男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子

55、エール王都デート②

 王城への目貫通りには王族御用達の店が立ち並ぶ。
 ジルコンを先頭にロゼリア、護衛騎士ふたりと続く。
 一行は華美でない服装ではあるが、大柄なロダンの威容と、細身ながらも周囲に舐めるように視線を滑らせ気を配るアヤが護衛騎士であることは、王都在住の者ならたいていはわかる。
 この護衛騎士二人が守る貴人は、お忍びのジルコン王子でしかありえない。
 王子は旅人のようなフードを頭からかぶっている。
 王子本人だと気が付いても知らないふりをするのが、暗黙の了解事になっていた。
 
 だからシリウス宝飾店の老齢の亭主シリウスは、通常の客を迎えるように、ぶらりと入ってきた彼らを迎える。
 ジルコン王子は上得意の顧客であった。
 何度か女性へのプレゼントに金や銀をふんだんに使い、宝石をあしらったブローチやペンダントを用意したことがあった。
 その時の相手は掛けだしの若い女優だったか。
 ジルコン王子は彼女と会う度に渡していたようで、その後、誇らしげにその宝石類を日替わりで身につけた女優の姿を何度も見かけたことがある。その彼女は大人気の女優になっている。
 どのレベルですかと目で確認すると、ジルコンは顎で奥の部屋に案内するように合図を返す。
 贈る相手により、見せる部屋が異なっている。

 外から見える店舗側には、手ごろな指輪やアクセサリーが並ぶ。こちらは、王家御用達の店で購入したというブランドに意味を見出す者たちが背伸びし、見せびらかして自尊心を満たすためのものである。
 
 もうすこし改まったものなら、半ばの部屋へ。
 金を持った者なら手が届くレベルの高い宝飾品が並ぶ。
 さらにもうひとつ奥の部屋もある。
 この奥の部屋に入れるものは、ほんの一握りの選ばれた者たちである。

 ジルコンの女優は真ん中の部屋だった。
 今日はジルコンは真ん中の部屋を素通りし、さらに奥へと要求する。
 言われるままに亭主は最奥に案内した。
 断る理由はなかった。

「これなんかどうだ?」
 王子はショーケースの金のブローチを指さした。
 女優に渡したものよりもはるかに美しい細工ものである。
 亭主は笑顔でショーケースからブローチを手袋をはめた手で引き出し、シルク布の上に取り出した。
 最奥の品はどれも、大変高価な品々である。

「こちらは5カラットのピンクダイヤを雫の形に整え、それを花びらのように配置したもので、当店専属のデザイナーにデザインさせたものです」
 ジルコンはブローチの横の花の形のピアスを指した。
 亭主は取り出した。
「ピンクダイヤの一粒ピアスです。ブローチと対になりますが、このダイヤは10年に一度この店で扱えるかどうかというぐらいのレベルの素晴らしいもので、ブローチと共につけても、これだけでも十分ご満足いただけるレベルのものになります。贈られた方は、ひと財産となるでしょう」

 ジルコンは触っていいか、と前置きをしてピアスを手に取り同行の若者のフードをずらし、耳に添えて見せた。
 亭主は驚きを飲み込んだ。
 宝飾は女性用のものであったからだ。
 まさか、この最奥の部屋に陳列した宝石類がまさか男性に贈られるものだとは思いもしなかったのだ。
 てっきり、従者かなにかだと思っていたのだった。

 店主はジルコン王子の同行の若者をさりげなく観察する。
 若者の姿勢はいいが、床を踏む足音がむやみに高い。
 最初に入ったときにきょろきょろと眩し気に左右をみて天井まで見回したところから、高級店に慣れていないのがわかる。肩に力がはいり緊張しているようだった。

 身体を覆うフードの前の合わせ目からうかがえた、彼の身なりで一番高価なものは、ベルトとして巻く鮮やかな赤い織帯ぐらいだろう。
 一目でアデールの赤で染めたものだとわかる。
 あの赤を出そうと思えば、かなり濃く染めなければならないからだ。
 赤の帯は王子からの若者へ既に贈ったものなのかもしれないと結論付けた。

 
 その衣服の野暮ったさとは対象的に、その髪は非常に眼を引いた。
 きっちりと三つ編みに結ばれた背中の中ほどまでありそうな髪を解けば、誰もが振り返るほどの豪奢なものになるのに違いなかった。
 ブローチの黄金がもしかして負けるかもしれないと思う。
 それに、良く見れば、その顔立ちも肌も、男にしては随分となめらかで美しい。

 
 ジルコン王子は、もしかして美女だけでなく、そちらの方向にもめざめたのだろうかと、顔に出さないように笑顔で固めた下でシリウスは思う。
 誰が誰に何をいくらでプレゼントしたかなどは最重要機密事項である。
 売上台帳にも暗号で記録するほど、細心の注意を払っている。
 若者は、彼の生涯で稼ぐ以上の値段のブローチとピアスを贈られて、生涯ジルコンに愛と貞操を誓い、泣いて喜ぶだろうと亭主は思った。
 
「ごめん、ピアスの穴をあけていないし、そのアクセサリーはきれいだけど重そうだから、もう少し考えた方がいいと思う」
 ジルコンは若者に言われて、すっと手を引く。
 この薄汚れたような格好の一言で、亭主の一年分の給与分の売り上げが消えてしまった。

「そうか。ダイヤもいいが、真珠も似合いそうだと思っていた。亭主、真珠はあるか?」
 ジルコンの要望に、真珠の入った箱を取り出した。
 10列の筋がありその間に真珠がさまざまなランクで一列に並んでいる。
 
「これはC国産の淡水真珠の中でも照りと巻が美しいものを選りすぐったものです。当店の目利きバイヤーが現地に赴き、養殖場から取り出された真珠ひとつひとつを吟味したもので、指輪、ブローチ、ペンダント。一粒から加工は可能です。この列が最高級品質のもので、順にランクが落ちていきますが、それでも……」
 説明の途中ながら、ジルコンは最高級品質の列の、その中でも大きなつぶをつまみ上げ、若者の耳に当てた。

「鉱物よりも、このような乳白色ながら複雑な色味を帯びた真珠が肌にあいそうだ。ピアスを開けようとはおもわないか?」
 ジルコンの目が愛しいものを見るように細くなる。
「それとも、これらを全部つなげて、アップした髪にぐるぐると巻き付けようか」
 シリウスの心臓がどきどきとなりだした。今度はこの真珠を全て購入するという話になっている。
 先ほどのダイヤの一式には届かないが、この200個の真珠全てつなげるとなると、数か月分の売り上げに匹敵する。
「どう思う?アン?とっても似合っている」
 お財布は王子であっても決定するのはこの金髪の若者のようである。
 さっと、鏡をシリウスは差し出し、髪に真珠を当てられた姿を映し出した。
 贈られる側は、ただ笑顔で受け取ればいいと思う。
 こんな貴重で高価なものを軽く贈れるものは、稀有な存在なのだ。
 そんな相手に気に入られたことだけでも奇跡なのだ。

「ジル、ここにある真珠を買い占めたら真珠を欲しいと思うエールの人たちが可愛そうでしょう。真珠ならラドーに依頼するほうが、ラドーも喜ぶ。それにこの真珠はとても高価なんではないの?僕は、いやロゼリアだって、高価だからといって喜ぶわけではないよ」

 ジルコンの手が若者の髪から所在なく離れて、真珠がシリウスの手の中にぽとりと落とされた。
 





 
 
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