男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
50、レオの場合 (第五話 完)
ベラが気になる一方で、レオはエール側からもパジャン側からも距離を置かれている中途半端な立場のアデールのアンジュも気になった。
アデールの王子は二つ派閥の、どちらでもない真ん中に席を構える。
アデールの王子はどんな状況でもへこたれなかった。
図太い性格なのか心臓に毛が生えているのか。
だが、その己の足りないところを自覚しながらも果敢にも自分の考えを発言していく姿勢に、レオは目を離せなくなった。
もう少し考えて発言しろよ、とか、そんなことも知らないのか、と思うことも多かった。
だが、レオはアデールのアンジュよりも中身のある発言をできるのだが、指名されなければ誰にも知られないで終わるのだ。
それは、はじめから自分は考えていないことと同様だと思い知る。
足りないところのある発言よりも、発言しない方がよっぽど価値のないことだと思う。
そして、レオが初めは馬鹿にしていたアデールの王子の発言は、口を開く度に磨かれていく。
アデールの王子と違ってレオは、ぬかるんだ沼に足を取られているかのように、同じ位置でずっと身動きが取れないでいるのだ。
しかも、誰も気が付かない。
手を差し伸べてくれるものなどいない。
一週間二週間とたつと次第に、アデールの王子の回りに派閥を意識しない者たちがバラバラと集まって来ていた。
エールもパジャンも関係なく。
男も女も関係なく。
彼らは派閥も性別も超えて、短いながらもぽつぽつと会話を楽しむようになっていた。
かといって、一日アデールの王子の近くにいるわけではない。
1講座か2講座分過ごすと、また元の派閥に戻っていく。
アデールの王子を捨て置けない腰掛たちだった。
そういう者たちがアデールの王子の周囲に遠巻きながらも何人もいたので、勉強会場を広く見渡せば、アデールの王子はひとりでいるわけではなくなっていたのだった。
とはいえ、アデールの本人に直接会話を試みようとする者は少なかったのだけれど。
その腰掛の者たちのなかでも、一番長くロゼリアの側にいたのがレオである。
眼鏡のレオのその素顔は、華やかでも猛々しくもない。
王族の生まれらしくこじんまりとしてはいても整った顔立ちではある。
背も高くなく、低くなく。
レオは地味で目立たなかった。
王族であるにも関わらず、目立つ存在ではない。
お前は長男であるのに、本当に華がないねえ!とは母親の言葉であり、レオの国の者たちの率直な、彼に対する印象である。
その印象を覆すために、各国の若者たちと確かな友情を築いて、存在感たっぷりの男になって戻って、自分を小馬鹿にしている者たちを見返してやる!
と思って参加を決めたのが二年も前のことである。
実はジルコンのスクールの古株ではあったが、レオはなかなか講師たちから指名をされず、前回一緒だった学生たちからも、毎回、自己紹介から始めることになる。
印象に残っていないのだ。
まるで初めて会ったかのように自己紹介をする。
恥辱で頬が引きつるが、相手はそんなことにも気がついていないだろう。
レオが最後まで言い切るまでに、その視線はどこか別のところに向いていることが大半だったからだ。
こんな状態で、果たして自分は変われるのか?
悩みながらの、三度目の夏期スクールの参加であった。
意味がないなら今回限りで最後のつもりだった。
そこに現れたのが、アデールの王子アンジュであった。
まず、その女と見間違えるぐらいの美しさに目を奪われた。
存在が華やかだった。
貧乏国で辺境の小さな国の出身であることなど関係なかった。
エールの王子のお気にいりぶりも、エール派でなくても目を引いた。
そして、目だった彼は案の定、エール派から総弾きをくらう。
彼らの王であるジルコン王子から引き離された。
あれをされると、レオなら辛過ぎる。
レオの国の後宮でもよくあることである。
王の寵を得て得意になった娘は、嫉妬を買い陰湿ないじめにあう。
ある日突然後宮からいなくなる。
逃げ出したのか殺されたのか。
誰もその行方を知らない。
レオは強烈にアンジュ王子が気になった。
つまはじきにされて、どうして平気でいられる?
後楯はいらないのか?
