男装の姫君は王子を惑わす~麗しきアデールの双子
56、エール王都デート③
どこに行くにしてもジルコン一行は目を引く。
お忍びのときは知らないふりをするという暗黙の了解事は、容易に破られていた。
王城から近い順番に御用達の店を見ていたが、宝石店、生地店、その後にシルク専門店に入ったときジルコンはロゼリアに顔を寄せた。
「あいつらは目立ちすぎる。巻くぞ」
「はあ?」
あいつらとは、巨躯のロサンと細目のアヤである。
その二人は、目についた生地に手を伸ばしている。
ここはエール王都であり、極めて治安は良い。さらに店内の安全を確保し終えたことも護衛の鏡のような二人に油断を生む。
「あれもいいのではないか?」
ジルコンは顎で裏口の扉をしゃくり、指先は別のところを指した。
自然な口調である。
ジルコンは目の端で護衛の位置を確認し、ロゼリアにいたずら気な目を向け、ロゼリアの手を握った。
「いまだ!」
それを合図にジルコンとロゼリアは裏口の扉を肩で押して外に飛び出した。
扉の外は、表通りとは全く異なった薄暗く細い路地である。
何が飛び出してくるかわからない恐怖をロゼリアは感じるが、ジルコンの手の強さに、すぐに恐怖は打ち消される。
こっちだ、とすぐさまジルコンは方向を示し走り出す。
二人は路地のごみ箱を巧みによけて走り、細い小道をいくつも横切り、民家の間を走った。
裏庭に繋がれた犬が驚きいきなり現れた不審者に吠えたてた。
二人は飛び上がらんばかりに驚いてジルコンは「うわあ!」、ロゼリアは「うぎゃあ!」と叫ぶ。
犬は鬼の首をとったかのように勢いを増して吠え続ける。
幸い、犬をつないだリードは二人に届かない。
犬の繋がれた庭の家の隣家から、「うるさいね!馬鹿犬が!」と野卑た女の怒声が飛ぶ。
「フォルス!吠えたらいけません!」
飼い主の慌てた声が犬を叱り、フォルスは吠えるのをあきらめ、うらましげに二人を見送った。
犬の名前は現王の名前。
ジルコンは固まった。
「聞いた?」
「聞いた!」
ジルコンとロゼリアは顔をみあわせ腹を抱えながら笑ったのである。
「こっちだ!」
めちゃくちゃに走っているようで、ジルコンにはわかってるようだった。
走った上に、日が昇っていくにつれて急激に気温が高くなっていく。
「心配しなくて大丈夫だ!王都は俺の庭のようなもの。よく王城を抜け出して探検した。大人になってからはする間もなかったけど、なんだか今日は久々に誰の目も気にしたくない!こういうの、アンジュも好きだろ?」
明るい声と笑顔にロゼリアはうなずいた。
エールに来てから姫でも王子でもなくただの人として行動する開放感を何度か味わってる。
ジルコンも強国の王子ではなくただの人として開放されたいのだと思った。
時折後ろを見て、追っ手がないことを確認する。
「これですっきりした。ロサンには申し訳ないけど。さあ、アンジュ、どこに行きたい?博物館、美術館、工芸館?
