男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
44、エリン国のベラ ②
それからこの麺は、小麦粉をたたいて伸ばして細長くカットしたものをさっと湯がいたもので、この麺を他の具材と炒めても、スープに入れていただいても、本当においしいのです。今日はスープでいただくことにしました。
おすすめですよ。
草原からの料理人も数人来ているそうで、森と平野の各地方でしか食べられないものも食べつくしたいと思うのですけれど、草原料理はおいしくておいしくて」
堰き止めていたものが噴き出したかのように言いながら、湯気のあがる肉まんをナイフで切り分けてぱくりと口に入れる。
ベラの夢中に語る様子に目を丸くしつつも、ロゼリアはその白くて湯気のあげるものが、肉まんなるものであると知ったのである。
ベラは、ロゼリアが僕もいただいていいかな、と席を立ちわざわざ追加に取って戻ってくるのを見ると、心底嬉しくなる。
実はこのアデールの王子のことが気になっていたのだった。
初めから、この豪奢な金髪をきっちりと一つに三つ編みにし青灰色の目をした美しい王子は目立っていた。
一番初めに彼に注目したのは、彼らの王の如きジルコンが、初参加が他にもいるにもかかわらず彼だけを彼の取り巻きに紹介した時だった。
初参加のベラももしかして自分も紹介されるかもと心臓が口から飛び出しそうになっていたのだった。
結局は紹介されず胸をなでおろしたのであったが。
そもそもベラのことなどジルコンが知るはずもないではないか。
一度も会ったことなどないのだ。
そして、その、誰もがお近づきになりたいジルコンは普段は彼の黒騎士たちと同様に近寄りがたい冷めた空気を纏うが、この陰謀や策略に無縁そうな田舎者のアンジュと一緒にいるときは、その表情が緩んでいるのである。
そして案の定、ベラが心配したように、ジルコンの取り巻きの王子たちから、このアデールの王子は目障りだと露骨に引き離されてしまった。
ベラがもし、彼のように、女子グループの、たとえばジュリアを頂点とする彼女の取り巻きからあんな風に仲間外れにされれば、絶対に耐えられないと思う。
二日で国へ帰ってしまっただろうと思うのである。
エリン国はアデールと同じぐらいの辺境の田舎の国である。
決して豊かな国ではない。
エリンの国に勉強会参加の打診があったとき、ベラの姉たちはその面倒そうな勉強会をベラに押し付けた。
ベラだけが結婚相手も決まっておらず、たいして美しくもなく、そして気の利いた会話ができるわけでもない。
だからあなたには学びが必要でしょう?
そうでもしないと、妹というのが恥ずかしいぐらい、美しくもなくなんのとりえもないあんたなんか、あなたが三番目ぐらいの妻でいいと思っても貰い手がなくてよ?
姉たちはそう言って押し付けたのだ。
ベラは断ることができなかった。
兄たちはもう20もとうに超えて、夏スクールの年齢に収まりきらなかった。
エールの要請に国として無視することはできず、誰かが行く必要があったのだった。
泣いて戻れば、エリンの姉たちをはじめ国の者たちはベラを馬鹿にし笑うだろうと思う。
「はじめは辛くても頑張っていれば、どこぞの王子の目に留まって同年代の素敵な結婚相手を見つけられるかもしれないのに、本当に馬鹿で愚図な子」
そう姉たちに嘲笑される自分が目に見えるではないか。
だからベラは女子グループの端にでもいれてもらえるように、女子たちの中で女王のようなエールの姫のジュリアの、その取り巻きたちの顔色をうかがう。
彼女たちの、豊かでもなく美しくもない田舎の姫に対する扱いは、召使のそれに近いものがある。
ベラはとりえもないとはいえ、何不自由のない姫育ちである。
姫というだけで周囲の者たちから甘やかされて育ったといえる。
求められる召使としての細やかな気配りに欠けるベラは、ここでも何かにつけて馬鹿にされがちであった。
ベラは貼りつけた笑みで日中は耐え忍ぶ。
一日一日、とにかく耐え忍ぶのだ。
食事の時だけは一人になりたかった。
好きなものを存分に食べたかった。
凄腕の料理人たちが作り出すものは本当においしかった。
食べている間は、おいしさが口内に広がるとともに、水底から気持ちが急浮上していく。
雲は晴れ、視界が広がり、世界が鮮やかになっていくような気がする。
アツアツのそれをはくはくと噛み、飲み下す。
