男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
49、馬小屋 ①
ベラとロゼリアの朝練初日の早朝、森とグランドに挟まれた馬小屋に訪れる者がいた。
ラシャールである。
彼は愛馬の黒馬をここに預けている。
他にも夏スクールの参加者の馬が預けられていて、馬番たちの手によって行き届いた世話がなされていた。
ラシャールは一日に一度は愛馬の様子を見にくる。
日によっては走らせることもある。
日中は暑さでばてている黒毛の愛馬は、涼しい時間帯のラシャールの訪れに目を輝かせ、喜びをブルルといなないてラシャールに伝える。
外のグランドの様子は馬小屋からの窓からうかがえた。
まだ誰も来ていない。
ラシャールは余裕をもって早めに来ている。
約束の時間には30分ほどもある。
ラシャールは愛馬にブラッシングをはじめた。
するとたちまち筋肉の余分な緊張がほどけ、さらにブラシをかけると艶がでる。
愛馬は気持良さげな顔をする。
ラシャールの顔に笑みが浮かぶ。
「、、、まるで女のように手間をかけているんだな」
ラシャールはいきなり声を掛けられ、顔を上げた。
そこには、ナミビアの王子ウォラスが口元に笑みを浮かべ、軽く腕を組みラシャールを見ていた。
ウォラスは野外研修の時のような動きやすい服装である。
「女のようにというよりも、馬は、女そのものだよ。心を込めて慈しむと、本当に素直に心を寄せてくれる。
だけどしばらく忙しさに捨て置くと、いざというときに裏切られてしまう。だからパジャンでは馬は妻や恋人と同等に扱う。馬に嫉妬する女がいるぐらい。
それにしてもウォラス殿とここで会えるとは珍しい!朝から馬の相手をしようとするなんてわたし以外には誰もいないかと思っておりましたよ」
そういうラシャールの格好も、ウォラスと同じような格好である。
二人とも、昨日の食堂中に響き渡ったロゼリアとベラの朝練を始めるという話を密かに面白いと思い、参加しようと思っていたのだった。
ロゼリアたちが柔軟体操を始めた頃に、実は愛馬の手入れを中断しラシャールは馬小屋から出ようとしたが、エールの王子のジルコンが王城から出てくるのを見て思いとどまったのだ。
そしてロゼリアとジルコンの手合わせを見ていたが、途中から朝練の参加をとりやめ、愛馬の手入れに専心することにしたのである。
ウォラスは遅れてきた。
ラシャールが見たその手合わせをしている場面を彼も見て、そして合流しないで馬小屋に足を向けたのであった。
ウォラスは自分やジルコン以外にも参加しようと思った者のがいたことを知り、ラシャールを見て意味ありげににやにやと笑う。
「あれだけ大きな声で話していたんだ。誰か来るのか見て見たかっただけだ。
まさかジルコンに加えて、パジャンのラシャール殿が来られるとは思いもしなかったけどね。何か、あんたはアンジュと関係があるのかな?」
ウォラスは首を傾げ、目を細めラシャールを観察する。
「そういえば、あんた、球投げ競技のとき、アンジュに甘い決め球を投げていたな。ジルコンには彼が拳でよけなければ反則なっていた、あいつの顔面を強烈な球で狙っていたな。えらい違いがあるな。自分だけ物分かりのよさげな顔をして、ジルコンに闘志を燃やしている?
案外胸の内には燃え上がるものを持っているのかなあ」
あの時のことをラシャールに指摘した者は、ウォラス以外にいない。
ロゼリアのがら空きの背中に当てた、あり得ないほどのゆるい球をみて、アリシャンがはあ?というあきれた顔をしたぐらいだった。
「草原の男はみんなそういうものだと思うよ。それよりあなたこそ、自分の馬に用がないのなら、こんなところでおしゃべりしてないで、彼らの朝練に参加したら良いのではないか?」
ウォラスは窓の外の二人を見る。
「ジルコンの恋路を邪魔したら悪いだろ?だから、わたしはジルコンのいないところで、寝んねちゃんにアプローチすることにするよ」
それを聞くや、ラシャールは愛馬の背に手をついて飛び越えた。
ウォラスの間近に着地すると、その首を掴んで壁に押し付けた。
ラシャールの切れ長の緑の目が殺気を帯びる。
ウォラスの甘い顔は驚愕し、笑みを失う。
襲われる恐怖にゆがんだ。
「ナミビアの色男よ。アデールの王子に手をだすな!あなたは遊んでばかりいないで、本当に好きな人と真剣に付き合ったらどうだ」
「本当に、好きな、人なんて、いないよ」
絶え絶えに言う。
ウォラスの顔色が赤黒く変わるのを確認すると、ようやくラシャールは締め上げる腕を緩めた。
「ふんっ。可哀想なやつだな!」
ラシャールの目に憐憫の色が浮かぶ。
せき込みながらずるずると腰を落としていく銀髪の巻き毛の男に、ラシャールは用はない。
愛馬の手入れも終わりだった。
ラシャールは行く。
崩れ落ちたその場で、ようやく喉が落ち着いたウォラスは額に手をやり冷汗を拭う。
馬小屋に残されていたのは斜めに構えた美男子ではない。
誰にも見せたことない苦悩の表情がフォラスの顔を曇らせる。