劇場もあるが、当日券だと好みの演目はみれないかもしれない。学生たちが好き勝手意見を戦わせるカフェもあるし、美術の学生が絵を販売している芸術通りもある。音楽の学生が練習する音楽通りもある。疲れたのなら、温泉宿に昼を食べるついでに休憩してもいい。薬樹公園は、王都民の憩いの場として休みは手作りの品や、腕の覚えのある絵描きや音楽家たちの発表の場になっている。野菜や肉、庶民が通う日常の品を扱うマーケットもある。その隣が闘鶏場になっているが。夕方に、闘鶏場にいけば、エストの顔もたつだろ。で、どうしたい?」
「せっかくの休日で護衛をまいたのに僕の好きにさせてくれるんだ?」
「希望がなければ、俺は温泉宿で落ち着きたい」
ジルコンが温泉好きなのは王都に入る前に温泉宿に寄り道をしたことでロゼリアにもわかっていたし、ロゼリア自身も王都内の公営の温泉巡りもしていたのだけれど、残念ながらロゼリアにはその選択肢はない。
ジルコンがどんなに望んでも、アンジュとして一緒に湯につかることはできない理由があるのだ。
スクールが始まってから二人きりになる機会はなく、ロゼリアとジルコンの間にジルコンの取り巻きたちが常に立ちふさがり続けていた。そんな状況が続いていて、ジルコンはロゼリアと親交を深め、寛いだ時間を過ごしたいと思っていたのだと思うとロゼリアは嬉しく思う。
「芸術通りも音楽通りも楽しそうだけど、薬樹公園にマーケットがたち、いろいろ見られるのならそこに行きたい」
「よし決まったな。薬樹公園はこっちだ。近道をしよう!」
快心の笑みをジルコンはロゼリアに見せ、ロゼリアも笑顔を返す。
二人がつないだ手は汗だくで、どちらの汗かもわからないほどである。人通りの通りに出るまでジルコンはロゼリアの手を離そうとしなかった。
ロゼリアも握り続けたのである。
薬樹公園内の広場にテントが連なり、台の上に所せましと手作り作品が並ぶ。
革細工、お守り、袋物。パジャン風の膨らんだズボンや大きな袖の服も並んでいた。
縫製は甘いが、ここに買いに来る者たちはたいして気にした様子はない。安くて、かわいければよいようだった。
宝飾店でみたような形の、もっと雑な作りのブローチや、色ガラスを宝石に見立てたアクセサリーもある。
力のあるという石や空から落ちて来た星の欠片を、細い紐で器用に編み込みながら、出来上がった作品を売るものもいる。お客が出来上がった絵をみたら、絶対に噴き出すか怒り出すのではないかと思えるほど、デフォルメされた似顔絵を描く画家たちもいる。
王都の休日は賑やかで活気に満ちていた。
お忍びのときは知らないふりをするという暗黙の了解事は、容易に破られていた。
王城から近い順番に御用達の店を見ていたが、宝石店、生地店、その後にシルク専門店に入ったときジルコンはロゼリアに顔を寄せた。
「あいつらは目立ちすぎる。巻くぞ」
「はあ?」
あいつらとは、巨躯のロサンと細目のアヤである。
その二人は、目についた生地に手を伸ばしている。
ここはエール王都であり、極めて治安は良い。さらに店内の安全を確保し終えたことも護衛の鏡のような二人に油断を生む。
「あれもいいのではないか?」
ジルコンは顎で裏口の扉をしゃくり、指先は別のところを指した。
自然な口調である。
ジルコンは目の端で護衛の位置を確認し、ロゼリアにいたずら気な目を向け、ロゼリアの手を握った。
「いまだ!」
それを合図にジルコンとロゼリアは裏口の扉を肩で押して外に飛び出した。
扉の外は、表通りとは全く異なった薄暗く細い路地である。
何が飛び出してくるかわからない恐怖をロゼリアは感じるが、ジルコンの手の強さに、すぐに恐怖は打ち消される。
こっちだ、とすぐさまジルコンは方向を示し走り出す。
二人は路地のごみ箱を巧みによけて走り、細い小道をいくつも横切り、民家の間を走った。
裏庭に繋がれた犬が驚きいきなり現れた不審者に吠えたてた。
二人は飛び上がらんばかりに驚いてジルコンは「うわあ!」、ロゼリアは「うぎゃあ!」と叫ぶ。
犬は鬼の首をとったかのように勢いを増して吠え続ける。
幸い、犬をつないだリードは二人に届かない。
犬の繋がれた庭の家の隣家から、「うるさいね!馬鹿犬が!」と野卑た女の怒声が飛ぶ。
「フォルス!吠えたらいけません!」
飼い主の慌てた声が犬を叱り、フォルスは吠えるのをあきらめ、うらましげに二人を見送った。
犬の名前は現王の名前。
ジルコンは固まった。
「聞いた?」
「聞いた!」
ジルコンとロゼリアは顔をみあわせ腹を抱えながら笑ったのである。
「こっちだ!」
めちゃくちゃに走っているようで、ジルコンにはわかってるようだった。
走った上に、日が昇っていくにつれて急激に気温が高くなっていく。
「心配しなくて大丈夫だ!王都は俺の庭のようなもの。よく王城を抜け出して探検した。大人になってからはする間もなかったけど、なんだか今日は久々に誰の目も気にしたくない!こういうの、アンジュも好きだろ?」
明るい声と笑顔にロゼリアはうなずいた。
エールに来てから姫でも王子でもなくただの人として行動する開放感を何度か味わってる。
ジルコンも強国の王子ではなくただの人として開放されたいのだと思った。
時折後ろを見て、追っ手がないことを確認する。
「これですっきりした。ロサンには申し訳ないけど。さあ、アンジュ、どこに行きたい?博物館、美術館、工芸館?