馬小屋から抜け出したのは、一人になってから十分時間がたった後である。
授業は既に始まっていた。
極力音を立てないように、悪目立ちしないように教室に入る。
パジャン側の席を見、そして全体を見回した。
朝練を終えたアデールの王子の周囲には、ベラを始め5、6名が席を取っている。
彼らも極力目立たぬように、アデールの王子と距離を取りつつも、その実、彼の近くに座っている。
彼らの心理がレオには手に取るようにわかる。
あからさまに、アデール派?と見なされたくないのだ。
彼らはどっぷり、エール派でありパジャン派である。
だが、個人的にアデールの王子が気になり、ずっと一人にはしておけないといったところであろう。
レオはアデールの王子の席の二つほど斜め後ろの席に決めた。
彼にしては、かなり勇気のいる接近した席だった。
ロゼリアの隣のベラが、人の入ってきた気配にレオをちらりと見た。
だが、案の定その視線はレオを通り過ぎる。
たいして意味のないものとして流されたのだ。
いつもの、ベラだけでない、皆の普通の扱いである。
意味がたいしてあるわけでもない人間。それがレオである。
まるで透明人間にでもなったような気がする。
ベラに続き、ロゼリアも気がついた。
レオに向かって授業を邪魔しないように口パクで挨拶する。
「おはよう、レオ!珍しく遅刻なんだね!」
思いがけない笑顔の挨拶だった。
「お、おはよう、アンジュ!この席いいかな?」
「もちろん、いいよ」
会話はそれだけである。
レオの心臓はどきどきと跳ねはじめた。
スクールの場で自分の名前を呼ばれたのは本当に久々だったことに気が付いた。
いつから呼ばれていないのだろう。
アデールの王子は自分をちゃんとひとりの仲間として認めてくれている。
眼の奥がじいんと痛む。
それは、涙を堪えなくてはならないほどレオには嬉しかった。
そして、自分は誰かにちゃんとその存在を認められたいと切望していることに気が付いた。
今朝は参加できなかったけれど、明日はベラ以外に気おくれするようような誰かがたとえいたとしても、アデールの王子の朝練に勇気をだして参加しよう。
ベラを受け止めたように、レオもこのアデールの王子は軽く受け止めてくれるだろうと確信する。
心臓の高鳴りはおさまりそうにない。
授業の講師の声が聞こえない。
レオは溢れそうになる涙をのどの奥に流し込みながら、決意をしたのだった。
第五話完
アデールの王子は二つ派閥の、どちらでもない真ん中に席を構える。
アデールの王子はどんな状況でもへこたれなかった。
図太い性格なのか心臓に毛が生えているのか。
だが、その己の足りないところを自覚しながらも果敢にも自分の考えを発言していく姿勢に、レオは目を離せなくなった。
もう少し考えて発言しろよ、とか、そんなことも知らないのか、と思うことも多かった。
だが、レオはアデールのアンジュよりも中身のある発言をできるのだが、指名されなければ誰にも知られないで終わるのだ。
それは、はじめから自分は考えていないことと同様だと思い知る。
足りないところのある発言よりも、発言しない方がよっぽど価値のないことだと思う。
そして、レオが初めは馬鹿にしていたアデールの王子の発言は、口を開く度に磨かれていく。
アデールの王子と違ってレオは、ぬかるんだ沼に足を取られているかのように、同じ位置でずっと身動きが取れないでいるのだ。
しかも、誰も気が付かない。
手を差し伸べてくれるものなどいない。
一週間二週間とたつと次第に、アデールの王子の回りに派閥を意識しない者たちがバラバラと集まって来ていた。
エールもパジャンも関係なく。
男も女も関係なく。
彼らは派閥も性別も超えて、短いながらもぽつぽつと会話を楽しむようになっていた。
かといって、一日アデールの王子の近くにいるわけではない。
1講座か2講座分過ごすと、また元の派閥に戻っていく。
アデールの王子を捨て置けない腰掛たちだった。
そういう者たちがアデールの王子の周囲に遠巻きながらも何人もいたので、勉強会場を広く見渡せば、アデールの王子はひとりでいるわけではなくなっていたのだった。
とはいえ、アデールの本人に直接会話を試みようとする者は少なかったのだけれど。
その腰掛の者たちのなかでも、一番長くロゼリアの側にいたのがレオである。
眼鏡のレオのその素顔は、華やかでも猛々しくもない。
王族の生まれらしくこじんまりとしてはいても整った顔立ちではある。
背も高くなく、低くなく。
レオは地味で目立たなかった。
王族であるにも関わらず、目立つ存在ではない。
お前は長男であるのに、本当に華がないねえ!とは母親の言葉であり、レオの国の者たちの率直な、彼に対する印象である。
その印象を覆すために、各国の若者たちと確かな友情を築いて、存在感たっぷりの男になって戻って、自分を小馬鹿にしている者たちを見返してやる!
