国の王子としての発言であると受け取られるには無責任さをはらんでいる。
「、、、僕個人としてのただの意見です。アデールの王子としての意見ではございません」と、付け加えなければならなかった。
意気消沈した姿に、白髭の重鎮はうなずいた。
「皆さんはこれから国を代表する者になるであろう。己の発言が、国の方向性を決めることにもなり得るのだ。
ただの思い付きの軽い言葉であってもだ。だから、常に意識しなければならない。それが公の立場なのか、ただの私的な無責任なおしゃべりなのか」
「申し訳ございません。軽率でした」
ロゼリアが蚊の泣くような小さな声で打ちひしがれ言うと、その態度に小さく笑っている者もいる。
重鎮は満足げに大きくうなずいた。
「謝る必要などないよ。この場は学びの場であり、成長の場である。実のところ、発言はあなたの国を代表しているものとして聞いてはいないよ。むしろ、役割を纏う前の、自分自身を磨く場であってほしいと思っているから自由に発言していいんだ。
あなたを困らせるために聞いたのではなくて、自覚の有無を確認したかっただけだ。この場にいる誰もに、今のあなたのように、己の発言がどの立場からの発言なのか、そうでない自分の言葉なのか、意識して欲しいと思っていることを伝えたかったのだ。
では、アンジュ殿、あなたが先ほど私見を述べた、その同じ問に対する答えを、アデールの王子ならばどう応えるのか、聞かせてもらえないか?
私見と立場からの答えとどう違う?」
ロゼリアは背筋を正した。
再び問いが与えられたのだ。
今度は自分だけに。
だから、ロゼリアは重鎮だけに意識を集中する。
自分の存在感を皆に認めようと思って会場全体に話した時とは違う、白髭の重鎮とロゼリアの問答だった。
真剣問答にロゼリアの血が沸きたち、全神経が重鎮に向かう。
今迄の自分を脱皮していくような、内側から新たな自分が生まれるのだという興奮と喜びがあった。
王子としての意見と、個人的な意見は反することもあるということを知る。
その場合、自分はどちらの立場で発言したのかを自分なりに理解し、発言の真意を明確にする必要があるのだった。
そして、アデールで学んでいたことと、本質は何も変わらない。
一対多であっても、先生とロゼリアの真剣勝負だった。
誰かへの質問は、同時にロゼリアへの質問である。
発言の場が与えられなくても、自分への問いかけなのだから真剣に考えなければならないのだった。
そして、ここにいる者たちに認められるために発言をするのではない。
自分が成長するために、自分のためにここにいるのだ。
的外れな答えをしたとしても、それが学びなのだ。
生徒を名指しをして自国の様子などを話させる。
グループに分かれて討論することもある。
問題が有れば、講師は全体のグループの議論をストップし、他グループにも考えることを要求する。
これはなかなか面白かった。
ロゼリアは生徒の回答を聞きながら、自国の場合だと、また自分だと、また、自分がその国の者だったらどう感じ、考え、解決するだろうかと考える。
グループ討論をしている時は、誰もロゼリアをはじき出そうとするものはいない。
相手の発言をきちんと聞き理解しなければ、己が発言できないからだ。
そして、発言内容も、同席する者たちに同時に評価されている。
気に食わないからと言って、ロゼリアの発言を曲解すれば疑問に思われるのは己の資質だからだ。
そうとはいえ、巧妙にチクリと刺さる棘のようなものが忍ばされていることもあるのだが。
ロゼリアの授業中での恥ずかしい失敗はいくつもある。
席は左右に陣取る両陣営の間の、さらに後ろの方へ自然と押しやられる形になる。
時々の授業のテーマは環境のこと、文化のこと、宗教のことなど多岐に渡る。
テーマに沿って講師が変わる。
真白な髭を蓄える、フォルス王の重鎮も彼らの前に立つ。
エール国の土台となる知恵者が講師になるときは、会場全体の空気が引き締まる。
ジルコンの斜め後ろに座るいつも退屈そうなウォレスも少し真面目な顔になっている。
講師は名指しするが、それは平等ではない。
授業が重なるにつれて、その意見を聞きたい者を講師は指名するようになる。
ロゼリアは初めて白髭の重鎮から指さされた時、発言したくてうずうずしているところだった。
誰もこの場の者たちはロゼリアに話しかけようとしないのであれば、自分自身をわかってもらえる機会は授業の中でしかなかった。
