男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

45、エリン国のベラ ③

ロゼリアとベラは急激に仲良くなっていく。
とはいってもお昼や夕食の時にロゼリアが一方的にベラを見つけ、同席し、たわいもない話をする程度であったが、二人にとって息抜きの時間になっていたのである。

食堂でベラを見つけると、ベラは先に自分用の食事を皿にもりもりと盛っていた。
ちらりと見ると、いつもの肉まんが三つに、肉でいためた卵麺、ぎゅっと丸く握ったおこわ飯である。
それに加えて、ベラは飲み物としていつも何かを飲んでいたが、今日の昼食は毒々しいほど真っ赤なジュースを添えている。
そのベラに、女子の一人がベラの皿を指さして、何やら話している。
ベラは笑顔を浮かべ、彼女たちから離れた。
ロゼリアが先に座る席の前に来ると、露骨にふうっとため息をつく。

「どうしたの?何か言われたの?」
ロゼリアのところに来て安心したのか、張り付けた笑顔は消え失せている。
「あなたの食べているものは絶対に食べないようにするわって言われただけよ。わたしのようになりたくないんだって」
「それは、失礼な物言いだね」
むうっとロゼリアも口を引き結んだ。
「失礼だと思うけど、同時に彼女たちもかわいそうだわ。こんなにおいしいのに」

人が何を言おうと食べたいものを選ぶベラでる。
はくはくと食べる姿は見る者に幸せ感を伝えるが、ロゼリアも毎回ベラの選ぶ食事を見ていて、その偏食はひどいと思う。

「その赤いの何?」
毒々しい色の物体をロゼリアは指さした。
「木いちごとセロリのジュース」
誇らしげな返事が返ってきた。
「何それ!」

ロゼリアはありえない組み合わせにぷふっと笑えてしまう。
フルーツがふんだんに盛られた皿があって、厨房の料理人が希望があればその場でフレッシュジュースを作ってくれるのだ。
ロゼリアは一種類のフルーツしか選んだことがない。

「わたしはあえておかずに野菜を選ぶわけでもないから、ジュースで野菜を美味しくいただけるのならちょうど良いでしょう?
実はね、わたしいろいろ組み合わせて自分好みを見つけているところなの。総当たり的な感じで。あなたも夏期スクールの課題にしてみれば?」

ベラはいたって大真面目である。
「野菜が少ないっていう自覚があるんだね」
ロゼリアが言うと、ベラはムッとする。
「あんたもわたしをバカにしに来ているわけ?」

ロゼリアは慌てて首を振る。
馬鹿にしたというよりも、むしろ唯一の友人として言っているのである。

「そんなつもりは全くないよ。
ただ、君のチョイスは体内でエネルギ-源になりうる炭水化物に片寄っているから、パン、麺、ライスといった食べたいものを食べ続けるためには、いったん取り入れたものを消費するために体を動かしたりしてエネルギー消費をする必要があるよ。
でなければ使われなかったエネルギーは体内に貯金として溜まっていくばかりだ。体が重くなれば動くのがしんどくなって、ますます動かなくなるよ」
その結果が、どんと大きいベラである。
服もはじけそうな大きな胸である。

「貯金は嬉しいけど、肉の貯金は御免だわ」

不機嫌にベラは反応する。
ここに来てから横幅が広がっていることに関して、全く気にしていないわけではないのだ。
持参した服はどんどん着られなくなっている。
大きな胸が、男からだけではなく女からも、視線を集めることも気が付いている。
だが、偏食のことをいわれると素直になれない自分がいる。
それが唯一のストレス解消法なのだ。

「だけど、運動は嫌いだし、暑いし、汗をかくしするつもりはないわ」

「運動は、堅苦しく考えるものでなくてもいいよ。簡単なものでいいと思うけど、おすすめは実益を兼ねれる体術なんかよいと思う。
姫なら自分の身を少々守れる方が、ここでも帰国しても、君の護衛の者は本当に助かると思うよ?」
「わたしのことなんて、誰も心配しないわ!エリン国で居場所がないから、美食宿付きの勉強会に参加しているだけだから!」

ロゼリアはベラの返事に目を丸くする。
こんなに意識低い系の姫は初めてだった。
ジルコンやラシャールの平和への礎を自分たち若い世代で築こうという精神はベラには全く関係がないようである。

「、、、国に居場所がないから、ここにきているの?」
「まさしくその通りよ。わたしのこの夏スクールのテーマはジュースの組み合わせについてだって先ほどいわなかったかしら。珍しいものがたくさんあって、研究には事欠かないわ。
あなただってわたしのことを捨て置いてくれてもいいのよ?わたしがどこで何をしようと、誰も気にしていないのだから」

ベラはロゼリアに、木いちご&セロリのジュースのグラスを突きつけようとした。
それは勢いが良すぎて、振られたグラスからジュースが飛びだした。

「きゃああ!」

その悲鳴は食堂中に響いた。




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