劇場もあるが、当日券だと好みの演目はみれないかもしれない。学生たちが好き勝手意見を戦わせるカフェもあるし、美術の学生が絵を販売している芸術通りもある。音楽の学生が練習する音楽通りもある。疲れたのなら、温泉宿に昼を食べるついでに休憩してもいい。薬樹公園は、王都民の憩いの場として休みは手作りの品や、腕の覚えのある絵描きや音楽家たちの発表の場になっている。野菜や肉、庶民が通う日常の品を扱うマーケットもある。その隣が闘鶏場になっているが。夕方に、闘鶏場にいけば、エストの顔もたつだろ。で、どうしたい?」
「せっかくの休日で護衛をまいたのに僕の好きにさせてくれるんだ?」
「希望がなければ、俺は温泉宿で落ち着きたい」
ジルコンが温泉好きなのは王都に入る前に温泉宿に寄り道をしたことでロゼリアにもわかっていたし、ロゼリア自身も王都内の公営の温泉巡りもしていたのだけれど、残念ながらロゼリアにはその選択肢はない。
ジルコンがどんなに望んでも、アンジュとして一緒に湯につかることはできない理由があるのだ。
スクールが始まってから二人きりになる機会はなく、ロゼリアとジルコンの間にジルコンの取り巻きたちが常に立ちふさがり続けていた。そんな状況が続いていて、ジルコンはロゼリアと親交を深め、寛いだ時間を過ごしたいと思っていたのだと思うとロゼリアは嬉しく思う。
「芸術通りも音楽通りも楽しそうだけど、薬樹公園にマーケットがたち、いろいろ見られるのならそこに行きたい」
「よし決まったな。薬樹公園はこっちだ。近道をしよう!」
快心の笑みをジルコンはロゼリアに見せ、ロゼリアも笑顔を返す。
二人がつないだ手は汗だくで、どちらの汗かもわからないほどである。人通りの通りに出るまでジルコンはロゼリアの手を離そうとしなかった。
ロゼリアも握り続けたのである。
薬樹公園内の広場にテントが連なり、台の上に所せましと手作り作品が並ぶ。
革細工、お守り、袋物。パジャン風の膨らんだズボンや大きな袖の服も並んでいた。
縫製は甘いが、ここに買いに来る者たちはたいして気にした様子はない。安くて、かわいければよいようだった。
宝飾店でみたような形の、もっと雑な作りのブローチや、色ガラスを宝石に見立てたアクセサリーもある。
力のあるという石や空から落ちて来た星の欠片を、細い紐で器用に編み込みながら、出来上がった作品を売るものもいる。お客が出来上がった絵をみたら、絶対に噴き出すか怒り出すのではないかと思えるほど、デフォルメされた似顔絵を描く画家たちもいる。
王都の休日は賑やかで活気に満ちていた。