臓腑が重く満たされていくにつれ、何も心配することはないように思われた。
ベラは、好きなものを食べることで、辛い現状の自分を忘れることができたのである。
おすすめですよ。
草原からの料理人も数人来ているそうで、森と平野の各地方でしか食べられないものも食べつくしたいと思うのですけれど、草原料理はおいしくておいしくて」
堰き止めていたものが噴き出したかのように言いながら、湯気のあがる肉まんをナイフで切り分けてぱくりと口に入れる。
ベラの夢中に語る様子に目を丸くしつつも、ロゼリアはその白くて湯気のあげるものが、肉まんなるものであると知ったのである。
ベラは、ロゼリアが僕もいただいていいかな、と席を立ちわざわざ追加に取って戻ってくるのを見ると、心底嬉しくなる。
実はこのアデールの王子のことが気になっていたのだった。
初めから、この豪奢な金髪をきっちりと一つに三つ編みにし青灰色の目をした美しい王子は目立っていた。
一番初めに彼に注目したのは、彼らの王の如きジルコンが、初参加が他にもいるにもかかわらず彼だけを彼の取り巻きに紹介した時だった。
初参加のベラももしかして自分も紹介されるかもと心臓が口から飛び出しそうになっていたのだった。
結局は紹介されず胸をなでおろしたのであったが。
そもそもベラのことなどジルコンが知るはずもないではないか。
一度も会ったことなどないのだ。
そして、その、誰もがお近づきになりたいジルコンは普段は彼の黒騎士たちと同様に近寄りがたい冷めた空気を纏うが、この陰謀や策略に無縁そうな田舎者のアンジュと一緒にいるときは、その表情が緩んでいるのである。
そして案の定、ベラが心配したように、ジルコンの取り巻きの王子たちから、このアデールの王子は目障りだと露骨に引き離されてしまった。
ベラがもし、彼のように、女子グループの、たとえばジュリアを頂点とする彼女の取り巻きからあんな風に仲間外れにされれば、絶対に耐えられないと思う。
二日で国へ帰ってしまっただろうと思うのである。
エリン国はアデールと同じぐらいの辺境の田舎の国である。
決して豊かな国ではない。
エリンの国に勉強会参加の打診があったとき、ベラの姉たちはその面倒そうな勉強会をベラに押し付けた。
ベラだけが結婚相手も決まっておらず、たいして美しくもなく、そして気の利いた会話ができるわけでもない。
だからあなたには学びが必要でしょう?
そうでもしないと、妹というのが恥ずかしいぐらい、美しくもなくなんのとりえもないあんたなんか、あなたが三番目ぐらいの妻でいいと思っても貰い手がなくてよ?
姉たちはそう言って押し付けたのだ。
ベラは断ることができなかった。
兄たちはもう20もとうに超えて、夏スクールの年齢に収まりきらなかった。
エールの要請に国として無視することはできず、誰かが行く必要があったのだった。
泣いて戻れば、エリンの姉たちをはじめ国の者たちはベラを馬鹿にし笑うだろうと思う。
「はじめは辛くても頑張っていれば、どこぞの王子の目に留まって同年代の素敵な結婚相手を見つけられるかもしれないのに、本当に馬鹿で愚図な子」
そう姉たちに嘲笑される自分が目に見えるではないか。
だからベラは女子グループの端にでもいれてもらえるように、女子たちの中で女王のようなエールの姫のジュリアの、その取り巻きたちの顔色をうかがう。
彼女たちの、豊かでもなく美しくもない田舎の姫に対する扱いは、召使のそれに近いものがある。
ベラはとりえもないとはいえ、何不自由のない姫育ちである。
姫というだけで周囲の者たちから甘やかされて育ったといえる。
求められる召使としての細やかな気配りに欠けるベラは、ここでも何かにつけて馬鹿にされがちであった。
ベラは貼りつけた笑みで日中は耐え忍ぶ。
一日一日、とにかく耐え忍ぶのだ。
食事の時だけは一人になりたかった。
好きなものを存分に食べたかった。
凄腕の料理人たちが作り出すものは本当においしかった。
食べている間は、おいしさが口内に広がるとともに、水底から気持ちが急浮上していく。
雲は晴れ、視界が広がり、世界が鮮やかになっていくような気がする。
アツアツのそれをはくはくと噛み、飲み下す。
臓腑が重く満たされていくにつれ、何も心配することはないように思われた。
ベラは、好きなものを食べることで、辛い現状の自分を忘れることができたのである。