それは喉を締め上げられたからではない、ラシャールの言葉が彼の苦しみをズバリと指摘したからだった。
ラシャールである。
彼は愛馬の黒馬をここに預けている。
他にも夏スクールの参加者の馬が預けられていて、馬番たちの手によって行き届いた世話がなされていた。
ラシャールは一日に一度は愛馬の様子を見にくる。
日によっては走らせることもある。
日中は暑さでばてている黒毛の愛馬は、涼しい時間帯のラシャールの訪れに目を輝かせ、喜びをブルルといなないてラシャールに伝える。
外のグランドの様子は馬小屋からの窓からうかがえた。
まだ誰も来ていない。
ラシャールは余裕をもって早めに来ている。
約束の時間には30分ほどもある。
ラシャールは愛馬にブラッシングをはじめた。
するとたちまち筋肉の余分な緊張がほどけ、さらにブラシをかけると艶がでる。
愛馬は気持良さげな顔をする。
ラシャールの顔に笑みが浮かぶ。
「、、、まるで女のように手間をかけているんだな」
ラシャールはいきなり声を掛けられ、顔を上げた。
そこには、ナミビアの王子ウォラスが口元に笑みを浮かべ、軽く腕を組みラシャールを見ていた。
ウォラスは野外研修の時のような動きやすい服装である。
「女のようにというよりも、馬は、女そのものだよ。心を込めて慈しむと、本当に素直に心を寄せてくれる。
だけどしばらく忙しさに捨て置くと、いざというときに裏切られてしまう。だからパジャンでは馬は妻や恋人と同等に扱う。馬に嫉妬する女がいるぐらい。
それにしてもウォラス殿とここで会えるとは珍しい!朝から馬の相手をしようとするなんてわたし以外には誰もいないかと思っておりましたよ」
そういうラシャールの格好も、ウォラスと同じような格好である。
二人とも、昨日の食堂中に響き渡ったロゼリアとベラの朝練を始めるという話を密かに面白いと思い、参加しようと思っていたのだった。
ロゼリアたちが柔軟体操を始めた頃に、実は愛馬の手入れを中断しラシャールは馬小屋から出ようとしたが、エールの王子のジルコンが王城から出てくるのを見て思いとどまったのだ。
そしてロゼリアとジルコンの手合わせを見ていたが、途中から朝練の参加をとりやめ、愛馬の手入れに専心することにしたのである。
ウォラスは遅れてきた。
ラシャールが見たその手合わせをしている場面を彼も見て、そして合流しないで馬小屋に足を向けたのであった。
ウォラスは自分やジルコン以外にも参加しようと思った者のがいたことを知り、ラシャールを見て意味ありげににやにやと笑う。
「あれだけ大きな声で話していたんだ。誰か来るのか見て見たかっただけだ。
まさかジルコンに加えて、パジャンのラシャール殿が来られるとは思いもしなかったけどね。何か、あんたはアンジュと関係があるのかな?」
ウォラスは首を傾げ、目を細めラシャールを観察する。
「そういえば、あんた、球投げ競技のとき、アンジュに甘い決め球を投げていたな。ジルコンには彼が拳でよけなければ反則なっていた、あいつの顔面を強烈な球で狙っていたな。えらい違いがあるな。自分だけ物分かりのよさげな顔をして、ジルコンに闘志を燃やしている?
案外胸の内には燃え上がるものを持っているのかなあ」
あの時のことをラシャールに指摘した者は、ウォラス以外にいない。
ロゼリアのがら空きの背中に当てた、あり得ないほどのゆるい球をみて、アリシャンがはあ?というあきれた顔をしたぐらいだった。
「草原の男はみんなそういうものだと思うよ。それよりあなたこそ、自分の馬に用がないのなら、こんなところでおしゃべりしてないで、彼らの朝練に参加したら良いのではないか?」
ウォラスは窓の外の二人を見る。
「ジルコンの恋路を邪魔したら悪いだろ?だから、わたしはジルコンのいないところで、寝んねちゃんにアプローチすることにするよ」
それを聞くや、ラシャールは愛馬の背に手をついて飛び越えた。
ウォラスの間近に着地すると、その首を掴んで壁に押し付けた。
ラシャールの切れ長の緑の目が殺気を帯びる。
ウォラスの甘い顔は驚愕し、笑みを失う。
襲われる恐怖にゆがんだ。
「ナミビアの色男よ。アデールの王子に手をだすな!あなたは遊んでばかりいないで、本当に好きな人と真剣に付き合ったらどうだ」
「本当に、好きな、人なんて、いないよ」
絶え絶えに言う。
ウォラスの顔色が赤黒く変わるのを確認すると、ようやくラシャールは締め上げる腕を緩めた。
「ふんっ。可哀想なやつだな!」
ラシャールの目に憐憫の色が浮かぶ。
せき込みながらずるずると腰を落としていく銀髪の巻き毛の男に、ラシャールは用はない。
愛馬の手入れも終わりだった。
ラシャールは行く。
崩れ落ちたその場で、ようやく喉が落ち着いたウォラスは額に手をやり冷汗を拭う。
馬小屋に残されていたのは斜めに構えた美男子ではない。
誰にも見せたことない苦悩の表情がフォラスの顔を曇らせる。
それは喉を締め上げられたからではない、ラシャールの言葉が彼の苦しみをズバリと指摘したからだった。