と思って参加を決めたのが二年も前のことである。
実はジルコンのスクールの古株ではあったが、レオはなかなか講師たちから指名をされず、前回一緒だった学生たちからも、毎回、自己紹介から始めることになる。
印象に残っていないのだ。
まるで初めて会ったかのように自己紹介をする。
恥辱で頬が引きつるが、相手はそんなことにも気がついていないだろう。
レオが最後まで言い切るまでに、その視線はどこか別のところに向いていることが大半だったからだ。
こんな状態で、果たして自分は変われるのか?
悩みながらの、三度目の夏期スクールの参加であった。
意味がないなら今回限りで最後のつもりだった。
そこに現れたのが、アデールの王子アンジュであった。
まず、その女と見間違えるぐらいの美しさに目を奪われた。
存在が華やかだった。
貧乏国で辺境の小さな国の出身であることなど関係なかった。
エールの王子のお気にいりぶりも、エール派でなくても目を引いた。
そして、目だった彼は案の定、エール派から総弾きをくらう。
彼らの王であるジルコン王子から引き離された。
あれをされると、レオなら辛過ぎる。
レオの国の後宮でもよくあることである。
王の寵を得て得意になった娘は、嫉妬を買い陰湿ないじめにあう。
ある日突然後宮からいなくなる。
逃げ出したのか殺されたのか。
誰もその行方を知らない。
レオは強烈にアンジュ王子が気になった。
つまはじきにされて、どうして平気でいられる?
後楯はいらないのか?
馬小屋から抜け出したのは、一人になってから十分時間がたった後である。
授業は既に始まっていた。
極力音を立てないように、悪目立ちしないように教室に入る。
パジャン側の席を見、そして全体を見回した。
朝練を終えたアデールの王子の周囲には、ベラを始め5、6名が席を取っている。
彼らも極力目立たぬように、アデールの王子と距離を取りつつも、その実、彼の近くに座っている。
彼らの心理がレオには手に取るようにわかる。
あからさまに、アデール派?と見なされたくないのだ。
彼らはどっぷり、エール派でありパジャン派である。
だが、個人的にアデールの王子が気になり、ずっと一人にはしておけないといったところであろう。
レオはアデールの王子の席の二つほど斜め後ろの席に決めた。
彼にしては、かなり勇気のいる接近した席だった。
ロゼリアの隣のベラが、人の入ってきた気配にレオをちらりと見た。
だが、案の定その視線はレオを通り過ぎる。
たいして意味のないものとして流されたのだ。
いつもの、ベラだけでない、皆の普通の扱いである。
意味がたいしてあるわけでもない人間。それがレオである。
まるで透明人間にでもなったような気がする。
ベラに続き、ロゼリアも気がついた。
レオに向かって授業を邪魔しないように口パクで挨拶する。
「おはよう、レオ!珍しく遅刻なんだね!」
思いがけない笑顔の挨拶だった。
「お、おはよう、アンジュ!この席いいかな?」
「もちろん、いいよ」
会話はそれだけである。
レオの心臓はどきどきと跳ねはじめた。
スクールの場で自分の名前を呼ばれたのは本当に久々だったことに気が付いた。
いつから呼ばれていないのだろう。
アデールの王子は自分をちゃんとひとりの仲間として認めてくれている。
眼の奥がじいんと痛む。
それは、涙を堪えなくてはならないほどレオには嬉しかった。
そして、自分は誰かにちゃんとその存在を認められたいと切望していることに気が付いた。
今朝は参加できなかったけれど、明日はベラ以外に気おくれするようような誰かがたとえいたとしても、アデールの王子の朝練に勇気をだして参加しよう。
ベラを受け止めたように、レオもこのアデールの王子は軽く受け止めてくれるだろうと確信する。
心臓の高鳴りはおさまりそうにない。
授業の講師の声が聞こえない。
レオは溢れそうになる涙をのどの奥に流し込みながら、決意をしたのだった。
第五話完