だから、人の意見を踏まえたうえで、自分なりの意見のありったけを言う。
渾身の自己アピールであった。
自分は発言できない無口な者ではない。
己の考えも持っているのである。
発言し終えたとき、ほとんどの者が後ろの席のロゼリアを振り返る。
もちろんジルコンもである。
溜まったものを吐き出し切って、さらに注目も集めることに成功している。
爽快で気持ちが晴れやかになった。
「、、、それは一国の王子としての発言ですか?」
真白なフォルスの重鎮は、揚揚と発言し終えたロゼリアをじっとみた。
かすかに首を傾け、聞き直す。
ロゼリアは意味が分からずまごついた。
浮き上がっていた気持ちが瞬間に冷やされた。
今迄の発言はただの私見である。
それが、一国の王子としての発言であると受け取られるには無責任さをはらんでいる。
「、、、僕個人としてのただの意見です。アデールの王子としての意見ではございません」と、付け加えなければならなかった。
意気消沈した姿に、白髭の重鎮はうなずいた。
「皆さんはこれから国を代表する者になるであろう。己の発言が、国の方向性を決めることにもなり得るのだ。
ただの思い付きの軽い言葉であってもだ。だから、常に意識しなければならない。それが公の立場なのか、ただの私的な無責任なおしゃべりなのか」
「申し訳ございません。軽率でした」
ロゼリアが蚊の泣くような小さな声で打ちひしがれ言うと、その態度に小さく笑っている者もいる。
重鎮は満足げに大きくうなずいた。
「謝る必要などないよ。この場は学びの場であり、成長の場である。実のところ、発言はあなたの国を代表しているものとして聞いてはいないよ。むしろ、役割を纏う前の、自分自身を磨く場であってほしいと思っているから自由に発言していいんだ。
あなたを困らせるために聞いたのではなくて、自覚の有無を確認したかっただけだ。この場にいる誰もに、今のあなたのように、己の発言がどの立場からの発言なのか、そうでない自分の言葉なのか、意識して欲しいと思っていることを伝えたかったのだ。
では、アンジュ殿、あなたが先ほど私見を述べた、その同じ問に対する答えを、アデールの王子ならばどう応えるのか、聞かせてもらえないか?
私見と立場からの答えとどう違う?」
ロゼリアは背筋を正した。
再び問いが与えられたのだ。
今度は自分だけに。
だから、ロゼリアは重鎮だけに意識を集中する。
自分の存在感を皆に認めようと思って会場全体に話した時とは違う、白髭の重鎮とロゼリアの問答だった。
真剣問答にロゼリアの血が沸きたち、全神経が重鎮に向かう。
今迄の自分を脱皮していくような、内側から新たな自分が生まれるのだという興奮と喜びがあった。
王子としての意見と、個人的な意見は反することもあるということを知る。
その場合、自分はどちらの立場で発言したのかを自分なりに理解し、発言の真意を明確にする必要があるのだった。
そして、アデールで学んでいたことと、本質は何も変わらない。
一対多であっても、先生とロゼリアの真剣勝負だった。
誰かへの質問は、同時にロゼリアへの質問である。
発言の場が与えられなくても、自分への問いかけなのだから真剣に考えなければならないのだった。
そして、ここにいる者たちに認められるために発言をするのではない。
自分が成長するために、自分のためにここにいるのだ。
的外れな答えをしたとしても、それが学びなのだ。
生徒を名指しをして自国の様子などを話させる。
グループに分かれて討論することもある。
問題が有れば、講師は全体のグループの議論をストップし、他グループにも考えることを要求する。
これはなかなか面白かった。
ロゼリアは生徒の回答を聞きながら、自国の場合だと、また自分だと、また、自分がその国の者だったらどう感じ、考え、解決するだろうかと考える。
グループ討論をしている時は、誰もロゼリアをはじき出そうとするものはいない。
相手の発言をきちんと聞き理解しなければ、己が発言できないからだ。
そして、発言内容も、同席する者たちに同時に評価されている。
気に食わないからと言って、ロゼリアの発言を曲解すれば疑問に思われるのは己の資質だからだ。
そうとはいえ、巧妙にチクリと刺さる棘のようなものが忍ばされていることもあるのだが。
ロゼリアの授業中での恥ずかしい失敗はいくつもある。